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第153話 狂気少年の誕生

 後楽園の悲劇が世界を震撼させる三ヶ月前、ハルヴァスの小さな村「コクリコ村」は血と炎に呑み込まれていた。バスタール伯爵家の横暴な命令により、騎士たちが近隣の村々から女、食糧、財産を略奪していた。そして、ついにコクリコ村もその餌食となった。


「ヒャハハハ! 若い女だけ連れ去れ! ブスや年増は斬り倒せ!」


 騎士たちの狂乱の笑い声が村を切り裂く。剣が振り下ろされ、肉が裂ける音が響き、地面は血で赤黒く染まる。抵抗する村人は容赦なく斬り捨てられ、逃げ惑う者は馬蹄に踏み潰された。村は瞬く間に地獄絵図と化した。


「畜生……奴らはここまでやるなんて狂っている……」


 建物の物陰から、パニグレと義姉のラビーが息を潜めてその惨劇を覗いていた。

 義理の姉弟である二人は、数年前にそれぞれの家族を失い、以来互いを頼りに生きてきた。最初はお互い慣れない距離感もあったが、今では深い絆で結ばれている。それでも、この修羅場を前に、彼らには抗う術がなかった。


「ともかく今は逃げましょう。ここにいたら殺されるわ」

「そうするしか無いか! 無力である自分が悔しい……」


 ラビーの冷静な声に、パニグレは悔しさを噛み締めながら頷く。騎士に見つからぬよう、歯を食いしばり、物陰を這うように移動する。義姉の言葉が正しいとわかっていても、無力感に胸が締め付けられる。二人は村の外れへ抜け出し、必死に駆け出した。いつかこの屈辱を晴らし、騎士たちを倒すと心に誓いながら。


 ※


 池の畔に逃げ延びたパニグレとラビーは、荒い息を整えながら地面に座り込む。追手から逃げ切った安堵感はあったが、村を滅ぼされた怒りと悲しみが二人を苛む。


「くそっ! 何もできない自分が悔しい! 僕にもっと……力があれば……!」


 パニグレは拳で地面を叩き、涙を流す。義姉ラビーを守れなかった無力感が、彼の心を焼き尽くす。ラビーはそんな弟を心配そうに見つめる。その時だった。


「力が欲しいのか?」


 突然の声に、二人はハッと顔を上げる。どこからか響いた声に驚き、周囲を見回す。すると、目の前に二つの影が現れた。妖艶な女、タマズサ。そしてその傍に立つ、ゴブリンのゴブゾウ。驚く姉弟に対し、二人はゆっくりと近づいてきた。


「妾はタマズサ。お主らの味方じゃ。それよりもお主らの村が襲われた様じゃが、奴らに対して復讐をしたいか?」

「復讐……」


 タマズサの言葉に、パニグレは一瞬言葉を失う。しかし、義姉と過ごした日々、村での平穏な暮らしを奪った怒りが、胸の奥で黒い炎となって燃え上がる。目を閉じ、深く息を吸うと、彼は決意を固めた。


「力が欲しい。僕らの村を滅ぼした奴らに復讐をする為に!」

「パニグレ!?」


 ラビーが驚きの声を上げる。義弟の激しい言葉に、彼女の心は不安で揺れる。だが、タマズサはパニグレの真っ直ぐな眼差しを見て微笑む。彼に眠る潜在能力を見抜いたのだ。


「良いだろう。では、案内するとしよう」


 タマズサとゴブゾウは、パニグレとラビーを闇の奥へと導く。ラビーはまだ気付いていなかった。義弟が取り返しのつかない道へ踏み出そうとしていることを。


 ※


 タマズサの本拠地に着いたパニグレは、驚異的な速度で力を吸収していった。魔術、剣術、格闘術をわずか数日で習得し、高難度の闇魔術すら操れるようになった。その才能は神童としか言いようがない。

 修行を終えたパニグレがタオルで汗を拭う中、ゴブゾウが感嘆の拍手を送る。今の光景を見て凄いと感じているのだろう。


「お疲れさん! まさかここまで強くなるとは驚いたな」

「大した事ありませんよ。それよりも……僕は奴らに復讐したい。力を手に入れた以上、奴らには痛い目に遭わせないと!」


 パニグレの背中から闇のオーラが滲み出し、殺意に満ちた目が鋭く光る。村を滅ぼした者への憎しみが、彼を戦いへと突き動かしているのだ。ゴブゾウはそんな彼を見て、ふと思い出したように手を叩く。


「その事だが、実はバスタール伯爵家の領土へ夜襲を仕掛けようとしている。そこでお前も参加する事になっているが……」

「へ?」


 パニグレは一瞬呆然とする。復讐の標的と夜襲の目的が一致していたことに、運命の残酷さを感じずにはいられなかった。


 ※


 数時間後、バスタール伯爵領は血と炎の坩堝と化した。ゴブゾウ率いるモンスター軍団の夜襲は、悪夢そのものだった。住民たちは逃げ惑い、モンスターの鋭い爪や牙に引き裂かれる。彼らは次々と光の粒となって消滅し、断末魔の叫びが夜を切り裂く。迎撃に出た騎士たちも、圧倒的な力の前に次々と倒れてしまう。領土の陥落は時間の問題だった。

 伯爵家の屋敷では、当主グラードが家族を連れ、必死の脱出を試みていた。妻ソリアン、息子ドグラ、娘ハルミンが荷物を手に、恐怖に引きつった顔で頷く。


「荷物は準備した! すぐに急ぐぞ!」


 屋敷の外へ飛び出そうとした瞬間、扉が蹴破られ、パニグレ率いる部隊が雪崩れ込む。悪徳貴族一家は恐怖に震え、膝から崩れ落ちる。もはや逃げ場はなかった。


「さて……僕たちの村だけでなく、他の村までも滅ぼしてくれたね。散々好き勝手した罪……償ってもらうよ」


 パニグレの両手に闇のオーラが渦巻き、禍々しい魔術が発動する。空中に黒い槍が生成され、一家四人に狙いを定める。村を滅ぼし、義姉ラビーを危険に晒した彼らに、慈悲など不要だった。


「待ってくれ! 子供たちの命だけでも……」

「黙れ! 僕たちの村を襲ったのも、その子供の指示で行なった事が明らかになった! 言い訳しようとしてももう遅い……死んで罪を償え! デスランス!」


 パニグレの号令と共に、闇の槍が一家に襲い掛かる。鋭い槍は身体を貫くが、幸いな事に刺された場所から血が出る事はなかった。グラード、ソリアン、ドグラ、ハルミンは血を吐き、断末魔の叫びを上げながら倒れ伏す。


「私は……こんな悲劇の結末を……望みたくなかった……何処で……間違ったのか……」


 グラードの呻き声が虚しく響き、一家は光の粒となって消滅した。戦いは終わりを告げられ、モンスターたちは武器を掲げて勝利の咆哮を上げる。

 バスタール領は壊滅し、住民も騎士も一人残らず死に絶えた。圧倒的な勝利だった。


(これで終わったか……だが、こんな子供は他の世界にも必ず存在する……だからこそ僕の手で根絶やしにして、自分が望む世界を作り出してみせる! 邪魔する奴は誰であろうとも殺すのみだ!)


 パニグレの心は勝利に燃え、さらなる闇へと突き進む。彼は子供たちを根絶し、自身の理想を貫く世界を築くことを誓う。この夜、残虐非道な狂気少年「パニグレ」が誕生した瞬間だった。


 ※


 本拠地のモニターでその様子を見ていたタマズサは、満足げに頷く。パニグレの姿に、彼女は期待以上の成果を見ていた。一方、ラビーは変わり果てた義弟の姿に、恐怖と悲しみを覚えた。


(もう……あの優しかったパニグレは居なくなった……私も魔王軍の一員となってしまったけど、私はこんな展開を望んでいなかった……)


 ラビーは胸に手を当て、義弟との思い出を思い返す。家族を失った後、共に支え合った日々。それが今、こんな形で壊れてしまった。彼女自身も魔王軍に取り込まれ、心から望まぬ道を進む自分に、どうしていいかわからなかった。


(こんなのもう嫌……誰か助けて……)


 ラビーは頭を両手で抱え、心の奥で悲痛の叫びを上げた。彼女の目から零れた一粒の涙が、静かに床に落ちる。


 ※


 翌日、ラビーはパニグレと主従契約を結ばされ、義弟と共にBブロック基地に配属された。そして今に至る……。

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