零夜たちは息を切らせながら、螺旋階段を猛スピードで駆け上がる。パニグレの潜む最上階を目指し、一刻の猶予もない。奴が子役たちを改造している可能性が高い以上、遅れれば取り返しのつかない事態になる。
「もう少しで最上階よ! 油断しないで!」
「言われなくてもそのつもりです! パニグレの野郎、子供なら何をしてもいいとでも思ってるのか……! 絶対に許さないぜ……!」
涼子の鋭い声に全員が頷く中、零夜の身体から黒いオーラが渦を巻くように溢れ出す。その闇の奔流は周囲の空気を震わせ、仲間たちに冷や汗を流させるほどの威圧感を放つ。
「気持ちは分かるけど、落ち着いてよ、ね?」
「そうですよ、坊ちゃま。マツリさんなら大丈夫、彼女に任せましょう!」
倫子とメイルは苦笑いを浮かべ、怒りに燃える零夜をなだめる。だが、このまま暴走すれば収拾がつかなくなる。彼による大騒動を防ぐには、誰かが抱きしめてでも止めるしかない状況だ。
「……そうですね。まずは前を見ましょう! もうすぐパニグレのいる最上階です!」
零夜は苦笑いしながら感情を抑え、前方を指差して叫ぶ。視線の先には、巨大な鉄の扉がそびえ立つ。それはパニグレがいるボスの部屋への入り口であり、戦いの舞台がそこにあることを示していた。
「いよいよ奴との決戦だ! 扉を開けるぞ!」
「ちょっと、マツリ!」
マツリはエヴァの制止を無視し、階段を一気に駆け上がる。その勢いはまるで風のように速く、仲間たちを置き去りにするほどだ。
最上階に到達すると、彼女は巨大な扉を両手で力強く押し開ける。ヒノエたちの仇を討つため、パニグレへの怒りが彼女を突き動かしていた。
「出てこい、パニグレ! ここがお前の墓場だ!」
マツリが叫ぶ声が部屋に響き渡るが、そこは静寂に包まれていた。豪奢な玉座がぽつんと置かれ、広大な空間には誰もいない。異様なまでの静けさに、緊張が漂う。
「おかしいな……ここにいるはずなのに……」
マツリは首を傾げ、辺りを警戒しながら呟く。パニグレが隠れている可能性を考え、トワやアイリンに索敵を頼むべきか思案し始める。その時、遅れて追いついた零夜たちも部屋に踏み込み、誰もいないことを確認した。
「パニグレはどこなの?」
「どうやらいないみたいだ。だが、どこかに潜んでる気がする……」
かなめの問いに、マツリが慎重に応じる。皆が真剣に状況を分析する中、アイリンの尻尾がピンと立ち、鋭い危機感が彼女を突き動かす。
「気を付けて! 七人の敵の反応よ!」
「七人!?」
アイリンの警告に全員が息を呑んだ瞬間、目の前に七つの影が現れる。六人は子供で、全身を近未来風の色違いの鎧で覆っている。そしてもう一人は、大人の女性――ウサギの獣人だ。ゴーグルを頭に載せ、へそ出しのフリルキャミソールと片足が露出したジーンズを身にまとう。
「その様子……改造されたんだな……」
「そんな……手遅れだなんて……」
ヤツフサの冷静な分析に、めぐみたちはショックを受け、涙目になる。子役たちはパニグレによって改造され、異形の姿に変貌していた。ウサギの獣人もまた、パニグレに契約を強制された可能性が高い。
「ウサギの獣人は俺が引き受けます! 残りの子供たちは皆さんで攻撃を!」
零夜が鋭く指示を飛ばした瞬間、子供たちとウサギの獣人が集まり、光の渦に包まれる。次の瞬間、彼らは融合し、巨大な金属の箱へと変形したのだ。
「箱になった!?」
「何をするつもりなの!?」
アリスたちは驚愕し、戦闘態勢を整える。融合して箱になるなど、常識外の事態に誰もが困惑する。すると、箱の前面の小さな扉がガシャンと開き、そこから猛烈な勢いで弾丸が発射された。
「全員、避けろ!」
ヤツフサの叫びと同時に、零夜たちは一斉に跳躍し、弾丸を回避。床に激突した弾丸は爆発を起こし、衝撃波が部屋を揺らす。爆煙の中から現れたのは、黒焦げになったウサギの獣人だった。彼女は弾丸に変形させられ、箱から撃ち出されたのだ。
「ちょっと! 私を弾にするなんてどういうことよ!」
ウサギの獣人は勢いよく立ち上がり、箱に向かって怒りを爆発させる。すると、子役たちが元の姿に戻り、ヘルメットで顔を隠したまま、冷ややかに彼女を見やる。
「しょうがないだろ。適役はお前なんだから」
「そういう問題か!」
透が平然と返すと、ウサギの獣人は「ウガーッ!」と叫びながらツッコミを入れる。明らかに連携が欠け、仲間割れの隙が露呈していた。
「なんか揉めてるけど……」
「今がチャンスだ! 攻撃開始!」
倫子たちが呆然とする中、ヤツフサの号令で一斉に動き出す。だが、透たちが再び集まり、今度は巨大な大砲に変形。銃口には、再び砲弾にされたウサギの獣人が詰め込まれていた。
「だからなんで私が!?」
「発射!」
「もう嫌〜!」
大砲が轟音を立て、ウサギの獣人が涙を流しながら凄まじい速度で撃ち出される。零夜はその瞬間、前に飛び出し、両手を広げて砲弾を受け止めようとする。無謀とも思える行動に、仲間たちが叫ぶ。
「零夜君! 危ない!」
「回避した方がいいわ!」
「坊ちゃま、無理はダメです!」
倫子、エヴァ、メイルの叫びが響くが、零夜の耳には届かない。彼は歯を食いしばり、砲弾の猛烈な勢いに耐える。足が床を削り、後退しながらも両手でしっかりと砲弾を掴む。そのスピードは想像以上で、全身が軋むほどの衝撃だ。
(くそっ……! 確かに威力はあるが、こんなところで負けるかよ……!)
零夜は苦悶の表情を浮かべながら、心の中で決意を固める。ウサギの獣人が砲弾にされているのを見た瞬間、彼女を救うと誓ったのだ。
砲弾の速度が徐々に落ち、零夜の闇のオーラが一層濃くなる。ついに、砲弾は完全に停止し、ウサギの獣人の姿に戻った。
「やれやれ……なんとか止めたぜ……」
零夜は安堵の息をつき、仲間たちも同様に緊張を解く。もし止められていなければ、爆発に巻き込まれ壊滅的なダメージを受けていただろう。ウサギの獣人は零夜に掴まれていることに気づき、顔を真っ赤にして慌てて離れる。
「た、助けてくれてありがとう……でも、なんで敵の私を助けたの?」
ウサギの獣人は感謝の言葉を口にしつつ、困惑した表情で尋ねる。敵であるはずの自分を救った理由が理解できず、質問したくなるのも無理はない。
それを聞いた零夜は、優しい表情で彼女の頭を撫でる。
「大したことじゃない。敵でも困ってる奴は放っておけない。それに、あいつらのやり方にムカついたんだ。今すぐぶっ潰したいが、その前に……」
零夜はそう言うと、ウサギの獣人に近づき、優しく抱きしめる。次の瞬間、彼の身体から淡い光が放たれ、二人を包み込む。
「モンガルハント、発動!」
術式が発動すると、ウサギの獣人の身体から紫色の煙が噴き出し、パニグレの契約が解かれる。彼女は彼によって操られ、理不尽な生活を送られていたのだ。
煙が消え、ウサギの獣人の目には自由が戻る。零夜のモンガルハントにより、契約は彼に書き換えられた。
「契約更新、成功だ。さて……ここからが俺たちのターンだ。好き勝手やったツケを、たっぷり払ってもらうぞ……」
零夜は腕を鳴らし、鋭い眼光で透たちを睨みつける。パニグレの呪縛を終わらせ、仲間たちと共に正義を貫く決意が、闇のオーラと共に燃え上がっていた。