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第138話 ダンジョンの虫モンスターたち

 零夜たちは世界樹のダンジョンに足を踏み入れると、そこには幻想的な光景が広がっていた。

 ダンジョンは複雑に絡み合う樹海のような構造で、まるで別世界のような美しさを放ち、さまざまなモンスターが息づいている。


「ここが世界樹のダンジョンか……改めて見ると、ほんまにすごいな……」

「ええ、初めて見ました……」


 倫子は目の前の光景に目を奪われ、日和はスマホを手に次々と写真を撮っていく。異世界から来た彼女たちにとって、世界樹を直に見るのは初めての体験だ。驚嘆しながらシャッターを切ったり、景色に目を奪われたりするのも無理はない。


「私たちもこの光景は初めてだけどね。さて、先に進むわよ……ん?」


 アイリンが苦笑しながら言葉を続けようとしたその瞬間、茂みからガサリと音が響き、モンスターたちが姿を現した。それはカエルのような姿だが二足歩行で立つ、フロッグヒューマン——マスターモールと同じ種族だ。総勢50匹。


「マスターと同じ種族ね。倫子、やれる?」

「言われんでもそのつもり! 新技、お披露目や!」


 アイリンの真剣な問いに、倫子はウィンクを返し、自信たっぷりの笑顔を見せる。彼女は両手を合わせ、拳にピンク色のオーラを纏わせた。そのオーラはハートのような甘い雰囲気を漂わせ、触れただけで心を奪うような魔力を放っている。


「マジカルハートの進化版! マジカルウェーブ!」


 倫子が両手を前に突き出すと、ピンクの広範囲波動光線が放たれた。光線はフロッグヒューマンたちに次々と命中し、彼らは一瞬にしてスピリットへと変化。スピリットとなったモンスターたちは、倫子のバングルへと吸い込まれていった。こうして、フロッグヒューマンたちは倫子の仲間となった。


「たくさんのモンスターを一瞬で……!」

「す、すごいです……!」


 倫子の大技を目の当たりにしたトワとエイリーンは、冷や汗を浮かべながら驚愕する。モンスターを一瞬で仲間に変える技は、倫子にしかできない離れ業だ。他者が真似しようとしても、失敗に終わるのは目に見えている。


「大したことないよ。さ、進もうか」


 倫子は軽く苦笑すると、さっさと歩き出す。しかしその時、再び茂みから新たなモンスターが現れた。今度は巨大なスパイダー。人間よりも大きいその姿に、場が凍りつく。


「「「キャーッ!」」」


 倫子、日和、アイリンの三人は恐怖に悲鳴を上げ、逃げ出した。倫子は零夜にしがみつき、日和とアイリンはエヴァたちの後ろに隠れてガタガタ震える。一方、エヴァたちは虫に慣れているため、平然と対応する。


「何逃げてるんですか……スパイダーは役に立ちますよ。仲間にすれば大丈夫です」

「虫は嫌なの! 特に蜘蛛は無理!」


 零夜の提案に、倫子は涙目で頑なに拒否する。虫嫌いは本物だが、ここまで怯えるのはさすがに度が過ぎる。日和とアイリンも同様に震え、倫子と一緒になって怖がっていた。


「仕方ない……俺たちだけで倒すか。倫子さん、危ないから離れててください」

「や! 離れたくない!」


 倫子は零夜にしがみついたまま離れようとせず、スパイダーへの恐怖心が消えない。こうなると簡単には離れないだろう。エヴァは呆れたようにため息をつき、倫子に近づく。八犬士の戦士として情けない姿を見過ごせず、心を鬼にするしかなかった。


「仕方ない。本当はやりたくなかったけど、荒療治しかないわね」

「荒療治?」


 エヴァの決断に、零夜たちは疑問の視線を向ける。首を傾げる者もいるが、倫子の怯えがこのままでは戦えない。エヴァは彼女を立ち直らせるため、行動に出ようとしていた。


「行くわよ!」


 エヴァが一気に駆け出し、倫子に迫ったその瞬間——



「あのー……僕、敵じゃないんですけど」

「「「へ?」」」



 驚くべきことに、スパイダーが自ら「敵ではない」と口を開き、全員が唖然とする。日和とアイリンもトワたちの後ろから飛び出し、ゆっくりと零夜たちの元へ駆け寄る。


「お前、敵じゃなかったのか!?」

「はい。ブレイブエイトの活躍は耳にしています。僕も皆さんの役に立ちたいんです。それに、他の仲間も一緒です」


 スパイダーが視線を向けると、さまざまなモンスターが姿を現した。ハチのモンスター・ミツビー、クワガタのスタビーマン、カブト虫のビートルマン、テントウムシのレディアス、蝶のバタフライ。それぞれ十匹ずつ。頼もしい戦力だ。


「すごいメンバーだな。昆虫モンスターにもこんな種類がいるのか」

「ええ。あと一人、この方です」


 スパイダーが指差すと、サソリ型のモンスター・スコピオが現れた。普通のサソリだが、スパイダーと同じ大きさ。数は一匹だけだが、貴重な戦力になるだろう。


「お前さんたちの噂は聞いてる。俺も力を貸してやるぜ」

「感謝する。後はモンスター召喚ができる彼女に契約してもらわないとな……」


 スコピオも協力を申し出、ヤツフサは一礼して礼を述べる。彼が倫子を見ると、彼女は怯えながらもスパイダーたちに視線を移していた。敵ではないとわかっても、虫嫌いは変わらない。契約には彼女の覚悟が必要だ。


「本当に……大丈夫なん?」

「ええ。我々はあなたを守ります。必ず約束を果たします!」


 倫子の心配そうな視線に、スパイダーは笑顔で答え、彼女を守ることを誓う。他の昆虫モンスターたちも同じ決意を示し、断る理由は見当たらない。


「倫子。ここまで言われたら、契約するしかないぞ」

「でも、心の準備が……」


 ヤツフサのジト目に、倫子は涙目で迷う。虫への苦手意識が強く、契約に踏み切れない気持ちが心を支配していた。

 すると、零夜がそっと近づき、倫子の手を優しく握る。そして、彼女に対して温かい笑顔を向けた。


「大丈夫です。俺が付いていますから!」

「零夜君……うん! やってみる!」


 零夜の笑顔に背中を押され、倫子は決意を固める。大好きな人の笑顔を見れば、自然とやる気も上がるのだ。スパイダーたちは倫子に視線を向け、一礼して仲間になることを誓った。


「契約開始! はっ!」


 倫子が右手からピンクのオーラを放つと、スパイダーたちは次々とスピリットに変化し、彼女のバングルへと吸い込まれていった。


「上手くできるか不安だったけど、零夜君がいてくれたから成功したよ。ありがとう」


 倫子は零夜に感謝を伝え、ギュッと抱きしめると、頭をポンポンと撫でる。まるで姉弟のようなスキンシップだが、いつか恋人関係になる日が来るのか、気になるところだ。

 その様子を見ていたエヴァは、嫉妬で頬を膨らませ、ズカズカと二人に近づく。そして、零夜の服の襟をガシッと掴んだ。


「ハイハイ、スキンシップはここまで! さっさとデーモンを倒しに行くよ!」

「うわっ!」

「待たんかい、ゴラァ!」

「坊ちゃま、待ってください!」


 エヴァは零夜を担ぎ、ダッシュでデーモンを探しに向かう。倫子は怒りを露わにし、全速力で追いかける。メイルも零夜を心配して慌てて後を追った。

 この光景を見るといつもの光景だが、クエストの最中にやるのはどうかと思うが。


「お約束としか言えんが……俺たちも追いかけるぞ!」


 ヤツフサは呆れながらも、日和たちと共に急いで後を追う。内心、零夜の恋の展開に呆れる気持ちを抑えきれなかった……。

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