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第10話 お屋敷見学


 猫のお世話係フレスが、シモベ魔法伯のお屋敷にやってきた。

 実家は同じ町にあるらしいのだけど、住み込みだ。

 わたしが前世で住んでいた帝城もそうだったし、お屋敷で働く者はだいたい住み込みだよね。

 夜は遅く朝も早いし、秘密をもらさないようにとか調度品などを外に持ち出しづらいようにとか、いろいろあるんだよ。


「家が狭いから兄弟たちから喜ばれた……です」


「言葉は別にそのままでもいいぞ?」


「だんな様、そういうわけにはいきません。もしも他の貴族の方から言葉遣いで無礼者ととがめられたらどうするのですか。町で暮らしていてもそういう危険があります。言葉ひとつで身を守る術がひとつ増えるのですからね」


「はい、セバスさん。オレ、がんばる……ます」


「私は全然気にしないんだがなぁ」


 フレス少年に比べ、シモベ様ときたら。

 でもシモベ様らしい気がするよ。

 フレスはご領主様はおおらかだと感激したようだが、「あなたのシモベが食事を持ってきましたよ〜」という締まらない顔を見て、考えを改めたようだった。

 それはそうだよねぇ……。





 今日のシモベ様は職人や商人と契約などがあるらしく、わたしはカゴに入れられてフレスに手渡された。


「フレス頼むぞ。大事な大事な子だからな。ううっ……。ネコぉ……」


 今生の別れのような顔で見下ろされている。


「はい。ちゃんと見てる、です。あの、ご領主——だんな様。猫様の名前はなんていうんだ、すか」


「ネコだ」


「え? ネコ? 猫の名前がネコ?」


 え、わたしネコっていう名前だったんだ?!

 猫っていう生き物名で呼ばれているのかと思っていたよ?!


「ネコが『わたしはネコです』っていうから、そのまま付けた」


「えっ……あっ……そう、ですか……」


 そんなこと言ったっけ?

 前世の記憶が戻る前のことは、断片的にしか覚えてないけど——ってわたしニャーしか言えない。言っているわけがないよ。

 セバスさんが生暖かい目を向けている。


「いいですか、フレス。ネコ様は賢いのでカゴから出ることはないかと思いますが、しっかり見ているように。何があってもカゴを手放してはいけませんよ」

「手洗いに行く時はどうしたら……」

「持っていきなさい」

「ええ?!」

「ニャッ?!」

「どうしても無理な時はわたくしか、だんな様に必ず預けてください。だんな様は応接室か執務室にいると思いますので、見つけやすいかもしれませんね」

「何かあったらすぐに来ていいぞ。客がいても気にしないで入ってくれ。ネコを預かるのはいつでもずーっとでもいいからな」

「はい……」


 この後、セバスさんがフレスを連れて屋敷の中の案内をすることになっている。

 もちろんわたしもいっしょに見ることができるので、楽しみ。

 シモベ様の私室や執務室は二階にあり、食堂は一階にある。

 そこくらいしかわたしの知っている部屋はないからね。


 さっそく案内された食堂のとなりは厨房だった。

 そこには太い腕を持つたくましい男いて、鍋を洗っていた。


「料理長ジュルダンは今朝会いましたね」

「美味しかった! ……です」

「ニャー!(いつもありがとうございます!)」


 ジュルダンさんはわたしを見て目をカッと開いたかと思うと、すごい速さで近くにきた。


「これがだんな様が飼われている子猫か……」


 大きな体がしゃがみこんで、わたしの顔を覗き込んでいる。


「ニャ」

「ぐぅっ……。なんてかわいい……。毛がふわふわで目がまんまるじゃないかっ。これは生き物なのか? この世のものとは思えん暴力的かわいさ……。毎日このかわいさのために猫用食を作っていたとは、なんたる栄誉をいただいていたんだ、俺はっ! ああ、そのふわふわを撫でたいが、屋敷勤めの料理人は動物を触ってはならないんだ……」

「そうなのか?! こんなにかわいいのに!」

「動物の毛が料理に入ったら大変なことだからな」


 たしかキンダーヌ帝城でも同じように言われていたな。

 料理人たちは触ってはいけないって。


 帝城にも猫はいた。鼠を獲るための子たちだ。

 鶏とかを捌く見習いメイドスカラリーメイドたちが触れ合って楽しそうにしていたのを見かけたなぁ。


「ジュルダン、休憩時でしたら構いませんよ」

「いいんですかい?!」

「ええ、今、料理人はあなたしかいませんからね。鶏や兎を捌くところからやっているのに、猫だけ触れないというのもおかしな話でしょう」


 領主の屋敷に料理人が一人って!

 人手不足は本当だった。

 それなのに、わたし用に美味しい食事を作ってくれたんだ。ありがとうございます!


「料理人の募集はしておりますからね。もう少しがんばってください」

「あ、オレ、水汲みくらいは手伝える、です」

「ここのお屋敷には創水具があるから、水汲みはいらないんだ。ありがとよ。気持ちはうれしいぞ!」


 料理長のジュルダンさんは、わたしを撫でずにフレスを撫でた。

 それからわたしの名前をセバスさんに聞き、さっきのフレスと同じ反応を返していた。


 「猫にネコ……?」


ぽかんとしたジュルダンさんに、それはそう言っちゃうよねぇと深く同意した。



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