早朝午前六時。ハイランダーランドは「マネーダッシュ」の撮影で緊迫していた。逃走者たちがハンティングマンから命がけで逃げ惑う中、開始から半分以上が経過。生き残る逃走者はすでに半数にまで減っていた。
パニグレはアトラクションの建物の上に立ち、鋭い視線でその光景を捉える。襲撃の瞬間を狙うその姿は、獲物を狩る獣のようだ。ブレイブエイトの連中はまだ到着していない。今なら、自由に動ける。
「なるほど……現在の動向からすると、襲うとしたら今しか無いな……それじゃ、そろそろ動きますか……」
パニグレは立ち上がるや否や、作戦実行の態勢へ。やるなら今だと心で決めた瞬間、右手の指を鳴らす準備を整えた。
「タイムストップ!」
パチン! 指が鳴った刹那、辺り一帯の時が凍る。逃走者、ハンティングマン、スタッフ――全員が一瞬で石像と化した。世界は死の静寂に包まれる。
「さてと……全員止まっているな。次はコイツで……」
パニグレは不敵な笑みを浮かべ、超能力を発動。ハンティングマンと逃走者たちを宙に浮かせる。生き残りの者も、捕まった者も、操り人形のように空中で静止する。
そのまま彼らを指定の場所へ移動させ、冷徹に二つのグループに分ける。その内容はこうだ。
A:女性逃走者(芸人を除く)
B:男性逃走者、子役逃走者、女芸人逃走者、ハンティングマン
この分け方は差別にしか見えないが、パニグレの策略の一環だ。真の標的は子役逃走者。それ以外の者には、容赦ない攻撃が待っている。
「後は爆発魔術をつけるか……あらよっと」
パニグレはBグループに強烈な魔術を刻み込むと、即座にその場を離脱。跳躍で建物の上に戻り、再び指を鳴らす態勢へ。
「フィニッシュ!」
パチン! 時が動き出した瞬間、轟音とともに爆発が炸裂。凄まじい衝撃波が辺りを飲み込み、多くの者たちが吹き飛ばされる。
「「「うわ(きゃ)ああああああ!!」」」
爆発に巻き込まれた者たちはダメージを受け、次々と地面に叩きつけられる。軽傷とはいえ、衝撃で立ち上がることは不可能。しかも黒い煙が立ち込め、視界は完全に遮断された。この状況である以上、誘拐の絶好の機会だ。
「よし! すぐに子供たちを誘拐しろ!」
「「「はっ!」」」
パニグレの号令に、部下の兵士たちが一斉に駆け出す。倒れた六人の子役たちを担ぎ上げ、魔法陣を展開。そのまま転移し、煙が晴れる頃には跡形もなく消えていた。
「これで準備万端だ。さてと、後は宣戦布告とするか。忌々しいブレイブエイトに鉄槌を下す為に……」
パニグレはあくどい笑みを浮かべ、その場から転移。マネーダッシュは多数の負傷者と子役たちの誘拐により、当然中止に追い込まれた。まさに最悪な展開としか言えない。
※
一分後、零夜たちはハイランダーランドに到着し、急いで中へ突入。パニグレの襲撃はいつ始まるかわからない。全員が極限の緊張感で行動していた。
「パニグレが襲い掛かるとすれば、このぐらいの時刻だ。全員気を抜くな」
「言われなくてもそのつもり……ん? 焦げ臭い匂いがする……」
ヤツフサの忠告に、エヴァが真剣な表情で頷く。だが、途中で感じた異臭に顔をしかめ、鼻を動かし始める。その様子は、ただ事ではないことを示していた。
「この匂い……まさか!」
「エヴァ!?」
「一体何があったの!?」
「待ってください!」
不穏な予感に駆られたエヴァは、匂いの元へ猛ダッシュ。零夜たちも慌てて後を追うと、目の前に広がる光景に息を呑んだ。
「そんなバカな……皆倒れている……」
「まさかこんな事になるなんて……」
「完全にやられたわね……」
逃走者とハンティングマンたちが、傷だらけで地面に倒れている。子役たちの姿はすでにない。助かったのは、わずか四人の女性逃走者だけ。パニグレの魔術による襲撃――一足遅かったのは明らかだ。零夜たちは悔しさと怒りを滾らせていた。
「大丈夫ですか!?」
「来てくれたか……本当に遅いよ……」
「今、治療を開始します! 動かないでください!」
零夜たちは倒れた者たちに駆け寄り、即座に治療を開始。幸い軽傷で、エヴァたちの治癒術で次々と回復していく。
「助かったよ。僕たちが逃走している時に突然身体が固まってしまい、気が付いたら爆発に巻き込まれてしまったんだ」
「子供である子役たちは、全員攫われてしまった。生き残った四人はここにいる」
逃走者のタレント
「大丈夫? 爆発に巻き込まれずに済んだけど……」
「ええ。何とかね……にしても、なんでこのハプニングが起きたのか気になるけど、まさかテレビの演出じゃないの?」
「違うと思いますよ。スタッフもそんな展開は用意していないですし……外部からのイタズラの可能性もあります」
ベルが心配そうに尋ねると、アリスが笑みを浮かべながら答えた後、疑問を口にする。かなめが否定した直後、アイリンが鋭い目つきで真相を看破する。この事態を引き起こしたのは、ただ一人しかいない。
「パニグレ……奴しかいないわ。彼は子供たちを誘拐して、改造モンスターに変えている。今回の件もその可能性が高いわ」
「じ、じゃあ……透君たちも改造されてモンスターに!?」
アイリンの推測に、涼子たちは驚愕。恐る恐る尋ねる涼子に、アイリンは重々しく頷く。零夜たち以外の全員がショックに打ちのめされる中、スタッフと話していた倫子がリスト用紙を手に駆け戻ってきた。
「誘拐された逃走者について確認したけど、いずれも子役ばかりよ。
「そうと決まれば行くしかないですね。すぐにパニグレのいる基地へ……うおっ!?」
「じ、地震!?」
零夜が決意を口にした瞬間、地面が激しく揺れ出す。突然の地震に全員が立ちすくむ中、地面から闇の波動が猛烈な勢いで噴出。大空へと突き上がり、異形の姿へと変貌していく。
「闇の波動が変化していく……」
「一体何になるの!?」
「私に言われても……」
マツリたちが冷や汗を流す中、闇の波動は巨大な基地の姿に変形。それはBブロック基地――地下から地上、いや、上空へと一瞬で移動していたのだ。
「まさか基地がこのやり方で移動するなんて……魔術でも使っているのでしょうか?」
「あり得ないかも知れないが、奴らは本気で俺たちを倒そうとしている。この戦い、苦戦は免れないかもな……」
驚愕するメイルに対し、零夜は上空の基地を睨み上げる。額には冷や汗が流れ、内心で恐怖が渦巻く。この戦いは一筋縄ではいかない――心の底からそう確信していた。