シルシュが移動し、この場にいるのは俺とブラッディベアだけとなった。
『――――ッ!』
警戒する俺を嘲笑うかのようにブラッディベアが動いた。狙いは――馬車。右腕の一振りで馬の首が飛び、鮮血が吹き出す。
「……はっ、まずは腹ごしらえってか」
しかし悪くはない判断だ。武器を持った人間を襲うのではなく、馬車に繋がれ身動きのできない馬を喰う。日々のお食事としてはなんとも真っ当だ。
獲物を引き裂く爪を持ち、人を翻弄する俊敏性があり、さらには頭もいい。そりゃあ討伐ランクもAになるだろうって獲物だ。
(おっと、感心している暇はないな)
ブラッディベアが馬を喰っている隙に、背後へと回り込む。あとは落ち着いて急所を狙えば――
「ちっ!」
ブラッディベアが腕を振るい、馬車を破壊した。もぎ取られた車輪やら木片やらが俺に向かって飛んでくる。
「お前さんも気配察知できるのかよ!」
飛来する車輪などを回避すると、俺の体勢が崩れたのを見計らってブラッディベアが突進してきた。むしろこちらを油断させるために馬を襲ったのか!?
「――
魔力で肉体を強化して、なんとかブラッディベアからの突進を回避する。
(っ!? なんだこれ!?)
自分の身体が、上手く動かせない。
いや、かと言って動きが鈍いのではない。
むしろ逆。
昨日、立ち寄った村で襲いかかってきた暴漢を制圧したときと似た感覚。知らないはずなのに使えた合気道の技と、今、知らないうちに向上した身体能力。
力が上がったなら普通は歓迎するべきところだが、今までの『慣れ』とは違いすぎてこれはこれで厄介だ。魚を捌くのに斧を振り回さなきゃいけないような……。
「えぇい!」
なんとか力を制御して剣を振るったが、やはり感覚が違いすぎたのかブラッディベアの毛皮を掠っただけだった。
だが、ブラッディベアの毛の何本かが切り取られ、宙を舞う。
とにかく固く、針金のようなブラッディベアの毛を、切ることができた。
この感触なら毛皮の下の脂肪も斬れるだろう。
(いけるな!)
あとはしばらく戦って身体と意識のズレをすり合わせていけば何とかなりそうだ。