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第11話 英雄(変態)の城


 一階は応接室だの謁見室だの広間だのがあって、広い。

 今まであまり庭を見ることがなかったんだけど、中庭を望む窓からは回廊となっている城壁が見えており、その先の尖塔せんとうへ繋がっていた。


 大きいお屋敷なのかと思っていたけど、これは城だよ。

 そういえばシモベ様って領主様だったっけ。ここは領主城ということか。

 立地や状況にもよるから一概には言えないけれど、キンダーヌ大帝国の感覚だと伯爵家の領主城くらいの規模だ。

 通路を歩いていると、メイド二人組の姿もあった。


「ネコちゃ〜ん!」


 と小走りで近づいてくるのは三つ編みのクラリス。

 赤毛のケイティは少し後ろで控えている。セバスさんに緊張しているみたい。

 家令って主人に次ぐ役職だから、それが普通なんだけど。

 その目の前で堂々と「ネコちゃんのかわいさをちょっとだけ補充させてください!」といいつつわたしを撫でているクラリスがおかしい。

 セバスさんも仕方がないという顔で微笑を浮かべている。


「いいなぁ、フレスはずっとネコちゃんといっしょで……」

「あ、はい……すいません……」

クラリス、もうすぐお客様が見えますよ。早く掃除を済ませてしまいなさい」

「はいっ! かわいいを補充したので元気いっぱい働きます!」


 本当に元気な答えだったので、みんな笑った。

 二人が入っていった応接室の中にはもう一人いた。見たことがない女の人。

 よく見えないけど、ベテランの雰囲気がある。


「あ、あそこにマガリーさんが」


 フレスはもう顔を合わせているようだった。

 わたしは会ったことがないな。


「今日はお客様がいらっしゃるので、メイド頭が掃除の指導をするようですね」

「マガリーさんってメイド頭なん——ですか」

「ええ、女性使用人の責任者になります。あなたと会う機会はあまりないでしょうね。彼女にはネコ様を近づけないようにしてください」

「え? あ、苦手なのか……」

「いいですね? 絶対に近づいてはいけませんよ」

「はい! マガリーさんには近づかないです!」


 猫が苦手なの、親近感! わかる!

 嫌いなんじゃないの。あのしっぽ見るとびくっとしちゃうんだよなぁ。

 ここのお屋敷の人たちは猫好きが多い。でも、苦手な人だっているんだよ。本人自身、いや、本猫自身だって苦手なんだから。

 気が合いそうだしお近づきになりたいけど、近づかないようにしてあげよう。


 一階のあちこちを見たけど、お屋敷はどこも調度品がほとんどなくがらんとしていた。

 だけど、お客様の目に触れる場所が多いせいか、柱や階段の手すりの飾り細工などは凝っていて華やかだった。


 半地下には蒸留室や、洗濯室、使用人たちの居住エリアなどがあった。

 初めて見る部屋ばかり。

 実は前世でもあまり見たことがなかった。

 帝城詰めをしていた時は、寝ている時も皇帝陛下をお護りするために陛下の居室近くの部屋をいただいていた。

 そして陛下に付き従って生活をするので、使用人エリアに行くことがあまりなかったのだ。

 田舎の実家は、港町の食堂。そもそも蒸留室だの洗濯室だの、そんな立派な部屋はなかったし。


 他には食品庫や倉庫だのもあるという話だけど、見せてはもらえなかった。

 わかったことは、シモベ様はなかなかりっぱな城の城主であるということ。

 そして、この城は砦としての役割を担っているのだろうということだった。



 ◇



 わたしがいつもいる二階のシモベ様の私室から、外は見えなかった。

 もちろん窓辺に行って見下ろせば見えただろうけど、小さく無力な猫が高い窓の外を見下ろすすべはなかったのだ。

 見えていれば、立派な城なのだとすぐにわかっただろう。兵の詰め所がありそうな見張り塔まであったし。


 たしか前の領主は魔物の襲撃の損害に私財を投入にしてお金がなくなったという話だった。

 この領主城が魔物を食い止める役割を担っているのなら、とても納得できる。

 度重なる修理は、負担が重いだろう。さらに町の方もとなると、どれほどか。


 魔物の襲撃が大変なのはキンザーヌ大帝国だけじゃなかった。

 大陸全土で魔物門が出現していたのだ。


 今は大丈夫なのかな。魔物は出ないのかな? なんて思ったら、カーンカーンカーンと中庭の向こうの方から鐘の音が響いた。

 びくりとするフレスに、セバスさんは安心するような声をかけた。


「大丈夫ですよ。あの鳴り方は”魔物の姿あり“という意味です。姿があったというだけでこちらに向かっているわけではないですからね」

「鐘の音が違う、ですか」

「ええ、こちらに向かっている時はもっと短く多く鳴らされます。そしてその数によって早さも変わります——こちらで働くのは怖くなりましたか?」


 セバスさんがたずねると、フレスは少しだけ考えて答えた。


「いや……だんな様の近くの方がいい、です。魔物がすごく襲ってきた時に、たくさん倒したって聞いたから。すごい魔法師で英雄だって」


 英雄?!

 シモベ様、すっごいすごい人だった?!


「だんな様はお強い。だから魔物が襲ってくることがあれば、だんな様が討伐に出ることでしょう。そんな時にここをしっかりお守りするのが、使用人たちの勤めです」


 セバスさんは少しかがんで、フレスとしっかり目を合わせた。


「わたくしたちが普段からきちんと働いていれば、だんな様は心配することなく屋敷を発つことができます。憂いなく力を発揮していただければ、ますますのご活躍となるでしょう。ここでのわたしたちの仕事が、だんな様の強さの助けになるのですよ」


「オレがちゃんと働けば、だんな様が強くなる……?」

「その通りです。今はネコ様の安全が、だんな様の心配ごとの一番ですからね。フレスの働きが大事ですよ」


 わたし?!

 ちょっとびっくりしたけど、まぁそうか。シモベ様の暑苦しい愛を思えば、たしかにそうかも。

 でも、そんなことを言ったら少年のシモベ様の尊敬度がまた下がりそうだ。


「オレ、だんな様の役に立てるようにがんばる、です!」


 わたしの心配をよそに、フレスは意気込み新たにしたようだ。

 ええ? いいの?

 猫が一番とか言っているご領主様だよ?

 英雄って言われているようだけど、締まらない顔で猫に愛を捧げる変態だよ?

 ……でもたしかに、わたしも美味しいものをいっぱい食べさせてもらっているしなぁ……。

 お役に立てるようがんばりたいけど——猫だし……。

 ちょっと構われるくらいはがまんしようか。


 結局、今日は契約やらなんやらで忙しくしていたシモベ様をほとんど見なかった。

 ゆえに、夜はいつもの倍くらいの愛に苦しめられているわたし。


「ネコ〜〜〜〜! 会いたかったぞ! あ〜も〜ネコが足りない! ネコのふわふわに顔を埋めないと死ぬ! 柔らかい〜ふわふわ〜いい匂い〜〜〜〜」


 ふんすふんすと  鼻息があたるんですけど!

 乙女のお腹を吸わないでほしい!


「シャーッ!」

「ご褒美だな。ネコからのシャーのご褒美。ありがたく頂戴いたします」


 机の上に下ろされたので、後ろに飛び跳ねながら威嚇する。

 目尻を下げて締まらない顔でこっちを見ていて、まったく反省する様子もない。


「もたもたと威嚇してもかわいいだけだぞ〜? いや、だけということはないな。ネコのかわいさは心臓わしづかみ。ぎゅうぎゅうつかまれて心臓が止まって死ぬかもしれない。かわいさに殺される。恐ろしい。なんて恐ろしい生き物だ、ネコめ〜〜〜〜」

「ニギャ〜〜〜〜!!」


 ぎゅうぎゅうしているのはシモベ様だよ!

 構われるのをちょっとがまんしようかと思ったけど、撤回!

 わたしにだって限度というものがあるのだ。

 両手で持ち上げて頬ずりしてくる、まったくもってどうしようもないシモベ様。

 その手に鋭い牙を剥き、わたしはガブと噛みついた。

 うれしそうに「なんたるかわいい甘噛み! なんのご褒美なのこれ〜〜〜〜!!」と騒ぐシモベ様には、まったく敵いそうもない。



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