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第78話 求婚


「――アーク! 結婚しよう!」


 朝。

 王都に戻ったはずの師匠が魔の森までやって来て、そんな妄言を吐いた。


「!」


「!」


「!」


 シュババババッ! とシャルロット、メイス、ミラが駆け寄ってきて俺と師匠の間に割り込む。


「な、何を言っているのかな!?」


「そ、そうですよ唐突な!」


「ん! ん!」


 子猫のように威嚇する三人を前にして、


「……この、女たらしが」


 なぜか俺を睨んでくる師匠だった。いやほんとなんで?


「そういうところだよ」


「そういうところです」


「ん。そういうところ」


 さらには三人からジトッとした目を向けられてしまった。なぜだ?


「まぁまぁ、アークの野郎の女たらしは今に始まったことじゃないですから」


 仕切り直すかのように手を叩きながらラックが仲介に乗り出してくる。仲介は嬉しいが「今に始まったことじゃない」ってどういうことだよ?


 俺のツッコミは丸っと無視してラックが師匠と向き合う。


「団長。こんな短期間で戻ってくるだなんて、何かあったんですか?」


「うむ、何というかだな……」


 師匠がちらりと俺を横目で見てから、言った。


「あのアホ太子と喧嘩をしてな・・・・・・! 近衛師団長をクビになったのだ!」


「はぁ?」


 何じゃそりゃと俺は素っ頓狂な声を上げ、


「……なるほど、喧嘩・・ですか」


 なにやら意味深に笑うラックだった。コイツは(最近エリザベス嬢と色ボケてばかりだから忘れがちだが)腹黒軍師だからな。何か気づいたことがあるか悪巧みでも思いついたのだろう。


 そんなラックの黒い顔に気づいているのかいないのか。師匠はうんうんと頷いている。


「なにせいきなり無職になってしまったからな。これはもうアークと結婚して養ってもらうしかないと思うのだ」


 いやいやいや。


「どうしてそうなるんです? というか師匠なんて近衛騎士団長なんだから給料たんまりもらっているでしょうが」


「なるほど、つまり主夫になりたいと?」


「主夫って」


 この世界にそんな概念はあったっけ? ……ありそうだなぁ近衛騎士団や王宮の文官なんて男以上に稼いでいる女性がいっぱいいそうだし。


「まぁそのあたりは後々話し合うとしてだ。アーク、後は任せた――」


 言い切らないうちに前のめりに倒れてくる師匠。を、抱き支える俺。瞬間的に寝て瞬間的に起きる。戦闘職なら自然と身につける技術だな。


 まぁ、この数日の師匠は王都からこっちにやって来たあと俺&シルシュと戦って。そのあとまた王都に帰って。さらにまたまたこっちに戻ってきたんだから充電(?)も切れるだろう。近衛騎士団長を解任されたショックもあったかな? ……いやこの人ならむしろ喜びそうか?


「とにかく、寝かせてくるか」


「お姫様だっこだな?」


「からかうなラック。まさか師匠を肩に担ぐわけにもいかないだろうが」


「へいへい。両手で抱き抱えたらドアも開けられないだろ? 俺も付いていくぜ」


「助かる」


 こうして。

 俺とラックは気を失った師匠を抱き抱え、できたばかりの家に向かったのだった。


 今さらだがあのバカでかい建物は『家』という呼び方でいいのかねぇ?





 シャルロットが空間収納ストレージに入れて持参した布団に師匠を寝かせ。


 まぁ師匠なら放っておいても平気だろうと俺が皆の元へ戻ろうとすると――ラックが服の裾を引っ張った。


「……ヤバいかもしれねぇな」


「ヤバいって?」


「王都だよ。常識的に考えれば、団長をこんな簡単に放逐するわけがねぇ」


「……あぁ、そりゃそうだよな」


 なにせ師匠は元勇者。その実力というか破壊力は俺たちが一番よく知っている。この人ならテキトーに突っ込ませれば魔物の大軍だろうが敵国の騎士団だろうが殲滅できるのだ。いくら喧嘩をしたからといって、そんな師匠をクビにするとは……。


 あの王太子がアホなのは分かりきっていることだが……一番ヤバいのは王太子の独裁体制になっているっぽいことだな。誰かが意見できる環境なら、師匠をクビにすることなんて真っ先に止めるのだし。


「だろ? おそらく貴族連中はもう裏で動き始めているだろうな。――これから王都は荒れるぜ?」


「……お前が言うなら、そうなんだろうなぁ」


 腹黒は腹黒を知るってやつだ。


「おう。皆には黙っていた方がいいな。特に、シャルロット嬢には」


「どういうことだ?」


「言ってたじゃないか。王都にいる妹が心配だって」


「あー」


 王都が荒れると聞いたら気が気じゃないだろうが、追放されたシャルロットが王都に戻るわけにもいかないしなぁ。


 俺が様子を見てくるにしても、そうなるとシャルロットたちの守りが薄くなるし、そもそも俺はシャルロットの妹の顔を知らない。

 いやシャルロットは俺の義母弟と結婚する予定だったし、向こうの家族との顔合わせなどは済んでいるのだが……そういう集まりに呼ばれるのは異母弟と異母妹だけで、『前妻の息子』である俺は除け者だったからなぁ。


 ま、人間には出来ることと出来ないことがある。


 シャルロットの妹さんは心配だが、さすがに俺の手に余る。ここは何とか頑張ってもらうしかないな。


 それに。

 やはり。

 シャルロットの妹なら自分で何とかしそうじゃないか?



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