「ヨモギ……大丈夫なのか?」
マツリは心配そうな表情を浮かべ、傷だらけのヨモギに声を掛ける。ヨモギの傷は見た目以上に深く、治療を施しても回復の兆しはなかった。恐らくパニグレが彼女に強烈な呪いをかけたのだろう。その呪いは、ヨモギの命を確実に奪うものだった。
その光景に倫子たちも息を呑み、心配そうに見つめていた。メリアとツバサは既にその場から転移していなくなっていたが、残された者たちの心には重い空気が漂っていた。
「マツリお姉ちゃん……私たち……村が滅んだあの後……パニグレによって改造されてしまい……今の姿になった……更に呪いをかけられて……倒された時点で……復活できず……確実に死んでしまう……」
ヨモギの弱々しい声で語られた事実に、マツリは驚きを隠せなかった。孤児院の子供たちがパニグレによって改造され、呪いによって死が確定する運命を背負わされていたなんて。トワの治療やカルアの死者蘇生の力も効果を及ぼせず、ヨモギの命を救う術はなかった。
「だから……お願いがあるの……皆を……倒して……解放させて……そして……パニグレを……倒し……て……」
ヨモギは最後の力を振り絞り、マツリに願いを託すと、そのまま息を引き取った。彼女の身体は光の粒となって消え、まるで砂のように風に散ってしまった。敵の手によって改造され、戦いの中で倒される――あまりにも哀れな人生だった。
「ヨモギ……」
マツリは涙をこぼしながら立ち尽くし、エヴァたち女性陣ももらい泣きで涙を流していた。子供の死を目の当たりにした衝撃は、誰の心にも深い傷を残した。
その様子を静かに見つめていた零夜は、ヤツフサに視線を向けて口を開く。どこか確信めいたものを感じているようだった。
「パニグレの事ですが、奴は何を企んでいるのか気になります。子供たちを改造してまで、こんな事をするなんて……」
零夜の問いに、ヤツフサは真剣な表情で考え込んだ。パニグレが子供たちにこんな残酷な仕打ちをする背景には、何か深い理由があるはずだと彼は推測していた。
「これは憶測だが、彼は幼い頃に何かあったのかも知れない。両親と引き離されたり、暴力的な虐待を受けていたのか……」
ヤツフサは眉を寄せながら、パニグレの過去を想像する。恐らく彼の行動の裏には、深いトラウマや憎しみが隠れているのだろう。しかし、その真相はまだ不明であり、まだまだ調べる必要があるのだ。
「何れにしても、四月の戦いまで三ヶ月を既に切っている。それまではハルヴァスと地球での特訓をする事になるが、その辺については問題ない。しかし、改造された孤児たちについてだが、奴らを倒す覚悟はできているか?」
ヤツフサの鋭い視線が、零夜たちを貫く。
改造された孤児たちは、呪いによって死が避けられない運命にある。倒すことで彼らを解放するのか、それともこのまま見ず知らずの犠牲を増やすのか。その選択は、今後の戦いの行方を大きく左右するだろう。
「覚悟はできている」
突然、マツリが力強い声で答えた。彼女は涙の跡が残る顔を上げ、ヤツフサの前に堂々と進み出る。その瞳には、悲しみを乗り越えた決意が宿っていた。
「ヨモギから孤児たちの解放を頼まれた。あいつらが元には戻れない以上、苦しみから解放させて倒すのみ。それがアタイの覚悟だ!」
マツリの声は、力強く、揺るぎないものだった。ヨモギの最後の願いを受け止めた彼女は、どんな結果になろうとも、孤児たちを救うために戦うことを心に誓っていた。その決意は零夜たちにも伝播し、彼らの心に火を灯した。
零夜とメイルは互いに頷き合い、マツリに続くようにヤツフサの前に進み出る。
「俺たちも既に覚悟はできています。多くの人を救う為にも、必ずパニグレを倒しに向かいます!」
零夜の声には、静かなる闘志が込められていた。彼はパニグレを倒すことで、この悲劇の連鎖を断ち切る決意を固めていた。
「零夜坊ちゃまの言う通りです。パニグレは必ず『マネーダッシュ』の子供たちを捕まえ、孤児たちと同じ目に改造される可能性が高い。もし、彼らが私たちに対して襲いかかるのであれば……容赦なく倒すしかありません!」
メイルの言葉は、冷静だが力強いものだった。彼女もまた、戦いの過酷さを理解しつつ、覚悟を決めたのだ。
その様子を見ていた倫子たちも、静かで確実に決意を固め、ヤツフサの前に一斉に進み出る。
「ウチも覚悟はできている。パニグレは絶対許さへん!」
「私もあの子は、絶対に許せない!」
「お仕置きだけじゃ物足りないし、容赦なく倒さないとね!」
「マツリを泣かせた罪、絶対に許さないんだから!」
「私も戦うわ! 皆がいるから怖くないし」
「私も精一杯頑張ります!」
「私も戦います! けど……」
倫子たちの声は力強く響くが、カルアだけは一瞬言葉を詰まらせ、ベルの方を向いた。彼女の表情には、迷いと苦悩が浮かんでいた。パニグレを倒したいという気持ちは強いが、改造された子供たちと戦うことへの抵抗感が、彼女の心を締め付けていた。
「私はパニグレを倒したいけど、改造された子供たちと戦うのはちょっと……」
ベルが俯きながら、心の底からの本音を吐露する。過去に子供たちを失った記憶が、彼女の心に重くのしかかっていた。涙がその瞳に浮かび、彼女の声は震えていた。
その瞬間、マツリはベルに近づき、力強さの優しさで彼女を抱き締めた。突然の行動にエヴァたちは驚きを隠せず、殆どが両手で口を押さえていた。
「気持ちは分かる。けどな。何時までも過去に囚われてばかりでは先に進めない。そのトラウマを乗り越えて進むのが、アタイら『ブレイブエイト』だ。ベルもブレイブエイトの一員である以上、そのトラウマを乗り越えろ! アンタなら大丈夫だ!」
マツリの言葉は、ベルの心に深く突き刺さった。彼女の声には仲間への信頼と、ベルへの強い激励が込められていた。ベルはマツリの腕の中で、驚きと感動に震えた。
「マツリ……!」
ベルの目から涙が溢れ、頬を伝う。しかし、彼女はすぐに両手で涙を拭き取り、顔を上げる。その瞳には、新たな決意の光が宿っていた。
「私も覚悟はできているわ! 悪い子は容赦なく倒さないと!」
ベルの声は、震えながらも力強かった。過去のトラウマを乗り越え、仲間と共に戦う決意を固めた瞬間だった。彼女の言葉に、ヤツフサは満足げに頷き、全員を見渡す。
「よし! ここから先はスキルなどのレベルアップを行う! 戦いまでの数ヶ月、ビシバシやるから覚悟するように!」
「「「おう!」」」
零夜たちの大声が、場に響き渡る。その瞬間、倫子が突然何かを思い出したようにハッとした表情を見せた。
「大変! 進化の翼を忘れていた! 早く探さないと!」
「それを早く言ってよ! 急いで探さないと!」
倫子の言葉に、エヴァたちは慌てて動き出す。ダークデーモンとの戦いに夢中になっていたせいで、進化の翼の存在をすっかり忘れていたのだ。
「……この力を戦いに活かせば良いのだが……」
「俺もそう思います……」
ヤツフサと零夜は、倫子たちの慌ただしい様子に唖然とし、盛大にため息をつく。進化の翼を探す彼女たちの行動には、心の底から呆れるしかなかった。
※
数分後、トワが進化の翼を見つけ出すことに成功。倫子はすぐにユニコーンとバイコーン、リトルペガサスを召喚し、進化の翼をユニコーンとバイコーンに装着した。すると、両者は新たな姿――ウィングユニコーンとウィングバイコーンへと進化した。さらにリトルペガサスもレベルアップにより、ペガサスへと進化を遂げた。
本来の目的を果たし、倫子たちは満足げな笑顔を見せる。しかし、ヤツフサと零夜は、いつも以上に疲れを感じていたのも無理はなかった……。