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第141話 決戦前夜の作戦会議

 世界樹ダンジョンクエストから一夜明け、零夜たちは四月の決戦を目前に控え、息つく間もないトレーニングに没頭していた。地球ではプロレスのリングで汗を流し、ハルヴァスではクエストをこなしながら力を磨く。二つの世界を行き来する過酷な日々は、しかし彼らに確かな結束と成長をもたらしていた。仲間たちの呼吸は一つとなり、決戦への覚悟が静かに燃え上がっている。


 ※


 そして、月日は流れ、決戦前夜。地球の屋敷に構えたリビングは、張り詰めた空気に包まれていた。薄暗い照明の下、作戦会議のテーブルを囲む零夜たちの顔には、緊張と決意が刻まれている。


「いよいよ明日の夜、ここを出発する。戦いの舞台はハイランダーランドだ。だが、早朝にはマネーダッシュの収録がある。敵は確実にその収録の終盤に現れ、番組をぶち壊し、子供たちを攫おうとしている」


 ヤツフサの声は低く、鋭い。言葉の一つ一つが、まるで刃のように空気を切り裂く。それに誰もが真剣な表情で聞いていた。


「何れにしても、その前に撃退しておく必要がありますね……捕まってしまえば、確実に手遅れになると思います」


 零夜の言葉に、皆の視線が一斉に集まる。彼の瞳には、冷静さと危機感が同居していた。

 零夜はテーブルに広げられたハイランダーランドの地図を見つめ、眉を寄せる。パニグレの目的は明確だ。マネーダッシュを混乱に陥れて子供たちを誘拐し、改造することで自らの力を増す。その企みを水に流すには、敵の動きを先読みし、迅速に叩かねばならない。  


「パニグレの呪いである死の呪い……私は聖母の光でも解けないかもしれないわね……」


 ベルの声は静かだが、どこか悔しさが滲む。彼女の力は聖なる輝きで多くの命を救ってきたが、死の呪いはその領域を超える。今のスキルレベルでは無効になるのも無理はない。


「ベル様でも無理なら、本格的にパニグレを倒すしかないですね……悔しいですが、それしかありません」


 カルアが言葉を引き継ぐ。彼女の拳は固く握られ、テーブルに軽く打ちつけられる音が響く。死の呪いは術者を倒さなければ解けない。それが、この戦いの絶対条件だ。


「ともかく、この戦いは苦戦必至です。私の孤児たちもパニグレに操られ、被害を受けました。その責任も取らねばなりません」


 メイルの声には、怒りと悲しみが混じる。彼女の孤児たちへの想いは、仲間たちにも痛いほど伝わってくる。


「メイルの言う通りね。ところで、その子供たちは今どうなっているの?」


 日和が鋭い視線でメイルを見つめる。遊園地での事件後、操られた梨里たちが厳格な養護施設に送られたことは知っていたが、その後の状況は誰も把握していなかった。倫子たちも、息を呑んでメイルの答えを待つ。

 メイルは一瞬目を伏せ、唇を噛む。重い沈黙が部屋を支配した後、彼女は震える声で告白した。


「梨里ちゃんたちですが……昨日……一斉に自殺してしまいました……」  

「「「ええっ!?」」」  


 その言葉は、まるで雷鳴のように全員の心を打ち砕いた。驚愕の声が重なり、リビングに響き合う。誰もが凍りつき、信じられない思いでメイルを見つめる。


「院長先生から聞いた話では、養護施設内でいじめが起きたんです。番組ゲストの子供たちに暴力を振るったことが施設内に広まり……」


 メイルの声は途切れがちで、涙が滲んでいるようだった。今でもその時のショックが残っていて、身体を震わせてしまうのも無理はない。


「それでいじめが起きてしまったのね……」


 メイルの話を聞いた倫子が、寂しそうな表情で静かに呟く。彼女の声には、やりきれない悲しみが込められていた。いじめによる自殺は、現代社会でも珍しくない。だが、梨里たちがそんな結末を迎えるとは、誰も予想していなかった。

 メイルは深く息を吸い、皆に対して話を続ける。


「梨里ちゃんたちは入所後、厳しい指導の中でも更生しようと努力していました。でも、ゲストの子供たちへの暴力が明るみに出て、一ヶ月前から他の児童たちに壮絶ないじめを受けました。彼女たちは耐えきれず、一週間前に全員、屋上から飛び降りて自殺してしまったのです……自業自得かもしれないけど、哀れとしか言いようがありません……」  


 メイルの言葉に、部屋は再び重い沈黙に包まれる。誰もがいじめた張本人に怒りを向けていたが、死んだ人は戻ってこない。やりきれない怒りと無力感が、部屋全体を包みこんでいた。


「いじめを起こした児童たちは、即刻少年院送りになった。今頃、罪を償っているはずです。当分外には出られないでしょう」

「まさかあの養護施設でいじめが起きるなんて……皮肉としか思えないわね……」  


 メイルの言葉にベルが静かに応えるが、彼女の声にはやりきれない思いが滲んでいた。

 襲撃した当日、テレビ放送の撮影という特殊な環境が、事態をさらに悪化させた。この暴力行為が報道され、施設内に波紋が広がったのは事実だ。だが、元を辿れば、パニグレの呪いが全ての元凶であるのだ。


「けど、元はと言えばパニグレの仕業ですよね? ハイランダーランドで決着をつけると言いましたが……」


 エイリーンの声は鋭く、皆の視線を再び集める。彼女の瞳には、怒りと決意が燃えていた。

 パニグレが潜むBブロック基地の正確な位置は、依然として不明。誰もが悩んでいたその時、アイリンが手を挙げながら力強く告げる。


「そのことだけど、Bブロック基地はハイランダーランドの地下にあることが判明したわ。全ては明日の作戦にかかってる」  

「地下に基地……確かにあり得るかもね。天空や海上にも基地がある以上、範囲を広げて確認しないと」


 アイリンの説明に対して、トワが地図を指さしながら同意する。彼女の声には、冷静な分析と戦いへの覚悟が宿っていた。

 悪鬼の基地は、地上だけでなく天空、海上、海中にも広がる可能性がある。今後の戦いでは、捜索範囲を広げ、敵の動きを的確に捉える必要があった。


「居場所が判明した以上、元凶を倒さねばならない。アタイらの力で終わらせようぜ!」

「これ以上パニグレを野放しにしたら、不幸になる子供たちが続出してしまう。私たちの手で彼を倒しましょう!」


 マツリとエヴァの意気込みの言葉に、零夜たちは力強く頷く。

 今回の戦いは、Bブロック基地の壊滅とパニグレの打倒、そしてダークモンスターとの激闘だ。過去の戦い以上に苛烈な戦いが予想されるが、零夜たちは絆の力で幾多の試練を乗り越えてきた。この戦いも、必ず勝利を掴むと心に誓っている。


「その通りだ。決戦は明日の早朝だ。準備を怠らず、必ずパニグレを倒すぞ!」

「「「おう!」」」


 ヤツフサの声が部屋に響き渡り、零夜たちは拳を突き上げながら一斉に応える。パニグレの野望を打ち砕き、これ以上の犠牲を防ぐ――その決意が、彼らの心を一つにしていたのだ。


 ※


 一方、ハイランダーランドの地下深くに潜むBブロック基地では、パニグレが部下たちと作戦会議を開いていた。薄暗い部屋に響く彼の声は、冷たい狂気を帯びている。


「全てのダークモンスターは揃っている。だが、子供たちの誘拐には、あの技を使おう」

「まさか、一回限りの大技ですか?」


 パニグレの口元に不気味な笑みが浮かび、それを見た部下の一人が恐る恐る尋ねる。一回限りの大技となると、予想もしない攻撃を仕掛けるに違いないだろう。


「そうだ。子供たちの誘拐にはこの技を使い、後はダークモンスターたちでブレイブエイトを始末させる。そして……僕は神となって、ハルヴァスと地球を思い通りにしてやる! ハハハハハ!」  


 パニグレの狂った笑い声が、地下の基地に反響する。その声は、まるで悪魔の哄笑のように不気味で、地上には決して届かない。だが、その野望が現実となれば、世界は闇に飲み込まれるだろう。

 決戦の時は刻一刻と迫る。マネーダッシュを舞台にしたハイランダーランドでの戦いは、明日の早朝に運命のゴングを鳴らす。零夜たちの絆と、パニグレの狂気が激突するその瞬間――全てが決まる。

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