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第61話 悪役騎士、俺


 師匠がドラゴンの血を浴びた?


「……マジで?」


「むしろこっちが『マジで?』なんだが。どうやったら知らないで今日まで過ごせるんだよ……。いいか? ドラゴンを剣で斬りつければ返り血を浴びるだろうし、背中に剣を突き刺したなら尚更だ。きっと大量の血を浴びただろうよ」


「……シルシュは、普通の人間がドラゴンの血を浴びたら死ぬとか言ってなかったか?」


「団長は勇者だぜ?」


「あぁ……」


「よく考えてみろ、あんな若い女性が年齢通りに鍛えて近衛騎士団長になれるはずがないだろうが。勇者であり、ドラゴンの血を浴びたからこそ外見の変化が止まり、あの見た目のままあれだけ強くなれたんだよ」


「いや、なれるはずがないとは言うがな……。たしかに師匠はバケモノじみた強さだが、あり得ないってほどじゃないだろ?」


 今は勝てないが、いずれ勝てるようになる。俺はそう確信しているのだ。


「……そういや、お前も20歳で団長に勝てるバケモノだものな。基準がそもそも狂ってるのか」


「ひでぇ言い方じゃねぇか」


 あと、師匠に勝てたのは最初の戦いで、師匠が油断していたからだからな? 本気でやればとても勝てたもんじゃないからな? 今は。


 しかし、師匠が勇者で、ドラゴンの血をねぇ?


 ……まぁ、あの強さなら納得できるか。


 そりゃそうかーっと考えていると、師匠から発せられていた闘気が急激にしぼんだ。


「おっと、オオトカゲ退治はあとにするか」


 師匠がシルシュから視線を外し、こっちに顔を向ける。いやいや後回しでいいっすよ。思う存分シルシュと戦ってください。俺、応援してるんで。……どっちを応援するって? はははっ。


「騎士アーク。王太子の命令は完遂しただろう? そろそろ王都に戻るとしようではないか」


「王太子の命令っていうと……」


 ご令嬢方を魔の森に捨ててこいってやつか。


「……残念ですが、その命令は達成できませんね」


「見捨てられないと?」


「もちろん」


「……まぁ、騎士アークであればそう言うとは思っていたが……。このままでは騎士としての身分剥奪だけでなく、王太子の命令に従わなかったとして罰を受けることになりかねんぞ?」


「ま、しょうがないんじゃないっすか?」


「……騎士アークであれば、私の代わりに騎士団長になれる。これは説得のための甘言ではなく、事実だ。実力はもちろんのこと、王太子が私を嫌っている以上、近衛騎士団長には騎士アークに立ってもらおうと思っているからな」


「師匠、一つ訂正してください」


「……なんだ?」


「俺はもう近衛騎士団を辞めるんで。『騎士アーク』って呼び方は止してください」


「……騎士を辞め、ご令嬢たちと共に生きると?」


「そうなりますね。無実の罪を着せられ、『悪役令嬢』に仕立て上げられたご令嬢を見捨てられるほど、俺は器用な人間じゃないですから。ま、ご令嬢を守るって意味じゃあ『騎士』のままかもしれませんがね」


「悪役令嬢……。いつだったか王女様がそんな話をしてくださったな。確かに冤罪であれば可哀想だとは思うが……私には、本当に冤罪なのかどうか確かめる手段はない。だからこそ重要なのは、王太子殿下が『悪役令嬢』だと断じ、国王陛下や貴族たちもそれに同調してしまったことだ」


 師匠がそっと目を閉じた。辛い現実から目を背けるように。――あるいは、俺の視線から逃れるかのように。


「……こういう言い方はあまりしたくないが、『悪役令嬢』となった彼女たちに未来はないぞ? 王太子が敵になった以上、もはやこの国で幸せを掴むことはできない。王太子に逆らい、悪役令嬢を守ろうとするなら――お前も『悪役騎士』とされてしまうだろう」


「…………」


「なぁ、アーク。お前は彼女たちを守るつもりだろうが……自分の力で自分を守れない人間は、いずれは淘汰されるのだぞ? お前は強いが、戦うこともできない女性四人を守れるほど強いのか? そのうち力尽き共倒れするだけではないのか?」


「師匠は何か勘違いしているっすね」


「……なに?」


「戦うことだけが全てじゃないでしょう? シャルロットの支援魔法は魔導師団の魔術師すら超えるし、メイスの知識と頭の良さはこれからここで暮らす上で絶対役に立つ。ミラに至っては今までどれだけ助けられたか数えきれないほどだ」


 一度、剣を鞘に納める。戦いたくないと。言葉で納得してくれと願いながら。


 そして、俺は、俺の想いを口にした。


「戦い以外でサポートしてくれるご令嬢方と、戦うことしかできない俺。――悪役令嬢の彼女たちと、悪役騎士、俺。互いに支え合えばいいんじゃないですかね?」


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