目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第39話 閑話 近衛騎士団長ライラ


 ――王都。


 王城内の廊下を歩きながら、近衛騎士団長であるライラは憂鬱そうにため息をついた。なにせあの・・バカ太子――ではなくて、王太子に呼び出されてしまったのだ。


「めんどくさいな……」


 近衛騎士団長に相応しくない発言に、同行していた副騎士団長フリオラが冷たい目を向ける。眼鏡の似合う知的美人で、アークから食事に誘われたこともあるほどだ。


 もちろん、その事実をライラは知らないが。


「だらしのない。シャキッとしてください。誰かに見られたらどうするのです?」


「でも、実際面倒くさいのだから仕方ないだろう?」


「それは理解しますが、もっと騎士団長らしくしてください。たとえば、アークを前にしたときのように」


「ふふふ、弟子の前では格好付けたくなるのが『師匠』というものだからね。こればかりは仕方がないさ」


「そうですか」


 素直じゃない女だ、とか。格好付けた結果厳しくしすぎて苦手意識を抱かれているじゃないか、とか。だからアークから口説かれないんだ、とか。そんなことを口にしたらまたうるさいので話題を変えることにしたフリオラである。


「しかし、アークさんは遅いですね? そろそろ帰ってきても良さそうなものですが」


「ふふん。あの・・アークがご令嬢を捨てて帰ってくるはずがないだろう? 今頃はご令嬢を守って魔の森の魔物と戦っているはず――あぁ! これはマズい! ご令嬢たちがアークに惚れてしまうのでは!?」


「いやそれは守られたら惚れもするでしょうが……。王太子殿下から『捨ててこい』と命令されたご令嬢たちを、守ると? そんなことをしてもご令嬢たちが許されるわけではありませんし、自らの近衛騎士としての道も閉ざされてしまうでしょう?」


「それでもご令嬢を守ってしまうのがアークという男なんだよな~」


 煽るような顔をしながら「分かってないな~」とばかりに肩をすくめるライラだった。頑張れフリオラ。


「……アークさんが命令に背いてご令嬢たちを捨てなかったとなれば、上官として貴女も責任を取らされますが?」


「もしそうなったらアークに養ってもらおうかな? 彼は妙なところで責任感が強いからね」


「……人間のクズ」


「何か言った?」


「いえ何も」


 しれっと答えるフリオラであった。





 ライラは近衛騎士団長として王太子と相対していた。ちなみに副騎士団長であるフリオラは部屋の外で待機である。


 貴族学園の卒業記念パーティ。

 そこでの集団婚約破棄とご令嬢方の追放劇は醜聞として瞬く間に貴族社会に広まっていた。


 だというのに、国王陛下が王太子やその取り巻きを罰する様子はないし、追放されたご令嬢方の実家から抗議があった形跡もない。


(はてさて。国王陛下は何を考えておられるのか……)


 せめて近衛騎士団長である自分にくらいは教えておいて欲しいのだが。ライラがそんなことを考えていると、王太子は声を荒げながら机に手を叩きつけた。


「騎士団長! あの女共を捨てに行った騎士はまだ戻らないのか!?」


「あの騎士とは……アークとラックのことでしょうか?」


「王太子が騎士の名前を一人一人覚えているとでも!?」


「……はっ、それもそうですね。どうやらまだ戻ってこない様子。魔の森は遠いですからこんなものかと」


「だが、遅い!」


「あ、はい」


「騎士団長! 部下の失態は上官の失態! 貴様はさっさと魔の森に行ってあの女共の死を確かめてこい!」


「は? しかしですね……」


 確認するだけなら別の騎士を派遣すればいいだけ。なんなら子飼いの第一騎士団を使えばいい。わざわざ近衛騎士団長が動くことなどないのだ。


 しかも「死を確かめてこい」とは……。やはり死ぬと分かって魔の森に追放したのかとライラは怒りすら覚えてくる。


 だが、ここで何を言っても無駄だろう。


 世の中には言葉の通じない人間がいるものだし――おそらく、国王陛下は・・・・・織り込み済み・・・・・・であるはずだから。


「ははっ、騎士ライラ。早急に魔の森へと向かい、確認させていただきます」


「急げよ! まったく使えないな近衛騎士団の連中は!」


「……では、失礼いたします」


 恭しく頭を下げてからライラは部屋をあとにした。





「いかがなさるおつもりで?」


 周囲に人気ひとけがなくなってからフリオラが尋ねてきた。王太子の怒声は扉の外にまで聞こえていたのだろう。


 王太子の言うようにご令嬢方の死を確認したなら、当然アークは城に戻ってこなければならない。だが、もしもご令嬢たちがまだ生きていて、アークが守っているのなら……。


「もちろん、アークは連れ戻すよ」


「……しかし、アークはご令嬢たちを守っているだろうと。自分で言っていたでしょう?」


「あぁ、そうだね。きっとそうだ。そういうところがアークのいいところなんだが……。しかし、アークはいずれ私に代わって近衛騎士団長となる男だ。追放されたご令嬢たちを守るためだけに使い潰されることなど、許されない」


「それでは……」


 ――ご令嬢たちはどうするのですか?

 実家からは見捨てられ、帰る場所もないご令嬢は。アークが王都に戻ればほぼ確実に死ぬでしょう?


 そう問い返したいフリオラであるが、やめた。そんなことは織り込み済みで、それでもライラは『連れて帰る』と決めたのだ。だからきっとアークを連れ帰ることしか考えていないのだろう。


 目的達成のためなら犠牲を厭わない。

 犠牲が想定されようが、やる。

 なんとも『騎士団長軍事司令官』らしい思考であった。


 そしてフリオラもまたそう・・である。


 未来なき貴族令嬢と、未来ある騎士団長候補であれば、フリオラは迷いなく後者を選ぶ。

 ご令嬢方のことは可哀想だと思うし、できれば何とかしてやりたいが、それはそれだ。今の国王が動かず、次の国王たる王太子が追放した以上、あの貴族令嬢たちが救われる未来はない。


「団長が戻るまで、私が近衛騎士団長代行ということでよろしいでしょうか?」


「うん、よろしく頼むよ」


「……もし緊急事態が起こった場合は?」


「いつも通り、国王陛下のご下命を最優先だ」


「承知いたしました」


 諸々の打ち合わせを終えてからライラは馬に乗り、魔の森目指して駆けだした。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?