ベティとメディがリングの上で血を吐き、よろめく姿に、会場は凍りついた。観衆は驚愕の表情で二人を見つめ、息をのむ。しかし、ヤツフサだけは冷静な眼差しを崩さず、静かに二人の状態を観察していた。
「魔力欠乏症だな。」
「魔力欠乏症!? どういう事ですか!?」
ヤツフサの言葉に、メリアが驚きの表情で振り返る。周囲の観客も一斉に彼へ視線を集中させ、ざわめきが広がった。
「ベティが繰り出した魔術、メディが繰り出したダークドラゴン。それは多くの魔力を使う禁忌魔術と言われていて、法律でも禁止されている。今回の件ではタマズサが二人にその魔術を教えたそうだが、あの二人には荷が重すぎた。その様子だと……その命はもう長くはない……」
「マジかよ……」
「噂には聞いたが、危険な魔術は存在したのか……」
ヤツフサの重い言葉に、観客席は騒然とした。タマズサ――因縁の敵が禁忌の魔術を二人に授けたという事実に、誰もが衝撃を受けた。だが、それ以上に、ベティとメディの命が危ういという現実が重くのしかかる。吐血した今、リングから降りるべきだと誰もが思うが、二人の決断はまだ見えない。
「そんな……あなたたちはこの事に気付いていたの!? 死ぬと分かっている筈なのに、どうして……」
アイリンは震える声で訴え、目に涙を浮かべた。命を賭してまで戦う彼女たちの執念が、彼女には異常とも思えた。
アイリンだけでなく、サヤカたちも心配そうな表情で見つめていた。吐血してまで戦う二人を見て、一部では目に涙を浮かべているのだ。
「私たちは……タマズサ様に拾われた……」
「あの時の出会いが……私たちを……変えたのです……」
ベティとメディは血に濡れた口元を拳で拭い、弱々しくも決然とした声で過去を語り始めた。タマズサとの出会い――それが彼女たちの運命を変えた瞬間だった。
※
タマズサがハルヴァスに降臨してから数日後のこと。ベティとメディはかつて魔術師と僧侶としてパーティーに所属していたが、「役立たず」と蔑まれ追放された。荒野の平原に佇む二人は、未来への不安に押しつぶされそうだった。
「あーあ! なんで追放なんかされるのよ! 役立たずと言われるのは、私たちの実力が悪いけど……」
ベティは草の上に寝転がり、空を見上げて不満をぶちまけた。力不足は認めざるを得ないが、苛立ちと無力感が彼女を支配していた。
「こうなったのは私たちにも原因がありますからね。けど、今のままではまずいですね……どうすればこの状況を打破できるのか……」
メディは真剣な表情で呟き、危機感を隠さずにいた。これからどうすれば良いのか考え始めた――その時だった。
「何をそんなに悩んでおる?」
「「?」」
突然の声に二人が振り返ると、そこにはタマズサとゴブゾウが立っていた。魔王軍の再編を目指し、各地を巡って戦力を集めていた二人。まだ兵力は少なく、この荒野で新たな人材を探していたのだ。
「うえっ!? まさか聞いていたの!?」
「お前の叫びが仇となっているからな……俺の耳にも聞こえたぞ。」
「うう……恥ずかしい……」
ベティは顔を真っ赤にしてうつむき、両手で顔を覆ってしまう。ゴブゾウは呆れたように笑い、彼女を指差していた。
メディは戸惑いつつも、どこか期待の光を目に宿していた。もしかするとこの二人なら、自分たちの悩みを解決してくれる筈だと。
「で、何があったのか教えてくれぬか?」
「じ、実は……」
メディはこれまでの経緯を包み隠さず話した。追放の屈辱、能力不足、そして未来への不安。タマズサとゴブゾウは静かに耳を傾け、話を聞き終えると優しく微笑んだ。
「そういう事か。なら、この妾が鍛えてやるとしよう。そこまで奴らを見返したいのなら、強くなるしか方法はあるまい。」
「本当なの!?」
タマズサの提案に、ベティとメディは目を丸くした。自分たちのような落ちこぼれを鍛えてくれるなど、夢にも思わなかったチャンスだった。
「当然だ。ここは俺たちに任せておけ! 必ずお前たちを一人前にしてやるが、最後まで逃げずに頑張るのみだ!」
「「はい!」」
ゴブゾウの力強い言葉に、二人は力強く応えた。この瞬間、ベティとメディは魔王軍「悪鬼」の一員となり、闇への道を歩み始めた。
※
それから二人は過酷な訓練を乗り越え、驚異的な成長を遂げた。最凶ドラゴンの討伐、オーガ軍団の壊滅、不治の病の癒し――次々と難関クエストをクリアし、S級ランクの魔術師と聖女として名を馳せた。
さらには、かつて自分たちを追放したパーティーへの復讐も果たした。彼らは彼女たちの力の前に敗てしまい、晒し首にされる結末となってしまった。「略奪行為をした愚か者」と記された看板がその末路を物語っていた。
※
翌日の悪鬼の本拠地の玉座の間。タマズサは、成長したベティとメディを満足げに見つめた。
「ご苦労であった。お前たちがここまで成長するとは驚いたが……実に見事だ。」
ベティは「最強魔術師」、メディは「癒しの聖女」と呼ばれ、ハルヴァス全土でその名を知られる存在となっていた。二人は誇らしげに微笑み、タマズサに深々と一礼した。彼女と出会っていたからこそ、今の自分たちがいる。感謝しきれてもしきれないぐらいだ。
「タマズサ様がいなかったら、今の私たちは此処にいませんでした。」
「今後はあなたに恩を返し、力になってみせましょう。」
二人の決意にタマズサは満足そうに頷き、温かい笑みを浮かべた。そこへゴブゾウが近づき、ベティとメディに新たな任務を告げ始める。
「さて、次の任務についての説明だ。悪鬼の勢力を伸ばすには、邪魔者を始末する必要がある。元勇者パーティーのメンバーも厄介となっている為、始末しなくてはならない。そこで……今回の任務は元勇者パーティーのゴドムを始末する事だ。これが彼の写真だ。」
ゴブゾウが差し出した写真を、ベティとメディは真剣な眼差しで確認し、互いに頷き合った。与えられた任務は必ず成功しなくてはならないと、心の底から決意しているのだ。
「この任務、必ず成功させます!」
「すべてはタマズサ様の為に!」
ゴブゾウは二人の決意に満足し、右手を突き出して叫んだ。この二人なら成功できると、心の底から信じているのだ。
「よし! やるからには徹底的に頼むぞ! 方法は何でもOKだが、失敗は許されないと思え!」
「「はっ!」」
二人は力強く応え、任務を遂行すべくその場を駆け出した。タマズサとゴブゾウは遠ざかる二人の背中を見送り、静かに決意を新たにする。
「さて、ここからが……妾の本当の侵略の始まりじゃな。」
「ええ……彼女たちだけでなく、他の奴らも強化しないといけませんね……」
二人の野望は、さらなる高みへと向けられていた。ハルヴァスを完全に征服し、自分たちの理想郷を作るためにも……。
※
数日後、ベティとメディはクローバールのギルドに潜入し、巧妙な策略でゴドムの始末を成し遂げた。この功績により、彼女たちはAブロック基地の隊長に任命され、今に至るのだった。