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第180話 下着泥棒に気をつけろ

 アイリン、エヴァ、サヤカの三人は、錆びついたレールの上をガタゴトと進むトロッコに揺られながら、ボスの潜む場所へと突き進んでいた。暗いトンネルの中、風が頬を切り、遠くで響くモンスターの唸り声が不気味にこだまする。道中、影から飛び出してきた無数のモンスターたちが牙を剥くが、三人は息の合った連携で次々と敵を薙ぎ倒し、まるで舞踏のような軽やかさで進んでいた。


「モンスターたちについては問題ないけど、この先に出てくる敵がどんなのか気になるわね」  

「強敵であれば、戦いは盛り上がるけどな。私としてはそれが望ましい」    

「アンタもマツリと同じくバトルジャンキーなのね……」  


 サヤカの好戦的な言葉に、アイリンとエヴァはただ唖然と彼女を見つめるしかなかった。サヤカは強い敵との戦いを心から楽しむバトルジャンキーだ。アイリンとの戦いはもちろん、零夜たちとの激突も待ち望んでいる。その熱量は、仲間である二人から見ても度を越しているとしか思えない。だが、この「悪い癖」はサヤカの魅力でもあり、どうにも抑えられないものだった。


「マツリがそれを聞いたら、即戦う気満々だけどね。この場合は止められないし……」  


 エヴァが苦笑いしながら頭を掻くと、ふと空気が変化した事に気付き、鼻をひくつかせた。重く、粘りつくような異様な匂いが漂ってくる。  


「この匂い……ボスがこの先にいるわ!」  

「マジか! そうと決まれば早速行くしかないな!」  


 エヴァの声がトンネルに響き、緊張が走る。 それを聞いたサヤカの目がキラリと光り、興奮を隠しきれない様子でトロッコのレバーを握る。  


「ちょっと待ちなさい、サヤカ! トロッコのスピードを上げようとしないで!」


 アイリンが慌てて叫ぶが、時すでに遅し。サヤカはレバーを力いっぱい引き、トロッコがけたたましい音を立てて加速する。アイリンとエヴァはバランスを崩しながらも、必死にサヤカを止めようと手を伸ばす。  

 サヤカの行動は、確かに大胆で頼もしい一面もある。しかし、この無鉄砲さが彼女の「悪い癖」であり、仲間をハラハラさせる原因でもあった。トロッコは猛スピードでトンネルを駆け抜け、ついにボスのいる部屋へと到達する。  

 そこは、広大で不気味な静けさに包まれた空間だった。岩壁には苔がびっしりと生え、薄暗い光が足元を照らすのみ。目の前には新たなトンネルが口を開け、出口へと続いているようだった。だが、ボスの気配はどこにもない。  


「さて、ここのアトラクションのボスは何処にいるのかしら? まさか逃げているんじゃないわよね?」


 アイリンが腕を組み、鋭い目つきで周囲を見渡しながら言う。彼女の声には、冷静さの中にわずかな挑発が込められていた。  

 その瞬間、地面が微かに震え、空間に青白い光が瞬く。魔法陣が浮かび上がり、その中心に人影が現れる。光が収まると、そこに立っていたのは見覚えのある男だった。アイリンとサヤカは息を呑み、驚愕の視線を彼に注ぐ。  


「あっ、あなたは……」  

「なんでお前がこんなところにいるんだよ……ブローバ!」  


 そう、そこに現れたのはかつての同門、ブローバだった。彼はトータルファイトの最強戦士として名を馳せていたが、アイリンとサヤカに敗れ、その称号を失った過去を持つ。卒業後は流浪の旅に出たまま行方不明となっていたが、今、こうして再び姿を現したのだ。  


「久しぶりだな、サヤカ、アイリン。こんなところで再会するとは思わなかったぜ」

「それはこっちのセリフだ! なんでお前が悪鬼の戦士に所属しているんだよ!」 


 サヤカが拳を握り、ブローバに向けて怒りを込めて叫ぶ。彼は余裕の笑みを浮かべ、まるで挑発するようにサヤカを見つめた。その笑みはどこか不気味で、かつての仲間とは思えないほど冷たく、あくどいものだった。完全に闇に染まった気配が漂っている。  


「俺はお前たちに敗れてから、自分の戦い方を見つめ直した。何が足りないのか、何がいけないのか考えていく内に、一つの答えに辿り着いた」  

「その答えとは?」  


 サヤカが眉をひそめ、鋭い視線でブローバを睨む。彼がこれまでの旅で何を取得したのか気になるので、話を聞く必要があるのだ。

 その瞬間、ブローバの身体が動いた。風のようなスピードでサヤカに突進し、まるで影が掠めるような動きで彼女に迫る。攻撃の予感に、サヤカは咄嗟に身構える。  


「くっ!」  


 だが、ブローバはサヤカの横をすり抜け、彼女を攻撃せずに通り過ぎた。彼は自分の手元を見つめ、苛立たしげに舌打ちする。  


「ちっ! スカートじゃないから無理か……」  


 その言葉に、サヤカの動きがピタリと止まる。次の瞬間、彼女は鬼のような形相でブローバに飛びつき、ガシッと彼の頭を鷲づかみにした。背中から黒いオーラが立ち上り、怒りが爆発しているのが見て取れる。  


「おい、テメェ。それってまさか……下着泥棒という事なのか?」  


 サヤカの声は低く、鬼の様な怒りに震えている。だが、ブローバは動じず、平然とした表情で答える。 


「そうだ。俺は下着泥棒となって、自分の格闘術を磨く決意をした! 邪魔する奴は次々と蹴散らし、誰であろうとも俺の信念を覆す事が出来ない!」  


 ブローバが誇らしげに決め台詞を吐いた瞬間、サヤカの目がさらに鋭くなる。彼女はどこからともなくパイプ椅子を取り出し、金属の冷たい輝きを手に構えた。  


「ぐはっ!」  


 サヤカが振り上げたパイプ椅子が、ブローバの脳天に炸裂する。強烈な一撃に、彼は頭を押さえて蹲るが、サヤカの攻撃は止まらない。  


「お前さ……下着泥棒なんて馬鹿な真似をするんじゃねえよ。そんなんだからお前は弱くなるんだよ……こうなったらテメェを存分にぶっ殺してやる……覚悟しやがれ!」  

「ぐわっ! ちょっと! いでっ!」  


 サヤカはパイプ椅子を振り回し、ブローバの身体に次々と金属の痛みを叩き込む。硬いパイプ椅子が骨に響く音を立て、場内に鈍い衝撃音が響き渡る。

 プロレスのリングでは、パイプ椅子はハードコアやヒールレスラーの凶器として使われることが多いが、使い方を誤れば致命傷にもなりかねない。サヤカの攻撃は、まるでその危険性を体現するかのようだった。  


「さて、最後はこいつで終わらせてやるよ。爆破蹴撃ばくはしゅうげき!」  


 サヤカの右足が赤く輝き、爆発のオーラが渦を巻く。彼女は全力でブローバの顔面に蹴りを叩き込み、爆発が空間を揺らす。轟音と共にブローバは前のめりに倒れ、顔面への強烈な一撃に耐えきれず意識を失った。  


「お、俺が……またしても……やられる……なんて……」  


 ブローバは力なく呟き、光の粒となって消滅する。残されたのは、キラキラと輝く大量の金貨だけだった。  


「アンタが下着泥棒なんかせずにまじめに頑張れば、こんな事にはならなかったな……」  

「そうね……これで罪を償うと良いけど……」  


 サヤカが静かに呟き、どこか寂しげな目で金貨を見つめる。アイリンもまた、かつての同門を哀れむように目を細めた。敵として再会したとはいえ、共に過ごした日々の記憶は色褪せない。  

 その時、空を切り裂く音と共に、マツリが颯爽と現れる。彼女は空中を舞いながらサヤカたちの元へ駆けつけた。  


「皆、無事か!?」  

「マツリ! こっちは終わったわ!」  


 エヴァが手を振って応え、マツリの顔に安堵の笑みが広がる。サヤカが見事ブローバを倒したことを知り、彼女は感嘆の声を上げた。  


「そうか……これでこのアトラクションはクリアだな。けど、どうやって倒したんだ?」  

「パイプ椅子で滅多打ちにした後、爆破蹴撃でとどめを刺した。私はヒールレスラータイプだから、この様な攻撃ができるからな」  


 サヤカがニヤリと笑いながら説明すると、マツリも目を輝かせる。この様な相手と戦う事になれば、自身や観客も盛り上がる最高の試合となるだろう。


「別に良いと思うぜ。プロレスのリングに上がったら、アタイはアンタとハードコアマッチで戦いたい。その時は宜しくな!」  

「良いぜ。やるからには本気で行くからな」  


 二人はガッチリと握手を交わし、リングでの戦いを誓い合う。その姿は、互いに死力を尽くす覚悟を秘めた戦士そのものだった。  


「あの二人……似ているかもね……」  

「うん……」  


 アイリンとエヴァは、熱く燃える二人を呆然と見つめながら、内心で同じことを思っていた。――この二人は、筋金入りのバトルジャンキーだと。

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