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第38話 悪役騎士()


「シャルロット。俺にもう一度身体強化ミュスクルを掛けてくれ」


「? うん、分かったよ」


 疑問に思いながらも魔法を掛けてくれるシャルロットはやはり良い子なのだろう。言動のせいでちょっと分かりにくいかもしれないが。


 先ほどとは違い、俺自身の身体強化ミュスクルは乗っていない状態。にもかかわらず、前よりも身体能力が強化されている気がした。


(さっきはあれでも掛かりが弱かったのか?)


 初めて魔物と退治した恐怖のせいでシャルロットが上手く魔法を発動できていなかったのか。あるいは、二度目なので俺の身体の方が馴染んだのか。


 どちらかは分からないが、今するべきは悪役騎士らしい脅し・・だ。


「――聞け!」


 叫びながら、少し離れた場所にあった巨木に近づき――剣を振るった。


 シャルロットの魔術によって強化された俺の肉体は、両腕を伸ばしても抱えきれないほどの太さがある幹を易々と切断した。


 轟音を立てながら巨木が倒れる。


 その光景に、ご令嬢らは唖然とした顔で俺に注目した。


「……あんたらの見た目は目立ちすぎる。だから、普通に町で暮らすことはできないだろう」


 それぞれに自覚はあったのか反論はない。


「あんたらが選べる道は、二つだけ。一つは魔の森の中に入り、拠点を作り、そこで身を寄せ合って生きること」


「それは、」


 思わず声を上げたのはエリザベス嬢。その声音にはやはり恐怖の色が乗っている。


 本来なら「大丈夫ですよ」と優しく慰めたいとことだが、今の俺は悪役だ。


「もう一つは……いっそ、ここで死んでしまうこと」


 剣の切っ先で切断したばかりの切り株を指し示す。


「――苦しまずに殺してやろう」


 しん、と。沈黙がこの場を支配した。


「首を落とせば、苦しまずに死ぬことができる。もう誰からも断罪されることはないし、追放されることもない。行く当てもなく彷徨さまよう必要もないし、魔物に怯えて魔の森で生きる必要もない。――捨てられたあんたらにとって、死とは救いだ。その救いを、俺がもたらしてやる」


 反応は様々。


 シルシュは面白い見世物が始まったとばかりに静観しているし、シャルロットは俺の隣で『悪役』っぽく口角を吊り上げた。エリザベス嬢は何かに耐えるように拳を握り、メイスは不安そうにミラを抱きしめて――


 ……意外なことに。

 最初に動いたのはミラだった。

 この場で一番年下の少女だった。


 メイスの抱擁を優しく解き、一歩、二歩と俺に近づいてくる。


「――私は、生きたい」


 その瞳に浮かぶのは恐怖ではない。絶望でもないし、破れかぶれといった風もない。


 あるのはただ、未来を求める覚悟。生きることへの渇望。


 まだ幼い少女が浮かべていいものではない。


 しかし、その『覚悟』をしなければならない状況に、この少女は追い込まれているのだ。


「私はやりたくもない婚約を押しつけられた。その婚約は、破棄された。だから、これからは自由に生きたい。――お兄ちゃんと、生きていきたい」


 真っ直ぐに俺を見つめるミラ。

 そんな彼女を俺も真っ直ぐ見つめ返した。


「これからは辛いことしかないぞ?」


「あんな男に嫁がされるよりは、いい」


「豪華な食べ物もない。身の回りの世話をするメイドもいない。ちゃんとした屋敷もないし、ふかふかの布団もない。なにより、いつ魔物に襲われるか分からない。貴族令嬢には辛い道だ」


「――お兄ちゃんがいれば、きっと大丈夫」


 確信を込めた瞳。

 まるで俺が『悪役』を演じていることを分かっているかのような目。

 いや、ミラなら実際分かっているのだろうな。

 全てを分かった上で――ミラは、覚悟を決めた。


「……あぁ、そうかよ」


 まさか一番年下のミラが真っ先に覚悟を決めるとは思わなかったが……。そんなミラが動いたからこそ、他の人も決断できたようだ。


「アーク様。私の知識は、生き抜く上で何かとお役に立てるかと」


 ともすれば命乞いにすら聞こえるメイスの発言。だが、真っ直ぐに背筋を伸ばしたその態度からは、『共に生きる』という決意が見えていた。


「おう、頼りにしているぜ」


 最後に。

 俺はエリザベス嬢に視線を向けた。


 彼女の隣に立つのは、当然ラックだ。


 二人はお互いの手を握る。二人であればどんな困難も乗り越えられると確かめ合うように。


「わたくし、死ぬわけにはまいりません。やっとラック様のお側にいることができるようになったのですから」


「エリザベス様……」


「ラック様……」


 熱を帯びた目で見つめ合うエリザベス嬢とラック。


 今にもキスをしそうな雰囲気のエリザベス嬢とラック。


 もはや周りの状況なんて微塵も視界に入ってなさそうなエリザベス嬢とラック。


 周囲がキラキラ輝いているんじゃないかと錯覚しそうになるエリザベス嬢とラック。


 ……あれ? 俺、悪役というより噛ませ犬っぽくないか? 二人の世界を演出する舞台装置になってないか、俺?


「根っからの善人に『悪役騎士』は務まらないってことだね」


 訳知り顔でうんうんと頷くシャルロットだった。その言葉そっくり返すぜ悪役令嬢。



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