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第191話 ブラッドファイト(中編)

 ブラッドファイトは今、三人目の投入フェーズに突入し、リングは戦場の如き緊迫感に包まれていた。全員が揃ってレフェリーが到着するまで、本格的な試合のゴングは鳴らない。

 リングに立つのは、ブレイブエイトからサヤカ、マツリ、ティアマト。対する悪鬼からはラテ、カンナ、キアナ。金網に囲まれたリングは、血と汗の匂いで充満していた。


「さて、暴れまくるのは私の得意技! 竹刀連撃!」


 ティアマトが鋭い眼光で竹刀を振り上げ、キアナの巨体に猛烈な連打を叩き込む。「バシッ! バシッ! 」と竹刀が空気を切り裂く音がアリーナに響き渡り、観客席からどよめきが沸き起こる。

 しかし、キアナの鋼のような肉体はビクともしない。その無傷の姿に会場は一瞬静まり返り、すぐに驚愕の声が爆発する。


「その様な攻撃は俺には効かないんだよ! はっ!」

「おっと!」


 キアナが咆哮し、リングを揺らすようなラリアットを繰り出す。空気を切り裂く風圧が観客の髪を揺らし、リングロープが軋む。だが、ティアマトは電光石火の動きでスウェイバックをした。紙一重で攻撃をかわし、観客の歓声がコロシアム全体に響き渡る。

 ティアマトはすかさず身を低く沈め、キアナの脇腹に炸裂するミドルキックを叩き込む。「バチン! 」と鈍い衝撃音が響くが、キアナは不敵な笑みを浮かべながら、まるで何事もなかったかのようにティアマトを睨み返す。


「なるほど……アンタ、只のオーガではなく、改造モンスターという事だね」

「改造モンスター……あっ!」


 ティアマトがニヤリと笑い、キアナの正体を見抜く。その言葉に、場外で観戦するトワがハッと目を見開き、過去の記憶を呼び起こす。


「どうした、トワ?」

「以前調べていたけど、改造モンスターは禁忌の法律として定められているの。あまりにも危険過ぎて災厄となった事例もあるみたい……」

「「「ええっ!?」」」


 トワの真剣な説明に、零夜たちブレイブエイトのメンバーは一斉に息を呑む。悪鬼に改造モンスターが存在するとは、誰もが予想だにしなかった衝撃の事実だ。

 ハルヴァスでは、改造モンスターは明確な違法行為である。二年前、商業都市タクロスで一人の研究員がベヒーモスを改造し、都市を次々と壊滅させた災厄が起きた。当時の勇者がベヒーモスを討伐し、研究員は斬首刑に処された。それ以降、厳格な法律で禁止されているが、悪鬼がそんな禁忌を犯していたとは想定外だ。


「こうなると苦戦は免れないけど、戦うしか道はないかもね……」

「けど、悪鬼ならあり得ますし、ベティとメディならやりかねませんね……」


 倫子と日和は冷や汗を流しながら、リング内で不敵に構えるキアナを睨む。その姿はまるで神話の英雄ヘラクレスのようだが、邪悪な心と改造手術がなければの話。今のキアナは、純粋な怪物そのものとしか言いようがない。


「その通りだ。俺は最強のオーガになる為、筋力アップしながらトレーニングした。しかし、どう抗っても強くなる事は不可能だった。だから自ら改造手術を受けることを決意したんだよ。弱さこそ悪、強さこそ正義とな……」


 キアナの傲慢な言葉に、零夜たちの胸に怒りの炎が燃え上がる。弱さを守ることこそ正義なのに、それを悪と断じるのはあまりにも残酷な思想だ。

 観客席からもブーイングが巻き起こり、金網のリングを揺らすほどの熱気が会場を支配する。


「今の発言はムカついたわ。私も乱入してて良いかしら?」

「落ち着け! これはアイリンたちの戦いだ! ほら、よしよし……」


 エヴァが怒りのオーラを全身に纏い、リングに飛び込もうと身構える。先程の発言を聞いて黙っている理由にはいかないのだ。

 だが、零夜が素早く彼女を正面から抱き締め、背中をよしよしと撫でて落ち着かせる。エヴァの怒りは急速に沈静化し、尻尾を振って喜びの表情に変わる。


「へっへっへっ……」

(((狼なのに、その様な仕草は流石にどうかと……)))


 その光景に観客も仲間も、冷や汗を流しながら呆れ顔をする。だが、倫子だけは頬を膨らませ、嫉妬の炎を燃やす。黙っていられるはずもなく、ズカズカと二人に近づく。


「ええ加減にせえや。零夜君はウチの大切な人や!」

「嫌だ! 離れたくない!」

「いだだだた!」


 倫子がエヴァから零夜を引き剥がそうと引っ張り、エヴァも負けじと抵抗。零夜は痛みに悲鳴を上げ、トワたちは唖然とするばかり。ベルとメイルは苦笑いを浮かべ、いつものドタバタ劇に肩をすくめる。場外の騒動に観客は笑いと拍手を送り、アリーナはカオスな熱気に包まれる。

 そんな場外の騒ぎをよそに、リングでは四人目の投入が始まる。ブレイブエイトからアカネ、悪鬼からメディが金網のリングへ向かう。


「場外では闘いが繰り広げられている中、リング内では四人目に入ろうとしています! さあ、カウントダウンが始まり……今、リングへ向かいます!」


 実況のメリアの声がアリーナを切り裂き、観客のボルテージが限界を超える。アカネとメディが金網の扉をくぐり、リングに足を踏み入れる。観客の叫び声がコロシアム全体に響き渡り、会場全体が揺れていた。

 アカネは鋭い眼光でメディを睨みつけ、仲間を殺された深い恨みをその瞳に宿す。この戦いで全てを清算する覚悟だ。


「この戦いで終わらせてやる。言っておくが、あの時のアタイではないからな」

「良いでしょう。やれる物ならやってみなさい!」


 アカネとメディが火花を散らす視線を交錯させ、リング内の空気が一瞬で凍りつく。観客の歓声が爆発し、二人はそれぞれ凶器を握りしめ、戦闘態勢に。鉄バットを構えるアカネ、鉄パイプを振り回すメディ。一撃で大怪我を負わせる凶器が、リングに不気味な輝きを放つ。


「一気に攻める!」

「ぐふっ!」


 アカネが鉄バットを振り上げ、メディの腰に渾身の一撃を叩き込む。 鈍い金属音がリングに響き、メディが一瞬怯む。鉄パイプがリングマットに転がり落ち、観客が総立ちで沸き立ち始めた。


「今の一撃は痛い! アカネの一撃でメディが武器を落とした!」

「アカネの一撃は今までの怒りを込められている。仲間を殺された恨みだけでなく、自分を部下にされた恨みまで込められているからな」


 メリアの熱い実況に、解説のヤツフサが冷静に補足。観客もその言葉に頷き、リング内の戦いはさらにヒートアップする。

 サヤカはラテの背中にパイプ椅子を叩きつけ、ガシャン! と金属音が炸裂。マツリはキアナに有刺鉄線バットを振り下ろし、鋭い音が辺り一面に響き渡る。ティアマトはカンナと壮絶な打撃戦を繰り広げ、拳と拳がぶつかり合うたびに火花が散らしていた。


「凄い戦いだ!」

「こんな試合を見るのは初めてだ!」

「ブレイブエイト、頑張れ!」


 観客席は熱狂の坩堝と化し、ブレイブエイトへの声援が鳴り止まない。リング内外の全てが、プロレスの狂気と情熱に支配されていた。


「さあ、残るはラスト! アイリンとベティがリングに向かいます!」


 最後の投入者として、アイリンとベティが金網のリングに姿を現す。二人の視線が交錯するその瞬間、まるで宿命の対決を予感させる重厚な空気がランドコロシアムを包む。レフェリーのツバサがリング中央に立ち、両チームのメンバーを確認。両手を高く掲げ、ゴングの瞬間を宣言する。


「それでは……試合開始!」


 ツバサの号令と同時に、轟音のようなゴングが鳴り響く。五対五のデスマッチ「ブラッドファイト」が、ついに本格的な火蓋を切られた。

 リングは血と汗と激情の戦場となり、観客の叫び声が会場全体を揺らす。ブレイブエイトと悪鬼の壮絶なデスマッチが、今、始まりを告げられたのだった。

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