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閑章③ 四天王決定デスマッチ

閑話9 デスマッチの知らせ

 Aブロック基地の戦いから一週間後。プロレスのデビュー戦を明日に控えた零夜は、屋敷の地下トレーニングルームで、倫子とスパーリングを行っていた。薄暗い照明の下、リングの上で繰り広げられる二人の攻防は、互角の展開でどちらが勝ってもおかしくない緊迫した試合だった。汗と息遣いが響き合い、リングのロープが軋む音が地下にこだまする。


「そこ!」

「おっと!」 


 倫子のハイキックが鋭く空を切り、風を裂く音が響く。零夜は素早く身をかわし、反撃の張り手を彼女の顔面に浴びせようとする。しかし、倫子も負けじと素早く回避し、強烈な膝蹴りを零夜の腹に直撃させた。


「がっ!」


 零夜は一瞬怯むが、すぐに前を向き、鋭い視線を倫子に投げる。そのまま彼は倫子の左手首を掴み、背負い投げの体勢に。勢いよく投げ飛ばすと、倫子の身体は宙を舞った。


「きゃっ!」


 倫子は悲鳴を上げるが、空中で身体を捻り、しなやかに態勢を整え直す。そのまま床に着地し、リングへと歩み寄る。彼女の瞳には闘志と僅かな遊び心が宿っていた。


「まさかの背負い投げとは考えたみたいやね。けど、ファンキーズは重量級だから、そう簡単に投げるのは無理やと思うけど」


 倫子の言葉に、零夜は苦笑いを浮かべる。ファンキーズ――変態集団と呼ばれる重量級のレスラーたち。彼らを投げるのは、どれだけ技を磨いても不可能だとわかっていた。


「そうですね……こうなると打撃技で対抗するしかないと思います」


 零夜の提案に、倫子は笑顔で頷く。その笑みには、信頼と挑戦への意欲が込められていた。


「それなら大丈夫みたいやね。さっ、休んだら再開を……」


 倫子がスパーリングの再開を言い切ろうとしたその時、トレーニングルームの重い鉄扉が勢いよく開いた。そこに現れたのは、息を切らし、額に汗を浮かべたエヴァだった。彼女の焦った表情に、異変を察する。


「エヴァ?」

「一体何があったの?」


 零夜と倫子は一斉にエヴァに視線を向け、声を掛ける。この様子、何か重大なことが起きたに違いない。


「緊急事態よ! 悪鬼はとんでもない事を仕出かそうとしているわ! 戦力を整える為に四天王を決める戦いを行っているけど、その戦いであるトーナメント決勝戦が始まろうとしているわ!」

「ええっ⁉」


エヴァの衝撃報告に、倫子は目を丸くして驚く。一方、零夜は冷静に状況を分析しつつ、内心で推測を巡らせていた。悪鬼の動きは予想していたが、これはブレイブエイトへの宣戦布告に他ならない。


「いずれにしてもこの戦いは見逃す理由にはいかないな。すぐにトレーニングを中断し、皆の元に向かいましょう!」

「うん!」


 零夜の号令に、倫子とエヴァは即座に動き出す。悪鬼の情報を一つでも多く集めるため、この試合を見逃すわけにはいかない。彼らは急いでトレーニングルームを後にし、リビングへと向かった。


 ※


 リビングに辿り着くと、そこには日和、アイリン、マツリ、エイリーン、トワ、ベル、カルア、メイル、ヤツフサが既に集まっていた。皆、エヴァと同じ情報を耳にし、緊張感を漂わせている。部屋には重い空気が流れ、テレビの前に集まった仲間たちの表情は真剣そのものだ。


「いよいよ放送が始まるぞ。この試合はアルティメットデスマッチと呼ばれている」

「アルティメットデスマッチ?」

「デスマッチは聞いたことがあるけど、こんなデスマッチは聞いたこと無いわ」


 ヤツフサの言葉に、倫子たちは疑問に感じながら首を傾げる。聞き慣れない試合形式に、好奇心と不安が交錯する。


「蛍光灯、電流爆破、ハードコアなどをプラスした試合となり、時間無制限となっている。かなり危険な試合となるが、見る覚悟は良いか?」


 ヤツフサの忠告に、零夜たちは強く頷く。悪鬼の試合は、どんなに過酷でも見逃すわけにはいかない。皆の視線は、テレビ画面に釘付けとなる。


「なら、見てみるとしよう。この試合はどの様な結末になるのかを……」


 ヤツフサの合図で、マツリがリモコンを手にテレビを点ける。

 画面に映し出されたのは、悪鬼のコロシアム。中央にはリングマットが設置され、蛍光灯や有刺鉄線、バット、パイプ椅子などの凶器が散乱している。薄暗い照明と、観客の狂気的な歓声が、画面越しにも重苦しい雰囲気を伝えてくる。


「これが悪鬼のコロシアム……」

「こ、怖すぎる……」

「見てられないです……」

「怖くて耐えきれません……」


 倫子、日和、エイリーン、カルアは恐怖に震え、身体を小さくする。零夜、アイリン、エヴァ、マツリ、トワ、ベル、メイルは冷や汗を流しながらも、画面から目を離さない。だが、エヴァは零夜の腕にしがみつき、身体を密着させている。


「何故抱いている?」

「だってこっちの方が落ち着くから」


 零夜のジト目に対し、エヴァは平然と答えていた。

 エヴァの言葉とは裏腹に、彼女の顔には微かな笑みが浮かんでいる。零夜とのスキンシップは、彼女にとって至福のひとときだ。

 一方、倫子はそんな二人を見て頬を膨らませ、嫉妬の炎を燃やす。この光景を見ると黙ってはいられないのが彼女の性だ。


「ちょっと! 零夜君から離れとき!」

「や!」

(((また始まった……))) 


 倫子も負けじと零夜に抱きつき、エヴァとの間で零夜争奪戦が勃発。火花を散らす二人のバチバチした空気に、零夜は深いため息をつく。

 日和たちは呆然とし、ベルとメイルは苦笑いを浮かべるのみ。いつもの光景と言っても良いだろう。


「まあいい……観客たちは……」


 ヤツフサはため息をついた後に気を取り直し、画面に映る観客席に目を向ける。そこにはリーゼントやアフロ、モヒカンといった奇抜な髪型のワルたちがひしめき合い、「早くやれ!」と叫ぶ声が響き合っていた。

 コロシアムは悪の巣窟そのもので、荒れているのは確実だ。


「観客は満員でぶっ殺せコールが鳴り響いている……」

「どうやらここはヒールが多いという事ですね」


 トワとメイルは真剣な表情で画面を見つめる。このコロシアムがどれほど危険な場所か、肌で感じ取っていた。一般人が足を踏み入れたら、即座に逃げ出すような場所だ。


「ええ。この戦いは悪鬼との今後の戦いがどうなるかを占う一戦。俺たちはこの一戦がどうなるのか見守りましょう」


 零夜の真剣な忠告に、全員が力強く頷く。テレビ画面に映るリングでは、選手入場の音楽が流れ始め、会場の熱気が最高潮に達していた。誰が新たな四天王となるのか、その結末を固唾を飲んで見守り始めた。


 ※


 コロシアムの観客席は熱狂と緊張に満ちていた。無数の観衆がひしめき合い、叫び声と歓声が石造りの壁に反響している。中央のリングでは、間もなく四天王決定戦が始まろうとしていた。悪鬼の勢力の立て直しを賭けたこの戦いは、誰もが息をのんで待つ重大な一戦だった。

 その喧騒の中、観客席の一角に座る裕二とパルル。裕二は腕を組み、冷めた目でリングを見つめている。隣のパルルは目を輝かせ、前のめりになって試合開始を待ちわびていた。


「恐らくこの戦いは、悪鬼の立て直しとして重要となる筈だ。しかし、俺としてはどうでも良い事だが……」


 裕二の声は、観衆の熱気とは対照的に冷ややかだった。彼の視線はリングに向けられているが、その瞳には興味よりも義務感が浮かんでいる。この試合も、彼にとっては任務の一環に過ぎない。心のどこかで、こんな戦いに時間を割くことへの苛立ちすら感じていた。

 一方、パルルは裕二のそんな態度を気にも留めず、身を乗り出してリングを凝視している。彼女の手は無意識に膝の上で握りしめられ、期待に胸を弾ませていた。


「ほら、いよいよ始まるよ! 裕二もちゃんと見ないと!」


 パルルの声は、コロシアムの喧騒を突き抜けるほど明るく弾んでいた。その無垢な笑顔に、裕二は一瞬だけ視線を彼女に移す。彼女の純粋な興奮が、まるで場違いな光のように感じられた。


「……分かった」


 裕二は小さくため息をつき、渋々といった様子で視線をリングに戻した。その瞬間、コロシアム全体が一気に静まり返る。リングの中央で、巨大な銅鑼がゴーンと鳴り響き、四天王決定戦の開始を告げる。観衆の歓声が再び爆発し、会場は熱狂の渦に飲み込まれた。

 裕二の目には、任務としてその一挙手一投足を追う義務があった。しかし、パルルの無邪気な声援が耳に届くたび、彼の心には微かな揺らぎが生まれていた。この戦いが、ただの任務以上の何かをもたらすかもしれない――そんな予感が、裕二の胸の奥でかすかに芽生え始めていた。

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