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第188話 カオスドラゴンとの戦い(後編)

「う……」


 サヤカに倒されて気絶していたメディは、意識を取り戻し、ゆっくりと目を開いた。視界が定まるにつれ、彼女は自身の状況に気付く。両手両足は固く縄で縛られ、身動きが取れない。地面の感触が背中に伝わり、彼女の心に焦りが広がった。


「こ、これは一体……」


 メディが驚愕の声を漏らす中、コツコツと靴音が近づいてくる。顔を上げると、そこにはアイリンが立っていた。彼女は余裕たっぷりの笑みを浮かべ、まるで獲物を眺める猛獣のような眼差しでメディを見下ろしていた。


「私が縛ったのよ。アンタが暴れそうになるから、徹底的に縛っておいたわ」


 アイリンの言葉は軽快だが、その裏には冷徹な計算が垣間見える。メディは歯を食いしばり、怒りを抑えきれずにアイリンを睨みつけた。


「アイリン……あなたという人は……!」


 その視線には屈辱と憤怒が渦巻いていた。ここまで徹底的にコケにされれば、怒りが爆発するのも無理はない。


「それに……カオスドラゴンは零夜たちが倒しに向かっているわ。敵はもうボロボロの状態に近いわよ?」

「えっ? それって……」


 アイリンの言葉に、メディの胸に嫌な予感が走る。彼女が指差す方向に目を向けると、そこには想像を絶する光景が広がっていた。メディの瞳は大きく見開かれ、衝撃に言葉を失った。


「そこだ!」

「はっ!」


 零夜と倫子の連携攻撃が炸裂した瞬間だった。

 零夜の剣が空を切り裂き、倫子の魔法がそれを補うように炸裂する。カオスドラゴンはその一撃に耐えきれず、鱗が飛び散って苦悶の咆哮を上げる。

 ギガレックスを始めとする他のモンスターたちも一斉に襲いかかり、その猛攻はカオスドラゴンの翼をズタズタに引き裂いた。もはや飛行は不可能。地面を這うように走るしかなく、かつての威厳は見る影もない。戦場には鱗と血が飛び散り、地面が赤黒く染まる。


「そんな……! 私のカオスドラゴンが……!」


 メディは絶句し、顔を青ざめさせた。彼女が心血を注いで生み出した最強のモンスターが、こんなにも無残に追い詰められるとは、想像だにしていなかった。絶望が彼女の心を飲み込む。


「これでカオスドラゴンが倒れるのも時間の問題。アンタは私たちの力を誤算していたのが、敗因みたいね!」


 アイリンの言葉は鋭く、メディの心に突き刺さる。メディは反論の言葉を見つけられず、唇を噛み締めて黙り込んだ。零夜たちの実力を甘く見た結果が、この惨状を招いたのだ。


「皆! メディからの強化魔法は来ないわ! 思う存分叩きのめして!」

「分かった! 後は合体技で終わらせるのみだ!」


 アイリンの号令に、零夜は力強く頷く。カオスドラゴンの体力は限界に近く、息も絶え絶えだ。一撃必殺の大技を叩き込めば、決着は目前である。


「倫子さん、すぐに合体技を!」

「うん!」


 零夜と倫子は互いに視線を交わし、両手に双剣を構える。零夜の「獄卒・血骨鬼」と倫子の「天使の指先」が、それぞれの手に輝く。カオスドラゴンはその動きに気付き、咆哮と共に強烈な炎のブレスを吐き出した。その炎は空気を焼き尽くすほどの威力を持ち、一撃で戦場を灰に変えかねない。灼熱の風が戦場を駆け抜け、地面が溶け出すほどの勢いだった。


「そうはさせへん! アクアウェーブ!」


 倫子が双剣を振り下ろすと、空間が歪み、巨大な水の奔流が現れる。轟々と唸る大波がカオスドラゴンに襲いかかり、炎のブレスを一瞬で鎮火させた。波はさらにドラゴンの巨体を叩きつけ、鱗を砕きながらダメージを与える。

 戦場に水しぶきが舞い、蒸気が立ち上る中、カオスドラゴンは苦しげに身をよじる。水と炎の衝突はまるで自然の激突を思わせ、戦場の空気を一変させた。


「大波で炎のブレスを鎮火させるとは……考えたわね。」


 遠くから戦況を見守るトワは、感嘆の声を漏らした。炎属性の攻撃が水属性の前で無力化されるのは理屈通りだが、それを完璧に実行した倫子の判断力は見事だった。戦場の空気が一気に緊迫する。

 零夜と倫子は息を合わせ、上空へと跳躍する。双剣にはそれぞれの属性オーラが宿り、刀身が眩い光を放つ。零夜の剣には暗黒の波動が、倫子の剣には聖なる輝きが渦巻く。二人の動きはまるで一つの生き物のように調和し、合体技の準備が整った。風が唸り、彼らのオーラが戦場を圧倒する。


「「双牙冥王斬そうがめいおうざん!」」


 二人の叫びが重なり、剣から放たれた二つの波動斬撃がカオスドラゴンに直撃する。暗黒と聖光が交錯する斬撃は、空間そのものを切り裂く勢いでドラゴンの巨体を貫いた。絶大な威力に耐えきれず、カオスドラゴンは最後の咆哮を上げ、地面に倒れ込む。

 カオスドラゴンの巨体は光の粒となって崩れ落ち、大量の素材と金貨が戦場に散乱した。倫子は素早くそれらをマジカルポケットに収め、勝利の余韻に浸る間もなく次の行動に移る。戦場には静寂が訪れ、散乱した鱗と金貨が陽光にきらめく。


「そんな……カオスドラゴンが……」


 メディは呆然と立ち尽くし、項垂れる。彼女の心血を注いだモンスターが消滅する光景は、まるで彼女自身の存在が否定されたかのような衝撃だった。絶望の重みが彼女の肩にのしかかる。


「これで勝負アリみたいね。さあ、大人しく負けを認めなさい!」


 アイリンがメディを見据え、勝利宣言を放つ。だがその瞬間、メディの身体が微かに震え始めた。彼女はブツブツと呟きながら、ゆっくりと立ち上がる。

 背中から放たれる闇のオーラは、まるで黒い炎のように揺らめき、近づく者を拒絶するほどの威圧感を放っていた。空気が重くなり、戦場の温度が急激に下がる。


「アイリン、離れろ! メディは本気でブチギレているぞ!」


 マツリの叫びに、アイリンは一瞬驚くが、すぐに後退する。メディは自らの怒りを力に変え、縄を握り潰すように引きちぎった。バキバキと音を立てて縄が砕け散り、彼女は自由の身となる。この光景は予想外としか言えず、周囲にいる誰もがポカンと見つめるしかなかった。


「縄が破壊されるなんて……」

「怒りによっての破壊……異常すぎますね……」


 カルアたちはその光景に息を呑む。普通なら到底破壊できない縄を、純粋な怒りの力で粉砕するメディの姿は、まるで怪物そのものだった。彼女の瞳には燃え盛る憎悪が宿り、カオスドラゴンを倒した者たちへの復讐心が渦巻いていた。


「こうなったら貴方がたを始末して差し上げます。カオスドラゴンの仇を取る為にも!」


 メディの声は低く、冷たく響く。彼女は零夜たちに向かって突進しようとするが、その前にアイリンが立ちはだかる。彼女の目には決意が宿り、拳を固く握り締める。


「アンタの相手はこの私よ。やるからには容赦しないから!」


 アイリンの決意の言葉に、メディは一瞬冷静さを取り戻し、ニヤリと笑う。その様子を見て何かを思いついたのだろう。


「なるほど……では、対戦状況を変更しましょう。ベティ、ここからはプロレスのターンです!」


 メディの声に応じ、サヤカと戦っていたベティが跳躍し、華麗にメディの隣に着地する。彼女はサヤカから距離を取り、戦場を見据えているのだ。

 サヤカの動きは軽やかだが、その眼差しは鋭い。彼女も危機感を感じながら、アイリンの隣へと移動する。


「プロレスのターンね。となると……リング召喚!」


 ベティが指を鳴らすと、コロシアムの中央に巨大なプロレスリングが現れる。いや、リングは二つ。密接して並び、異様な雰囲気を放つ。リングの周囲には鎖が揺れ、金属の軋む音が不気味に響く。その瞬間、零夜が何かを感じ取り、叫んだ。


「このリング形態……まさか!?」


 次の瞬間、巨大なスティールケージが二つのリングを覆い尽くす。リング内には蛍光灯の束、有刺鉄線ボード、ごみ箱、金属バット、鎖、ハンマー――戦場を彩る凶器が無造作に散らばる。蛍光灯のガラスが光を反射し、有刺鉄線が不気味に輝く。空気は一瞬にして凍りつき、狂気と血の匂いが漂い始めた。この様子から見ると、戦場は地獄の様相を呈する。


「この戦いこそ、デスバトル。さあ、地獄の始まりと参りましょう……」

「五対五の戦いで行うブラッドファイトとして……!」


 メディとベティの宣言が響き合い、コロシアム全体が緊迫感に包まれる。チームデスマッチの火蓋が切られた瞬間、戦士たちの心臓は高鳴り、戦場は血と狂気で満たされた。リングの鉄柵が振動し、戦いの幕が上がる。

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