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第175話 諦めない覚悟

 零夜とアカネの戦いは、まさに一進一退の死闘だった。リング上では、両者一歩も譲らず、火花を散らすようなチョップ合戦が繰り広げられている。肉と肉がぶつかり合う鈍い音が会場に響き、互いの全力がぶつかり合うたびに、観客のいないリングがまるで生き物のように震えた。


「す、凄い戦いだ! チョップ合戦は基本の技だが、ここまで熱を帯びるとは……!」


 メリアの実況が興奮に震える中、リングサイドに立つ国鱒社長は鋭い眼光で試合を見据える。ベテランレスラーとして数々の修羅場を潜り抜けてきた彼は、選手の動きや試合の流れを瞬時に読み解く力を持つ。しかし、その大人げない性格ゆえ、若手レスラーたちとのリング上での衝突は日常茶飯事だ。特に「給料上げろ」「海外遠征させろ」と訴える若手たちを、ことごとく返り討ちにしてきた。

 リング上では、アカネが零夜の強烈なチョップを胸に受けた直後、電光石火の速さで反撃。彼女の掌底が零夜の顎を正確に捉え、衝撃音が会場に響き渡る。その威力はすさまじく、零夜の首がガクンと跳ね上がり、一瞬リングに膝をつきそうになる。


「まだまだ!」


 アカネの叫びがリングにこだまする。彼女はすかさず零夜の身体を逆さに抱え上げ、豪快に後方へと投げ飛ばした。背面からマットに叩きつけられた零夜の身体が跳ね上がり、アカネは即座にフォールを狙う。


「フォール!」  

「1、2!」  

「くっ!」  


 零夜はカウント2で肩を上げ、執念でピンチを脱する。アカネは舌打ちを漏らしつつ、攻撃の手を緩めない。彼女は零夜を強引に引き起こすと、そのまま上下逆さに持ち上げ、股をクラッチした状態で一気にマットへ叩きつけた。ゴッチ式パイルドライバー――その衝撃はリング全体を揺らし、観戦する視聴者のコメント欄が一瞬で沸騰した。


「ゴッチ式パイルドライバー! なんて破壊力だ!」  

「アカネの底知れぬ怪物っぷりが炸裂したな……こいつはヤバいぞ!」  


 メリアと国鱒社長が驚愕の声を上げる中、アカネは素早くフォールに入る。この大技を受けた零夜が返すのは至難の業だ。だが、並外れた精神力があれば、奇跡も起こり得る。


「1、2!」  

「なんの!」  

「な、なんだと!?」  


 驚くべきことに、零夜はカウント2で肩を跳ね上げ、勢いよくアカネを突き飛ばした。即座に立ち上がった彼は、鋭い眼光でアカネを睨みつけ、戦闘態勢を整える。その瞳には死の気配など微塵もなく、むしろ闘志が燃え盛っている。


「嘘だろ……あの技を食らってまだ余裕だと!?」  


 アカネは冷や汗を浮かべ、信じられない思いで零夜を見つめる。ゴッチ式パイルドライバーを受けたにもかかわらず、零夜はゾンビのような不屈の精神で立ち上がっているのだ。


「悪いな、俺は諦めの悪い男なんだよ! やられた分は、きっちり返させてもらうぜ!」  


 零夜は一気に距離を詰め、アカネに猛烈なタックルを繰り出す。雷鳴のような衝撃がアカネをリングロープまで吹き飛ばし、背中がロープに叩きつけられる。跳ね返ってきたアカネの腰を、零夜はがっちりと掴んだ。


「そのまま……腰をぶっ壊してやる!」  

「うぐっ……!」  


 零夜はアカネを力強く抱き締め、ウエストハンキングで彼女の腰を締め上げる。強烈な締め付けはアカネの全身に激痛を走らせ、彼女は苦悶の表情で身をよじる。時間が経つほどダメージは蓄積し、早く脱出しなければ形勢は不利になる一方だ。


「くそっ……離せっ……!」  


 アカネは必死にもがき、肘打ちを零夜の脇腹に叩き込むが、零夜の鉄のような握力は緩まない。彼女の身体に次々と苦痛が刻み込まれていく。試合の鍵は、このままどれだけダメージを与え、どのようにフィニッシュに持ち込むかだ。


「これはウエストハンキング! 腰を締め上げてじわじわとダメージを蓄積させる技だ!」  

「東の奴、こんな高度な技をいつ覚えたんだ……?」  

「アイツはそれだけ練習してきたんですよ! 東、もっと締め上げろ!」  


 セコンドの川本の声援に、零夜は力強く頷き、アカネの腰にさらなる圧力を加える。だが、アカネも黙ってはいない。彼女は執念の肘打ちを連発し、ついに零夜の拘束から脱出。腰を押さえながら痛みに顔を歪めるが、彼女の目はまだ闘志を失っていない。「まだこれからだ!」と自分に言い聞かせるように呟く。

 アカネは鋭い眼光で零夜を睨みつけ、痛みを堪えながら突進。素早い動きで零夜の懐に飛び込み、低空ドロップキックで膝を狙う。だが、零夜はそれを予見していたかのように軽やかに跳び越え、瞬時にアカネの背後に回り込む。


「甘いぜ! その程度、俺にはお見通しだ!」  


 零夜はアカネの首をガッチリと捉え、強烈なスリーパーホールドで締め上げる。アカネは苦しげにもがきながら、ロープに足を伸ばそうと必死に抵抗する。無観客のリングは二人の闘志で熱を帯び、メリアの実況もヒートアップする。


「スリーパーホールド! 零夜、アカネを完全に捕まえたぞ!」  

「だが、アカネもそう簡単に沈まない。あの女の底力はハンパじゃないぞ!」  


 国鱒社長が冷静に分析する中、アカネは驚異的な力で零夜の腕をこじ開け、ついにロープに到達。レフェリーがブレイクを指示し、零夜は渋々アカネを解放する。


「危ねえ……油断ならねえぜ……」  


 アカネは息を切らしながらも、すぐに反撃の姿勢を見せる。彼女はリング中央に飛び込むと、猛烈なラリアットを繰り出す。だが、零夜はそれを紙一重でかわし、カウンターで鋭いハイキックをアカネの側頭部に叩き込んだ。鈍い音がリングに響き、アカネの身体が大きくよろめく。


「グハッ!」  


 アカネが膝をつきかける中、零夜は追撃の手を緩めない。彼はアカネの腕を掴み、力強くリング中央に引き戻す。セコンドの黒田たちがどよめく中、零夜は両手でアカネの腰をがっちりと抱え上げ、豪快にパワーボムを炸裂させた。リングが地響きのような衝撃で揺れ、配信のコメント欄が一気に熱狂に包まれる。


「パワーボムだ! すさまじい威力!」  

「リングが揺れたぞ! あの破壊力、尋常じゃない!」  


 メリアと国鱒社長が声を揃えて驚嘆する。アカネは背中を押さえ、苦悶の表情でマットに沈む。だが、彼女の瞳にはまだ闘志の炎が宿っている。


「まだ……まだ終わらねえ!」  


 アカネは這うようにして立ち上がろうとするが、零夜は一瞬の隙も与えない。彼はコーナーポストに素早く駆け上がり、配信視聴者の期待を一身に背負って高く跳び上がる。月夜を背に、零夜の身体が美しい弧を描く――ムーンサルトプレスだ。


「ムーンサルトだ! この大技で決まるか!?」  

「美しい! 東の最高の技が炸裂するぞ!」  


 零夜の身体がアカネに完璧に命中し、リングに轟音が響き渡る。アカネは動かなくなり、零夜はすかさずフォールに入る。


「フォール!」  

「1、2、3!」  


 レフェリーのカウントが会場に響き、配信コメントが怒涛の勢いで表示される。視聴者全員が、零夜の勝利を確信していた。

 零夜はゆっくりと立ち上がり、汗と闘志にまみれた顔でガッツポーズを掲げる。アカネはリング上で倒れたまま、微動だにしない。


「勝負あり! 零夜の勝利だ!」  

「よくやった、東……」  


 メリアの興奮した声が会場全体に響き、視聴者のコメントも零夜の勝利を称えるものが溢れていた。国鱒社長はリングサイドで小さく頷き、零夜の勝利を静かに認めていた。


「まさか負けちまうとはな……東零夜……もしかしたら、アイツに賭ける価値はあるのかもしれねえ。今後、付いていくか……」  


 アカネは苦笑いを浮かべ、ゆっくりと身体を起こす。彼女は零夜に感謝の言葉を伝えつつ、新たな決意を胸に秘めた。その瞳には、敗北を糧にさらに強くなるという強い意志が宿っていた。

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