目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第193話 危険なスチールケージマッチ

 ランドコロシアムのスチールケージマッチが開始のゴングと共に火蓋を切った。満員の観客たちの歓声が金網を震わせ、電流がビリビリと走るケージ内には、有刺鉄線バット、鉄パイプ、チェーンといった凶器が無秩序に散乱している。狭いリングはまさに殺戮の舞台。金網に囲まれた閉鎖空間は選手たちの動きを縛り、緊迫感を極限まで高めていた。

 アイリンとサヤカのタッグチームが、ベティとメディの凶悪なペアと対峙し、壮絶な戦いが幕を開けた。


「そこです!」


 メディが有刺鉄線バットを振りかぶり、猛獣のような勢いでアイリンに襲い掛かる。バットが空気を切り裂く不気味な唸りが響く中、アイリンはしなやかな跳躍で攻撃を回避。着地の瞬間、彼女は流れるように身体を旋回させ、鋭い蹴りを繰り出した。


旋風脚せんぷうきゃく!」

「ぐほっ!」


 アイリンの空中回し蹴りがメディの側頭部に炸裂。衝撃でメディの手から有刺鉄線バットが弾け飛び、リングマットに鈍い音を立てて転がる。すかさずサヤカがそのバットを拾い上げ、獰猛な笑みを浮かべてメディを睨みつけた。


「そこだ!」

「キャッ!」


 サヤカが有刺鉄線バットを全力で振り回し、メディの顔面に強烈な一撃を叩き込む。鈍い打撃音がケージ内にこだまし、メディは悲鳴を上げてリングマットに尻もちをつく。更にメディの顔に傷がつき、所々から血が流れていた。

 観客席から爆発的な歓声が沸き上がり、試合の残忍な興奮が会場を支配した。


「やってくれましたね……この屈辱は倍にして返しますわ!」


 すぐにメディは自動回復術を使い、顔の傷を回復させていく。青白い魔力の光が彼女の顔を包み、出血も止まっただけでなく、顔の傷も綺麗さっぱり無くなったのだ。

 観客席からは驚嘆とブーイングが交錯し、ランドコロシアムは異様な熱気に包まれる。


「ここでメディが回復術! そんなのありか!?」


 驚きの実況をするメリアに対し、ヤツフサは冷静に解説をする。


「この戦いはノーDQなので、魔術など何でもありだ。そうなると実力対決となるが、アイリンたちはどう立ち向かうかだ」


 それを聞いた観客たちも、驚きの表情でリング内を見つめていた。

 確かにこの試合はノーDQだが、魔術を使う事は前代未聞。これではプロレスとしての盛り上がりが欠けるのも無理なく、ブーイングが起こるのも無理はない。しかし、それをやるのが悪鬼の心得。勝利こそ彼らの信念である。


「魔術を使うなんてインチキ臭いな……けど、そんな奴には負けはしないぜ! 私は私のやり方を貫くからな!」


 サヤカは腕を鳴らしながら、目の前にいる敵を見つめて闘志を燃やし始める。彼女の眼光は鋭く、どんな策略にも屈しない覚悟が漲っていた。


「ほーう……じゃあ、今から行う技を見て、そうとでも言い切れるかしら?」


 ベティはニヤリとあくどい笑みを浮かべた直後、両手を広げ、魔力を集中させる。ランドコロシアム全体の空気が重くなり、黒い稲妻のようなエネルギーが彼女の手元に渦巻いた。観客席が息を呑む中、彼女は哄笑と共に技を放つ。


「最大奥義――『暗黒滅破あんこくめっぱ』!」


 轟音と共に黒い衝撃波が放たれ、そのままアイリンとサヤカへと襲い掛かってくる。彼女たちは跳躍しながら回避に成功するが、黒い衝撃波は金網の一面に激突し、そのまま勢いよく金網を吹き飛ばしてしまった。

 電流を帯びた金網が火花を散らし、地面に落下する轟音が響き渡る。その光景を見た観客たちは、恐怖と興奮で凍りついてしまった。


「いかがかしら? 最大奥義の威力は?」


 ベティは邪悪な笑みを浮かべながら、アイリンとサヤカを挑発していく。それに対して彼女たちは応じず、冷静に相手をじっと見ていた。


「アイリン、サヤカ、気をつけろ! 何か来るぞ!」


 リングサイドで零夜が警告を発する中、アイリンとサヤカは互いに背を預け、ベティとメディを睨みつける。

 ベティの『暗黒滅破』が金網を吹き飛ばした衝撃は、観客だけでなく彼女たちにも動揺を与えていた。しかし、ノーDQのルール下ではどんな手段も許される。この異様な状況で、アイリンとサヤカは冷静さを取り戻し、反撃の機会を伺っていた。


「サヤカ、あの二人が魔術に頼るなら、こっちはチームワークでいくわよ!」


 アイリンが鋭く叫び、サヤカに目配せする。サヤカはニヤリと笑い、リングの隅に転がる鉄パイプを手に取った。彼女の握力で鉄パイプが軋む音が響く。


「了解! なら、まずはあのバカでかい魔術女を叩きのめしてやるぜ!」


 サヤカは鉄パイプを握りしめ、フラフラと立ち上がったメディに狙いを定める。メディは先ほどの自動回復術で傷を癒したものの、動きは明らかに鈍い。サヤカは一気に距離を詰め、鉄パイプを振り上げる。彼女の動きは獣のように鋭く、観客の期待を一身に集めた。


「くらえっ!」

「がはっ!」


 鉄パイプがメディの肩口に叩きつけられ、彼女は悲鳴を上げてリングマットに倒れ込む。鈍い打撃音が金網に反響し、観客席からは爆発的な歓声が沸き上がり、アイリンとサヤカの勢いが試合の流れを一気に変えた。


「いいわよ、サヤカ! その調子!」


 アイリンが叫びながら、ベティの方へ視線を移す。ベティは黒い稲妻を両手に集め、再び『暗黒滅破』を放つ準備をしていたが、その顔には疲労の色が濃い。魔術の連発が彼女の体力を確実に削っているのだ。額に汗が滲み、息も荒い。


「まだやる気かしら? だったら、こっちも本気で行くわよ!」


 アイリンはリングに散乱するチェーンを手に取り、ベティに向かって突進。チェーンを鞭のように振り回し、金属の軋む音と共にベティの腕に絡ませる。ベティは一瞬怯んだが、すぐに魔力を爆発させ、チェーンを弾き飛ばした。火花が散り、金網が揺れる。


「無駄なあがきね! この程度で私を止められると思ってるの!?」


 ベティの声は強気だが、その足元はわずかに震えている。アイリンはその隙を見逃さず、素早く跳躍し、ベティの顔面に膝蹴りを叩き込む。鋭い打撃音が響き、ベティが後退してリングの金網に背中を預ける。電流が彼女の身体を軽く焦がし、かすかな煙が上がる。

 観客の歓声がランドコロシアムを揺らし、熱気は最高潮に達していた。


「このまま押し切って!」

「アイリン、サヤカ、チャンスよ!」


 倫子たちの声援が響く中、サヤカはメディをロープに押し付け、鉄パイプで執拗に攻撃を続ける。メディはダメージを受けていき、追い詰められているのも当然としか言えない。彼女は再び自動回復術を試みるが、連続使用の負担か、魔力の光が弱々しく、回復速度が明らかに落ちている。彼女の顔は青ざめ、額には汗が滲む。


「くっ……このままでは……!」


 メディが歯を食いしばりながら呟く。彼女の額には汗が滲み、顔色はさらに悪化していた。

 一方、ベティもアイリンの猛攻に耐えながら、必死に魔力を集めようとするが、その手は震え、黒い稲妻の輝きも不安定だ。


「ベティ、今です! もう一度あの技を!」


 メディが勢いよく叫ぶが、ベティの表情は苦悶に歪む。『暗黒滅破』の反動と魔術の使い過ぎが、彼女たちの身体を蝕み始めていたのだ。


「もう一度……『暗黒滅破』!」


 ベティが叫び、黒い衝撃波を放とうとしたその瞬間、彼女の身体が大きくよろめく。口から血が溢れてしまい膝がガクンと折れようとしていた。メディもまた、回復術の反動か、突然胸を押さえて立ち尽くしてしまう。二人の血は彼女たちの衣服を染み込ませ、異様な静寂がランドコロシアムを包んだ。


「な、なんだこの展開は!? 二人に何があった!?」


 メリアの叫び声が響き、観客全員が驚愕の表情でリングを見つめる。アイリンとサヤカもまた、予想外の事態に一瞬動きを止めてしまった。白熱の展開が続くかと思ったがらベティとメディが突然吐血して立ち尽くす事態が発生。その光景に誰もが戸惑いを隠せず、観客たちのざわめきがランドコロシアム中に響き渡ったのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?