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第60話 勇者。そのうえ


「うっげぇえええええ」


 振り向いた俺が見たのは、ちょっとしたホラーだった。血の滴る剣。真っ赤に染まった騎士服。頬に残る血飛沫のあと……。しかも中身が師匠なんだから、これはもうスプラッタ系のホラーの世界に迷い込んだ気分だぜ。


 そんな、ホラーに出てくる不死身の怪物系師匠は俺とご令嬢方(全裸)を交互に見て、心底残念そうに首を横に振った。


「情けない。情けないぞ騎士アーク。行く当てのないご令嬢たちに無体を働くとは。お前はそんな人間じゃ無いと思っていたのだが……」


「いやいや違います。誤解です。不可抗力。不可抗力っすから」


 俺としては当然の弁明だというのに、なぜか師匠は冷たい目を向けてくる。


「ご令嬢たちの裸を見たのではないのか?」


「……いや、見ましたが」


「喜んだのだろう?」


「……正直、眼福でした」


「――そこに直れぇい! その腐った性根、叩き切ってくれるわ!」


「いや切られると困るんですがね!?」


 師匠が剣を向けてきたので、俺も飛び退いてから抜刀する。いやこのままバトル突入するの!? マジで!? まだ心の準備も身体の準備運動もできていないんだが!?


 は! そうだ! シルーシュ! 助けてシルシュ! ちょっと準備運動が終わるまで戦ってくれないか!?


『なっさけない男よのぉ』


 俺のお願いを完全拒否するかのように鼻を鳴らすシルシュだった。ですよねー。そういうドラゴンひとですよねー。


 と、師匠がシルシュの存在に気づいた。


「――ほう? そこの女、奇妙な気配だな? もしやドラゴンの人間形態というものか?」


『であれば、どうする?』


「ふむ。もしも私が知っているドラゴンであれば、10年前の決着を付けなければならないのだが」


『ハッ、聖剣を失った『元勇者』が、我に勝てるとでも?』


「はははっ、今の私を10年前の若造と同じだと思わない方がいい。全力を出せる相手と訓練し、鍛えてきたのがここ数年の私だ。――強いぞ?」


『ほう、それは面白い』


 一気に闘気を膨らませるシルシュと師匠。よし今のうちに準備運動だな。まずはーアキレス腱を伸ばしてーっと。


 そんな感じで準備運動していると、疑問が浮かび上がってきた。


 あのやり取りからして、師匠が『勇者』であり、10年前シルシュの背中に聖剣をブッ刺した犯人であるらしい。


 ……いやいや、ちょっと待ってくれ。


 師匠って勇者だったの? 俺って訓練と称して勇者にボコられてたの? つーか10年前? 師匠の実年齢は知らないが、見た目からして俺と大して変わらないよな? たぶん20~23歳くらい。まさか10歳とか13歳くらいで聖剣を振るい、ドラゴンと戦ったとでも?


「……おーい、ラック、どういうことだよ?」


 近くにいるラック(師匠の闘気で腰が抜けて逃げられなかったらしい)に疑問をぶつける俺。


「どういうこともなにも、たぶん知らないのはお前くらいものだぜ?」


「げ、マジかよ?」


「有名な話じゃないか。――各地の魔物を退治する旅をしていた勇者ライラ。彼女はこの国の王に乞われ、魔の森のドラゴン退治に乗り出した。激闘の末聖剣を失った勇者だったが、国のために戦ってくれた勇気を称え、国王は近衛騎士団長として迎え入れたんだ」


「そんな事情が……」


「そんな噂くらい、一度くらい耳にしたことがなかったのか?」


「噂とか嫌いなんだよ」


「……まぁ、そういうところが高貴な方々にモテる秘訣なのかねぇ」


「俺がいつ高貴な方々にモテたよ?」


「常時」


「常時?」


「それはともかく、まさか知らないとは思わなかったぜ」


「いやいや、ラックの実家がエリザベス嬢の家の分家だってことすら知らなかった俺だぜ? そんなこと知っているわけねぇじゃねぇか」


「……あぁ、そりゃそうか。じゃああの話も知らないのか?」


「あの話?」


「――近衛騎士団長はドラゴン退治の際にドラゴンの血を浴びて、それ以来年を取らなくなったという話だよ」




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