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第159話 Aブロック基地での会議

 ハルヴァス南方、テンガロン村の亡魂が眠る荒野。かつては笑顔と活気で溢れていたこの地も、数か月前の悪鬼の侵略によって壊滅した。村人たちは一人残らず命を奪われ、村は灰燼に帰し、今その跡地にそびえるのは禍々しい黒い要塞――Aブロック基地だ。

 だが、基地の周囲ではけたたましい金属音と労働の喧騒が響き合い、大規模な改修作業が進められている。重厚な鉄の門、そびえ立つ監視塔、そして無数の魔術陣が刻まれた壁――明らかに、零夜率いるブレイブエイトへの対抗策を練るための準備だ。空気には不穏な緊張感が漂い、まるで嵐の前の静けさのように、基地全体が息を潜めている。


 ※


 基地の中にある薄暗い隊長の間で、冷ややかな光を放つ魔術スクリーンに映し出されたオンライン会議が進行していた。参加者はタマズサ、ゴブゾウ、そしてAブロック基地の隊長であるベティとメディ。

 議題は壊滅したBブロック基地の惨状だ。タマズサの声は、抑えきれぬ怒りで震えていた。


「Bブロック基地は崩壊し、残るはお前たちだけとなった。奴ら――ブレイブエイトは、確実に力を増している。極めて不愉快だ」


 タマズサの眼光は鋭く、スクリーン越しでもその威圧感はベティたちの心臓を締め付けた。彼女の顔には苛立ちと焦燥が刻まれている。ベティ、メディ、ゴブゾウは冷や汗を流し、言葉を失った。

 Bブロック基地の陥落は、悪鬼の勢力にとって壊滅的な打撃だった。戦力は削られ、ブレイブエイトの進撃を止める術が尽きつつある。このままでは、悪鬼の滅亡も時間の問題だ。


「タマズサ様は極めて不愉快だ。お前たちは、奴らを相手にどう立ち向かうつもりだ?」


 ゴブゾウの低く唸るような声が、部屋に重く響く。ベティは真剣な表情で押し黙った。ブレイブエイトの戦力は日に日に増し、今や正面から挑めば返り討ちにされるのは明白だった。彼女が焦燥に駆られ、策を必死に模索しているその瞬間――


「その件ですが、私に策があります!」

「メディ、何!?」


 突然、メディが手を挙げ、丁寧かつ自信に満ちた声で宣言した。ベティは驚愕に目を見開き、タマズサとゴブゾウも興味を引かれたように彼女を見つめた。薄暗い部屋に、僅かな希望の光が差し込むかのようだった。


「パニグレが生み出したダークモンスターの研究資料、そのコピーが私の手元にございます。こちらがその資料です!」


 メディの指が素早くハングルを操作すると、スクリーンに詳細な資料が映し出された。ダークモンスターの種類、製造に必要な希少素材、実験結果の詳細――膨大なデータが、冷たく輝く文字で並んでいる。部屋の空気が一瞬にして張り詰めた。


「ほう。パニグレがこのようなデータを残していたとは。で、お前はダークモンスターを製造できるのか?」


 タマズサは興味を持つ目で確認し、メディに対して質問する。それに彼女は迷いなく頷いた。


「はい。素材さえ揃えば、私の錬金魔術でモンスターを即座に作り出すことができます。パニグレは子供を依り代に改造しておりましたが、私はそんな非道な方法は使いません。一から人工的に作り上げる――それが私の信念でございます」


 メディの声は丁寧ながらも確固たる自信に満ちていた。ベティは隣でその言葉を聞き、驚きを隠せなかった。メディがここまで成長していたとは、彼女の想像を遥かに超えていた。タマズサは満足げに頷き、口元に薄い笑みを浮かべた。


「ならば、メディ。お主の手でダークモンスターを創り出し、ブレイブエイトを叩き潰せ。ベティ、お前もだ。奴らを倒すため、魔術を極めねばならん。この後、お前に相応しい本を送る。楽しみにしておけ」


 タマズサの言葉が終わると同時に、スクリーンが暗転し、会議は終了した。重苦しい沈黙が部屋を包み、ベティとメディは疲労と緊張でその場にへたり込んだ。


「緊張しました……」

「私もよ……でも、メディ、あなたがモンスター製造にこんな才能を持っていたなんて……早く教えて欲しかったわよ!」

「ニャハハ……実は、こっそり勉強しておりましたので」


 ベティは呆れ顔でメディを睨んだが、彼女は苦笑いで誤魔化した。元は僧侶として活動していたメディだが、正体を明かしてからは格闘術、回復術、黒魔術、そして興味の赴くままに知識を貪欲に吸収していた。その努力が、今、彼女をここまで押し上げていたのだ。

 メディは立ち上がり、決意を胸に別の部屋へと向かった。


「まぁ、頑張ってるならいいけど……でも、タマズサ様が送るって言った本、どうやって届くのかしら?」


 ベティが疑問を口にした瞬間、頭上に重い衝撃が走った。


「痛っ!」


 分厚い本が彼女の頭に直撃し、床に落ちる。拾い上げると、古びた装丁に禍々しい魔術の紋様が刻まれ、表紙には『タマズサ様の魔術書』と記されていた。本はまるで生きているかのように、不気味なオーラを放っている。


「くっ……何よ、この重さ! タマズサ様も大胆なんだから……でも、これでブレイブエイトを倒せるなら、読む価値はあるわよね!」


 ベティは気を取り直し、ページをめくり始めた。そこには複雑な魔術理論、禁断の呪文、そして最大奥義とも呼べる術式が記されていた。彼女の目は興奮で輝き、貪るように読み進める。


「これ……! すごい! この術式、完成させればアイリンたちを一撃で葬れるかも!」


 ベティはいてもたってもいられず、その場で試してみることにした。両手を広げ、魔力を集中させる。部屋の空気が重くなり、黒い稲妻のようなエネルギーが彼女の手元に渦巻いた。


「くらえ! 最大奥義――『暗黒滅破あんこくめっぱ』!」


 轟音と共に黒い衝撃波が放たれ、訓練用の鉄製ターゲットを粉々に砕き、部屋の器具を木っ端微塵にした。ベティは自らの魔術の威力に息を呑むが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。


「これなら……アイリンたちを確実に倒せる! ブレイブエイトも終わりよ!」


 ※


 一方、メディは別の部屋で錬金魔術の準備に没頭していた。薄暗い部屋には、怪しげな薬品瓶や魔術素材が整然と並び、彼女の手元にはパニグレの研究資料が広げられている。メディは慎重に素材を調合し、床に巨大な錬金陣を描き始めた。


「ふふっ、これで完璧です。パニグレのデータに私のアレンジを加えれば、最強のダークモンスターが誕生いたします!」


 錬金陣から紫色の光が漏れ出し、部屋は不気味な雰囲気に包まれる。メディが最後の呪文を唱えると、眩い光が炸裂し、巨大な影が姿を現した。鋭い爪、燃えるような赤い瞳、黒い鱗に覆われたドラゴンのようなフォルム――パニグレのモンスターを凌駕する、圧倒的な存在感を放つ怪物だった。


「成功いたしました……! これならブレイブエイトも怖くありません!」


 メディは満足げに頷き、モンスターに命令を下す。後はそれさえ成功すれば、完璧と言えるだろう。


「あなたは私の最高傑作でございます。アイリンたちを叩き潰す準備はできておりますか?」


 モンスターは低い唸り声を上げ、まるで忠誠を誓うかのように首を振った。これでモンスターの件についても、問題なく終わる事ができたのだ。


 ※


 その夜、基地の訓練場でベティとメディは再び顔を合わせた。二人とも自信に満ち、互いの成果を誇らしげに見せ合った。


「ベティ、あなたの魔術、圧巻でした! あの威力なら、アイリンだって一撃で仕留められるかもしれません!」


 メディの興奮した声に、ベティは得意げに胸を張る。素直じゃないが、褒められていた事を嬉しく感じたのだろう。


「ふふっ、当然よ! タマズサ様の魔術書は本物だわ。で、あなたのダークモンスターは? 見せてよ!」

「もちろんでございます!」


 メディが指を鳴らすと、背後からドラゴンのようなダークモンスターが姿を現した。その迫力にベティは一瞬息を呑んだが、すぐに笑顔を取り戻した。


「やるじゃない、メディ! このモンスターと私の魔術のコンビネーションなら、ブレイブエイトを完膚なきまでに叩き潰せるわ!」

「その通りでございます! 後は訓練を重ねるのみです!」


 二人は拳を合わせ、固い決意を共有した。アイリン率いるブレイブエイトとの因縁に終止符を打つため、彼女たちはさらなる研鑽を重ねることを誓った。


「アイリン……覚悟しなさい。次に会うときは、あなたたちの最期よ!」


 ベティの声は、基地の闇に響き合い、まるで運命を切り開く刃のように鋭く、冷たく響いた。彼女たちの戦いは、まだ始まったばかりだ。

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