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第197話 ベティとメディの新たな道

 プロレスの試合が終わり、ランドコロシアムのリングに轟いていた歓声が徐々に収まる。汗と傷にまみれたアイリンとサヤカが、リングを降りると、零夜たち仲間が息を切らせて駆け寄ってきた。観客の熱気と興奮がまだ会場を包む中、彼らの顔には安堵と喜びが浮かんでいた。


「アイリン! サヤカ!」

「無事で良かった!」


 零夜の声は、心からの安心感に満ちていた。アイリンとサヤカは互いに視線を交わし、疲労と勝利の余韻に浸りながら微笑む。


「心配かけてごめんね。私も完全覚醒して見事倒したから」

「私も上手くサポートできたからな。後は……ベティとメディがまだ消滅していないみたいだ……」


 アイリンの明るい笑顔に、サヤカも力強く頷く。しかし、彼女たちの視線はリングの端に倒れているベティとメディへと移る。そこには、敗北の重さに耐える二人の姿があった。

 傷だらけのベティは、よろめきながらリング外へと転がり落ちる。彼女は這うようにして、倒れているメディの元へ必死に近づいていく。血と汗に塗れた顔に、友への深い思いが滲む。どんなに傷ついていても、親友を見捨てることはできない。その覚悟が、彼女の這う姿に宿っていた。


「……ベティ」

「負けちゃったね……私たち……」

「ええ……アイリンは私たちより努力して……最後まで諦めていませんでした……」


 ベティとメディは、地面に膝をつきながら、寂しそうな笑みを浮かべる。自分たちの敗北を噛み締めるように、静かに言葉を交わす。彼女たちは魔術と策略に頼りすぎた。それが、アイリンたちの純粋な力と絆に敗れた原因だったのだ。


「アイリン……私たちの負けよ……そして、これまでの事をお詫びするわ……」

「あの時は裏切ってしまって……本当に……ごめんなさい……」


 二人は顔を上げ、アイリンに向かって深く頭を下げる。後悔と誠意が込められたその謝罪は、重く、切実だった。自分たちの過ちを認め、かつての仲間を裏切った罪を心から悔いている。

 アイリンはその言葉を聞き、目を潤ませながら二人を見つめる。胸に込み上げる感情を抑えきれず、声が震えた。


「遅すぎるわよ……アンタたちが早く気付いていたら、こんな事にはならなかったじゃない……なんでそこまでにして傷だらけになるのよ! それに死んだゴドムは戻って来ないんだから! アンタたちが死なずに罪を償えば……それだけでも良かったのに……!」


 大粒の涙がアイリンの頬を伝い、ヒックヒックと嗚咽が漏れる。敵として戦った今も、かつて共に過ごした時間は色褪せない。彼女の涙は、怒りと悲しみ、そして仲間への愛情の証だった。ベティとメディもその涙を見て、堪えきれずに涙を流す。寂しそうな笑みが、互いの絆を静かに物語っていた。


「ごめんね……私たちはもう……ここまでかも知れない……けど、死ぬ時は……私たちはずっと一緒だからね……」

「ええ……私たちの絆は途切れません……そしてアイリンさん、私たちの分まで生きてください。あなたたちならタマズサを倒せる事を信じています……」

「ベティ……メディ……」


 ベティとメディは最後の力を振り絞り、寂しそうな笑みを浮かべた。その瞬間、彼女たちの身体が光の粒となって、ゆっくりと消え始めていた。まるで星が消えるように、儚く、美しく。

 その光景に耐えきれなかったアイリンは、叫びながら二人の元へ駆け寄る。彼女は両手を広げ、渾身の力を込めて魔術を放った。


「二人とも、死なないで! オールライズキュア!」


 淡い光がアイリンの両手から迸り、ベティとメディを包み込む。光はまるで命そのものを紡ぐように輝き、彼女たちの傷が瞬く間に癒えていく。光の粒となって消えかけていた身体が、奇跡的に元の姿を取り戻したのだ。


「か、回復した!? しかも光の粒から復元するなんて……」

「今の技って……アイリンの新技だったわね……」

「凄いとしか思えないわ……」


 観客も仲間たちも、誰もが息を呑んでその光景を見つめる。魔術による治癒には限界がある。光の粒となって消滅する直前までが、回復可能な境界とされていた。しかし、アイリンはその常識を打ち破った。完全覚醒の力による限界を超えた治癒魔術を発動させ、ベティとメディを死の淵から引き戻したのだ。

 アイリンは魔術を終えると、すぐに二人に駆け寄り、彼女たちの上半身を起こす。そして、勢いよく二人を抱き締めた。


「死なないでよ……罪を償ってやり直してよ……こんなところで諦めないでよ……うわーん!」


 アイリンは子供のようにはしゃぎながら、大粒の涙を流して泣きじゃくる。ベティとメディもその温もりに触れ、堪えきれずに涙を流す。三人はリングサイドで抱き合い、互いの絆を確かめるように泣き続けた。観客席からは、感動の拍手が沸き起こる。


「今のアイリンの技……完全覚醒したからこそ、出す事ができたんじゃないのか?」

「ああ……いずれ俺たちも完全覚醒したら、今の様な技を出せる事が出来る筈だ。俺たちも早く追いつけないとな……」


 サヤカの言葉に、零夜は真剣な眼差しで応える。しかし、零夜、倫子、日和、エイリーンの四人は、どこか悔しそうな表情で俯いてしまう。エヴァたちが新たな力を手に入れ、覚醒の道を進んでいる一方で、自分たちはまだ完全覚醒に至っていない。焦りと悔しさが胸を締め付けるが、それを乗り越える決意も同時に芽生えていた。


「気持ちは分かるけど、ベティとメディについては罪は償わなくてはならないからね。これ以上の犠牲者を出さない為にも、すぐに二人を逮捕しないと」

「そうだな。一刻も早く手錠を掛けようぜ!」


 エヴァが冷静に状況を整理し、マツリが手錠を手に準備を始める。だがその時、黒田が一歩前に出て、アイリンたちに近づいてきた。


「確かにお前たちは数え切れない程の罪を犯した。しかし、まだやり直すチャンスがあるのなら、俺に考えがある」

「「へ⁉」」


 黒田の突然の提案に、ベティとメディは涙を止めて驚きの声を上げる。逮捕される直前の状況で、こんな提案は予想外だった。


「ん? 考え……黒田さん、アンタまさか⁉」


 川本は黒田の言葉に危機感を抱き、目を見開く。過去に黒田の突飛な提案で散々な目に遭ってきた川本にとって、これは危険信号でしかなかった。彼は慌てて止めようと動き出す。


「そうだ。お前たち二人を俺のチームユニットに入れるんだよ。藍原は俺たちのユニットから脱退したし、新メンバーが必要だからな」

「「「ええええええええっ⁉⁉」」」

「やっぱりかー!」


 黒田の言葉に、零夜たちは目を丸くして驚愕する。プロレスユニット「ダイナマイツ」にベティとメディを加入させるなど、誰も予想していなかった。観客席も一瞬静まり返り、すぐに驚きのざわめきが広がる。

 川本は嫌な予感が的中し、頭を抱えてうなだれる。ダイナマイツにベティとメディが加われば、その凶暴な戦い方はさらに苛烈になる。川本にとって、これは新たな地獄の始まりでしかなかった。


「いくら何でも強引過ぎますよ! 他に方法があるじゃないですか!」

「うるせぇ、この野郎!」


 川本が必死に食い下がるが、黒田の一喝で一蹴される。ベティとメディは互いに顔を見合わせ、困惑しながらも考える。


「確かに……このまま捕まるよりは、プロレスラーとして再出発するのもありかも……」

「私もそう思いますが、魔術と治癒術の勉強、償いのボランティアも必要ですね……では、そうさせてもらいます」


 熟慮の末、二人は黒田の提案を受け入れる。アイリンはその決断を聞き、安堵の笑みを浮かべると、再び二人を抱き寄せた。


「あなたたちが無事で本当に良かったわ! ここからが新たなスタートだけど、プロレスとなったら絶対に負けないからね!」

「私も今回はやられたけど、次は絶対に負けないんだから!」

「私も新技を覚えて強くなります!」


 三人は抱き合いながら、新たな決意を胸に誓う。リングに響く観客の拍手は、まるで彼女たちの友情と再出発を祝福するかのようだった。会場全体が、彼女たちの絆の不滅さを確信し、涙を流しながら拍手を送り続ける。


「取り敢えずは一件落着だな。これからDBWは忙しくなるぞ!」

「良くないですよ! 俺の運命はこれからどうなってしまうんだー‼」


 国鱒社長は満足そうに頷き、未来の展開に期待を膨らませる。一方、川本は最悪のシナリオが現実となり、頭を抱えて絶叫していた。

 こうして、Aブロック基地での戦いはブレイブエイトの勝利に終わり、各ブロックの上位クラスを全て撃破した。彼らの戦いは新たな局面を迎え、さらなる試練が待ち受けることを予感させていた。

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