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第58話 閑話 近衛騎士団長ライラ・5

「――ぬっふぅう! 死ぬかと思った! あのオオトカゲが!」


 またしてもケガ一つなく岩を押し退ける近衛騎士団長・ライラであった。


「……ふん、わざわざあんな仕掛けトラップを残していったのだから、どうやら別の場所に移動したらしいな」


 せめて一発ぶん殴ろうと決めたライラは、もう一度ドラゴンの気配を探った。地上から探すよりここで探知した方がより詳しく、より小さな気配までも掴めるのだ。


「……う~む? 気配が消えた? 転移魔法でも使われたか……」


 ならばドラゴンは一旦諦めてアークを追うかと決めるライラ。いくら馬車での移動が遅いからといって、ここでドラゴンを深追いしては見失う可能性があるためだ。


「そうと決まれば急ぐか」


 ライラは自らの跳躍のみで地下空間から地上へと脱出し、アークたちが向かっただろう魔の森を目指したのだった。





「……やはり、気のせいではないな」


 あの村から魔の森へと向かう道中。ライラは再びドラゴンの気配を感じ始めていた。


 いや、元のドラゴンとは比べものにならないほど小さな気配であるし、なんだか妙に乱れているので最初は気づかなかったが。一度「もしかしてドラゴンの気配なのでは?」と認識するとそうとしか思えなくなったのだ。


 ちなみに。

 気配が妙になったり、小さくなったのはシルシュが人型に変身したためだ。ライラも人型になったドラゴンには会ったことがないのですぐには認識できなかっただけで。


 さらに言えば、そんな変な気配だからこそ村に立ち寄ったときには気づかなかったし、もっと大きく分かり易い『水に混じったドラゴンの気配』に吸い寄せられてしまったのだ。


 それはともかく。

 そうなるとアークとドラゴンは一緒に移動していると考えるのが自然だろうか。とライラは仮説を立てる。普通なら人とドラゴンが共に行動するなどあり得ないのだが……。


(アークだしなぁ……)


 希代の女たらしにして、天性の人たらし。もしもあのドラゴンがメスであればアークが落として・・・・しまっても何の不思議もないし、もしオスであれば友になっても不思議ではない。アークとは、そういう男だ。


 アークだけではなく、あのドラゴンまでいるのならさすがのライラにも勝ち目は薄い。ないと断言してもいい。普段のライラならここで一旦引き返して情報収集に努めるだろう。


 だが、今回はアーク絡みだ。


 アークが絡むと、この女、少しばかり残念になる。


「ええい! ここまで来て戻れるか! アークは何としても連れて帰る! そして近衛騎士団の最強夫婦として名を馳せるのだ!」


 ……訂正。この女、アークが絡むとかなり残念になる。





 そうして。ライラはやっと魔の森入り口へと到着した。


 まず目に入ったのは酷く破壊された血まみれの馬車。

 そして、明らかにドラゴンのものであろう爪痕。


 普通に考えればドラゴンに馬車が襲われて――と考えるところだが。ライラは(残念ではあるが)小さな違和感を見逃さなかった。


「地面の亀裂はドラゴンで確定だが……あの馬車の破壊。ドラゴンにしては爪痕が小さすぎるな。……ふぅん? ブラッディベアか?」


 不意にブラッディベアに襲われ、馬が食い殺される。そして仲間になったドラゴンが撃退。その時に爪痕が残った。というところかと推測するライラ。完璧な正解ではないが、悪くない推理だ。


「しかし、いくらなんでもドラゴンがいるのにブラッディベアが襲撃してくるはずが……いや、そういえば、ドラゴンは人型になれると聞いたことがあるな……」


 アークと出会ったドラゴンが人型になった。と考えればあの妙な気配にも納得できるかもしれないし、人間しかいないと思えばブラッディベアも襲ってくるだろう。


「アークたちはやはり魔の森に入ったか?」


 魔の森の中へ一直線に伸びる道。残された濃密なドラゴンの魔力。


 これは簡単に追えるな、とライラが考えていると、


 ――気配がした。


 殺気だ。


 だが、ライラは腰の剣を抜くことなく、ゆったりとした動作で殺気の主へと視線を向けた。


 耳をつんざくような咆吼。


 見上げるほどの体躯。獲物の血をそのまま垂れ流したかのような、赤黒い毛皮。


 ランクAの魔物、ブラッディベア。


 その牙は岩すらも噛み砕き、その爪は騎士の甲冑すら易々と切り裂く。先ほどの村で見たように、石造りの建物すら破壊する力もある。


 そして何よりも厄介なのはその防御力。体毛は針金のように固い上に、柔軟性もあるので中々刃が通らないのだ。しかも体毛を何とかしても、その下には分厚い脂肪があるので致命傷を負わせるのが難しい。


 アークでさえ冷や汗を流す魔物を相手に、しかしライラは平然としている。


「ほぉ、ブラッディベアとは珍しい。しかもこれだけ濃密なドラゴンの魔力の中で姿を現すとは……。なるほど、ここで倒されたブラッディベアのつがいといったところか」


 その推察に至ってやっとライラは剣を抜いた。それならば相手するに値するとばかりに。


 ライラはその『番』の退治とは無関係なのだが……もはや、このブラッディベアにとって『人間』そのものが憎悪の対象なのだろう。


「生物としての本能より、番への愛情を取るか。――見上げた覚悟。せめて一太刀で番の元へ送ってやろう」


『――――』


 ブラッディベアが咆吼し、ライラに襲いかかる。


 アークでも身体強化ミュスクルの二重掛けでやっと首を落としたほどの魔物。


 だが。宣言通り。


 ライラは、たった一振りでブラッディベアの首を刎ねてしまった。そう、身体強化すら・・・・・・使わないまま・・・・・・


 剣についた血を払うことなく。浴びた返り血を拭うこともなく。


「さぁ、アーク。迎えに来たぞ?」


 ぐるりと肩を回してから、ライラは魔の森に足を踏み入れた。










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