アイリン率いるグループBは、戦闘員たちを圧倒的な力で蹴散らしていた。アリスは流れるような格闘術で敵を翻弄し、めぐみはトンファーを閃かせ、鋭い打撃で次々と戦闘員を屠る。彼女たちの動きはまるで舞踏のようで、敵の攻撃を軽々と躱しながら、余裕の笑みを浮かべて戦場を支配していた。
戦闘員たちは一瞬にして金貨と化し、アイリンが素早くその全てを回収した。
「取り敢えず余裕で倒せたわね。皆には感謝しているけど……」
アイリンは手を叩き、自信に満ちた笑みを浮かべる。しかし、心の奥では仲間への深い感謝を伝えきれず、視線を逸らして小さく呟いた。これまでの戦いで仲間たちがいたからこそ、彼女はここまで強くなれた。それを素直に口にするのは難しく、言葉は喉に詰まったままだった。
「ええ。休んでいる暇は無いし、早く皆の元に合流しないと」
アリスが冷静に応じ、すぐに次の行動へと意識を切り替える。零夜たちも今頃戦闘を終え、合流を目指しているはずだ。グループは足早に進み始めた。
「休む暇もないし、さっさと進まなきゃ……ん?」
ベルの言葉が途切れた瞬間、鋭い気配が空気を切り裂いた。全員が一斉に足を止め、戦場に漂う異様な緊張感に身構える。
「どうしたのですか、ベル様?」
カルアが尋ねたその時、前方に巨大な影が現れた。赤黒い肌に凶悪な牙を剥き、棍棒を握りしめたホブゴブリンの姿は、まさに死神の化身そのもの。低く唸るような呼吸音が響き、戦場に不気味な圧迫感をもたらす。これまでの敵とは明らかに異なる、圧倒的な威圧感を放っていた。
「ホブゴブリンか……かなり手強そうかも知れませんね」
「ええ。相手が誰であろうとも、私たちならやれると思うわ。皆、油断は禁物よ!」
ホブゴブリンの姿を見たエイリーンは、真剣な表情をしながら戦闘態勢に入ろうとしている。相手が手強い相手であろうとも、自分たちなら大丈夫だと感じているだろう。
それにベルも同意しつつ、皆に対して声を掛ける。誰もが頷いて戦闘態勢に入ろうとしたその時、ホブゴブリンが咆哮を上げ、地面を揺らし襲いかかってきた。そのスピードは目にも止まらぬ速さで、棍棒が空気を裂きながら迫る。先手を取るつもりの猛攻だ。
「そうはさせない! カウンターバリア!」
めぐみが叫び、両手を突き出して魔術を放つ。瞬間、輝くバリアが展開し、ホブゴブリンの攻撃を完璧に受け止めた。
バリアは反撃の力を帯び、ホブゴブリンを弾き飛ばす。巨体は轟音と共に壁に叩きつけられ、崩れ落ちるように消滅。金貨とゴブリンの牙が床に散らばった。
「助かったわ、めぐみ!」
「このくらい当然よ」
アイリンの笑顔に対し、めぐみはウィンクしながら笑顔で応える。その直後、前方から零夜たちの姿が現れた。無事に合流を果たした事で、誰もが安堵していた。
「無事でしたね。こちらも全員揃っています!」
「良かったわね。この階には敵はいないし、次のエリアに向かいましょう」
零夜の報告を受けたアリスは微笑み、次のエリアに行く事を提案。それに皆も頷きながら応え、急いで次の階へと向かい出す。因みにこの基地は三階建てなので、最上階に行くにもそう時間は掛からないだろう。
※
二階に到達した零夜たちは、異様な光景に目を奪われた。中央に金網に囲まれたプロレスリングが鎮座し、無観客の静寂が不気味に響く。この状況は明白――次なる戦いはプロレス形式の死闘だ。
「リングがある……となると、この勝負は避けられそうにないかもな……」
零夜がリングを見据え、真剣な眼差しで呟く。基地内にリングがある以上、プロレスバトルは不可避。覚悟を決めた彼の声に、仲間たちの士気が高まる。
「坊ちゃまの言う通りです。それに、三階への扉には七つの鍵が必要な仕組みになっています」
メイルが冷静に状況を分析し、扉の鍵穴を指す。七つの穴が刻まれた重厚な扉は、容易に開く気配がない。
「七つの鍵……まさか!」
マツリが何かに気づいた瞬間、モニターが突然点灯。画面に映ったのは、この基地の支配者、パニグレの不敵な笑みだった。
『よく来たね。君たちがこの先に行くには、僕が用意したダークモンスターを倒さなくてはならない。カギは奴らが持っているので、倒したら即手に入れられる』
「ダークモンスター……まさかマツリの子供たちなの!?」
パニグレは零夜たちに対して、最上階である三階に進む方法を零夜たちに教える。その内容にベルが叫んでしまった。かつての戦いでヨモギがダークデーモンとなり、死の呪いで散った記憶が蘇る。
『その通りだ。全部で八人いたからね。残り七人もダークモンスターに変化しているのさ』
「何だと!? まさかヒノエ、ユカリ、ミツバ、コウスケ、ヘイゾウ、ダイゴロウ、ミノキチまでもか!?」
パニグレの説明にマツリが驚いた瞬間、リングの周囲に七体のダークモンスターが現れた。人間サイズだが、それぞれが異形の姿――オーガ、インプ、ホブゴブリン、天狗、ハーピー、悪魔、ダークエルフ。どの個体も禍々しいオーラを放ち、戦意に満ちた眼差しで零夜たちを睨む。
「やはり彼らもダークモンスターになるとは……戦うしか方法はありませんね」
「エイリーンの言う通りだ。こうなった以上は倒すのみだ!」
エイリーンが冷徹な声で呟き、戦闘態勢を取る。マツリも拳を握りしめ、決意を固めていた。
ヒノエたちはもう元に戻れない。自らの手で引導を渡す必要があると、誰もが判断しているのだ。
『因みにルールについてだけど、一対一のプロレスバトルとなっている。全員勝つ事ができなければ、先に進めないのさ』
「となると、ここはマツリ以外の八犬士たちで挑む必要があるな。マツリは元凶であるパニグレを倒す為、力を温存してくれ」
パニグレの説明を聞いたヤツフサは、真剣な表情をしながら推測。更にマツリに対してはパニグレとの戦いがあるので、温存する様指示を出す。
「分かった。そうさせてもらうぜ。零夜、倫子、日和、アイリン、エヴァ、エイリーン、トワ。あいつらを頼むぞ!」
マツリはヤツフサの指示に対し、頷きながら応えていく。更に彼女は零夜たちに対して、ダークモンスターを倒す事を託した。
零夜たちは鋭い視線でダークモンスターを見つめ、リングへと歩を進める。相手がかつての仲間であろうと、ここで退くわけにはいかない。
「この戦いは辛過ぎる戦いになるが、俺たちはここで止まる事はできない。何が何でも勝ちに行くぞ!」
「「「おう!」」」
零夜の叫びに仲間たちが一斉に応え、すぐにリングへと視線を移した。リングの周囲ではダークモンスターたちが唸り、戦場に緊張が走る。
「プロレスを見るのは初めてだけど、大丈夫かな……」
「あのモンスター、ヤバい感じがするし……」
涼子たちはこの光景を見ながら、心配そうな表情をしていた。いくら八犬士でも相手があのダークモンスターだと、苦戦してしまう確率が高いと思っているのだ。
そんな彼女たちを見たメイルは、優しい表情をしながら語りかけてくる。
「大丈夫ですよ。零夜坊ちゃまたちはこんなところで倒れません。彼らは諦めずに突き進みますので、勝つ事を信じましょう」
「そうね……信じてみないと!」
メイルの説明を聞いた涼子たちは、笑みを浮かべながら零夜たちを信じる事に。七つの鍵を巡る壮絶なプロレスバトルが、今、幕を開けようとしていた。