目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第157話 パニグレの最期

 マツリは三種の神器を手に、ダークベヒーモスを討つべく動き出した。背中に生えた漆黒の翼が風を切り、飛行速度は目に見えて加速。尻尾が鋭くしなり、攻撃力も飛躍的に向上している。今の彼女は、竜人の頂点に君臨する最強の戦士そのものだ。空を裂く咆哮とともに、彼女の眼光は鋭くダークベヒーモスを捉えた。


「まずはコイツだ! 炎魔鏡えんまきょう!」


 マツリが掲げた八咫鏡やたのかがみが赤く燃え上がり、迸る炎が巨大な魔人の姿を形作る。炎の魔人は轟音とともに拳を振り下ろし、ダークベヒーモスを直撃。地面が震え、大気が焦げるほどの猛攻だった。


「ぐほっ! がはっ!」


 ダークベヒーモスの巨体がよろめき、炎と拳の連撃に耐えきれず膝をつく。灼熱の嵐が戦場を焼き尽くし、土煙が舞い上がる中、零夜たちはその圧倒的な光景に言葉を失った。


「す、凄いですね……」

「魔人を呼び出すとは……アイツらしいといえばアイツらしいが……そこまでやる必要あるのだろうか……」

「私たちに言われても……」


 零夜たちが呆然と立ち尽くす中、マツリは次の攻撃を準備していた。彼女の首飾り、八尺瓊勾玉やさかにのまがたまが眩い光を放ち、首から離れて分裂。宙に浮かんだ勾玉はみるみる巨大化し、鋭いレーザー光線をダークベヒーモスに撃ち放った。光の奔流は空を引き裂き、戦場を白く染め上げる。


「ぐわあああああ!!」


 レーザーの直撃を受けたダークベヒーモスは咆哮を上げ、巨体が大きく傾く。体力は残りわずか、瀕死の状態だ。地面に刻まれた焦痕が、そのダメージの凄まじさを物語っていた。


「こ、小癪な……最後の奥義だ! 何もかも破壊してやる!」


 ダークベヒーモスは最後の力を振り絞り、全身が禍々しい光に包まれる。巨大な身体が天高く跳躍し、戦場を見下ろすその姿は絶望そのものだった。


「これで終わりだ! 破壊振動はかいしんどう!」


 着地の瞬間、天地を揺るがす衝撃波動が広がる。ビルをも超える高さから放たれた波動は、回避不能の破壊の嵐。地面がひび割れ、風が唸りを上げ、零夜たちの立つ空中ステージが崩壊の危機に瀕する。


「このままではお陀仏だけど、地面に潜ればこっちの物よ!」


 ラビーが機転を利かせ、高速で床に穴を掘り始める。しかし、掘り進んだ先はハイランダーランドの空。空中ステージの真下は、奈落の底へと続く虚空だった。落下すれば即死は免れない。


「ヒィィ……!」


 ラビーの顔が恐怖で青ざめ、穴から這い出た瞬間、零夜にしがみつく。彼女の小さな体は震え、涙が頬を伝っていた。


「怖かった……落ちたら死ぬかと……」

「空中のステージの床を掘るからや」


 ユウユウの鋭いツッコミに、ラビーは涙目で唇を噛む。状況を確認せずに自信満々に行動すれば、最後は痛い目に遭うのは確実だ。

 その刹那、衝撃波動の波が再び押し寄せ、仲間たちを飲み込もうとする。絶体絶命の瞬間、零夜の額に冷や汗が光った。


「しまった! このままでは……」

「させるか! 真空波動斬しんくうはどうざん!」


 マツリが咆哮とともに天叢雲剣あまのむらくものつるぎを振り上げる。剣から放たれた波動斬撃は、衝撃波動を真っ二つに切り裂く。爆発が戦場を揺らし、粉塵が舞う中、ダークベヒーモスの最大奥義は無残にも散った。


「そんなバカな……最大奥義が……」


 ダークベヒーモスは愕然とし、膝を折る。全ての手段を打ち破られ、敗北の影がその巨体を覆った。

 マツリは剣を構え直し、鋭い眼光で敵を見据える。ヒノエたちの仇、子供たちを危険に晒した罪、ダークモンスターを生み出した罪――全てを清算すべく、彼女は最後の力を振り絞った。


「終わりだ! 断罪一閃だんざいいっせん!」


 光のオーラが剣に宿り、強烈な一閃。眩い斬撃がダークベヒーモスを切り裂き、悲鳴が戦場に響く。巨体は力なく倒れ、煙とともに元の姿――パニグレに戻った。


「うう……」

「パニグレ……」


 ラビーが哀しげに呟き、パニグレを見つめる。彼の目には、かつての義理の弟としての面影が映っていた。すると、パニグレの脳裏に遠い記憶が蘇る。


 ※


 コクリコ村が襲われる一ヶ月前。丘の上で、ラビーとパニグレは未来を語り合っていた。風が草を揺らし、青い空が二人を見守る穏やかな時間だった。


「私は機械工学を学んで、様々な物を開発したいの。戦闘兵器とか、ロボットとか」

「姉さんは機械系に興味があるからね……まあ、無理もないけど……」


 ラビーの瞳は夢に輝き、パニグレは苦笑いを浮かべる。彼女の機械いじりの癖は、時に彼を困らせたが、その情熱は本物だった。


「じゃあ、パニグレは何になりたいの?」

「僕はまだ分からない。けど、冒険者になってから自らの夢を探してみるよ。その時になってから本当の夢が見つかると感じんだ」


 ラビーの問いかけ対し、彼は空を見上げながら静かに答えた。その言葉は真っ直ぐで、偽りのない決意に満ちていた。

 その様子を見たラビーは微笑み、彼の頭を優しく撫でる。


「だったらその夢を叶わないとね。あと、ギルドの冒険者は十二歳からスタートだから」

「あと三ヶ月か……それまで我慢しておかないとな……」


 パニグレの小さな決意に、ラビーは温かく笑い、彼の頭をよしよしと撫で続けた。あの瞬間、二人の絆は永遠に続くように思えたが、一ヶ月後の襲撃で長くは続く事ができなかったのだった……。


 ※


 記憶が蘇ったパニグレは、自らの罪の重さに打ちのめされる。子供たちの死、策略に利用した子役たち――全てが彼の心を抉った。だが、気付くのが遅すぎた。絶望に顔を歪め、涙が頬を伝う。


「ああ……僕は……とんでもない事をしてしまった……誰もが皆、僕の事を許されないだろう……僕はとんでもない愚か者だ……誰からも嫌われて……最期は死ぬ……こんな人生を送るのなら……もう一度……やり直したかった……」


 パニグレは死んでしまい、光の粒となって消えてしまった。死んだ跡に残されたのは、大量の金貨の山だけだった。

 ラビーは震える手で袋を手にし、金貨を回収しながら涙を堪えた。


「パニグレ……もしかすると彼……本当はこんな事をしたくなかったと思うわ」

「えっ?」


 零夜たちが驚き、ラビーの元に集まる。彼女の言葉に、誰もが胸を締め付けられた。


「彼が子供たちを攻撃したのは、自分の悲しみや怒りをぶつけていた。闇に染まってしまった彼だけど、あの時タマズサの誘いを断っていたら……こんな事にはならなかったのに……!」


 ラビーの声は震え、涙が溢れる。ライラ、ユウユウ、ジャスミンが彼女を囲み、そっと抱きしめる。敵だったパニグレは、かつての大切な家族だった。その喪失の痛みに、ラビーの心は耐えきれなかった。

 零夜とマツリは、ただ黙ってその光景を見つめる。仇は討った。だが、ラビーの涙は彼らの心に重い罪悪感を刻み込んでいた。

 こうしてパニグレの死と同時に、Bブロック基地での戦いは終幕となった。しかし、勝利の歓声はなく、静かな悲しみが辺り一面に包まれていたのだった……。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?