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第12話 そのうちその声にだまされる


 カゴから出られる(魔法を使ったズルをしたけど)ようになったせいか、シモベ様は仕事場所にわたしも連れていくことにしたらしい。

 わたしを胸元に抱え、未来の従者フレスを従えて城の廊下を歩いていた。

 執務室が内装工事中のせいか、他の部屋へ向かっているようだ。


 シモベ様が立ち止まったのは、寝室からさほど遠くない一室の前だった。

 開錠して開いた扉の先に広がったのは、懐かしさを感じる風景。

 質素な棚に並ぶのはガラス瓶に入った魔石、魔核。

 ただ木材を組み立てただけといった木の作業机が三つ横に並び、わけのわからない部品が山となりクリスタル結晶板も積まれていた。

 まるで魔導具の製作工房みたいだ。

 あ、でも書類山もある。ちゃんとここで執務をするみたいだな。


 シモベ様の腕に前足をかけて身を乗り出すと、「いたずらするんじゃないぞ」と言いつつも机の上におろしてくれた。

 わけのわからない部品は、本当になんだかわからない。

 金属のものが多いけど、何に使うんだろう。


「フレスはこっちで勉強だ——まぁその前に、上に載っているものをどかさないとな。魔鉱石だけ向こうの棚に持っていってくれるか?」

「はい」


 シモベ様が指示をすると、フレスは大小さまざまな魔鉱石を抱えて移動させていった。


 魔石と魔核と魔鉱石。

 文字にすると似ているこの三つは、成り立ちと見た目がまったく違う。


 魔石は純粋な魔力の塊で、糖をまぶした丸い飴玉のような姿をしている。

 わたしたちを取り囲む”気”に含まれる魔力が、結晶となって落ちているものだ。

 色は属性によりいろいろで、ふとした場所に木の実のように落ちていたりする。見つけられれば魔石店などに売ってお小遣いにできる。


 魔核は魔物の体内にあるもの。

 真っ黒な石に似ていて、だいたい尖った角柱形をしている。

 魔物の中のこれを割ったり折ったりすると、魔物は倒れる。逆にいえば、これを損壊させない限り動きは止まらない。たとえ四肢を落とされてもだ。

 魔物を倒した後にその体から取り出して使う。

 魔核は折れたり割れたりして小さくなったかけらでも、魔石より魔力が凝縮されていて強力。そして属性はない。性能だけで見れば、無属性魔石の強力なものということになる。


 魔鉱石は魔力を含んだ鉱石で、精製されて魔銀や魔金になるものや、切り出されて魔宝石になるものなどがある。

 ぱっと見はただの石に見える。でも含んでいる魔力量が普通の石や鉱石とは違うから、魔力の強い魔法師から見れば魔鉱石であることは一目瞭然なのだ。


 魔導具作りは専門外だけど、この部屋だけで魔導具が作れそうだというのはわかった。魔法院の魔導具研究室とよく似ているんだもの。


 フレスが片付けをしている間、シモベ様は机の上の本をぺらぺらとめくってよりわけている。


「このへんの本ならいいか。フレスは読み書きはできるか?」


 そう聞かれて振り向いた少年は顔をこわばらせたまま固まった。


「あまり……できない、です」

「そうか。習ったことは?」

「家と仕事場で少し……。オレ、頭が悪いから読むの間違えたり、みんなと同じように書けなくて」


 へへへと笑う顔が痛々しい。

 自嘲するのがくせになっているんだね。


「ニャー」


 机の上で前足を差し出すと、フレスはわたしを胸元に抱き上げた。


「フレス、人には向き不向きがある。だから、読み書きが苦手な者もいるし、いたっていい。魔法師には結構いるぞ。文字が書けない者や数字が苦手な者は」


 そう! そうなんだよ。

 魔法院にも一定数いた。得意なことと不得意なことの差が大きい人。

 その中でも特に文字の読み書きが苦手な人が多かった。

 そういう人たちは空間に強いことが多い。

 だから先日のフレスの様子で、魔法師に向いていそうだなって思ったの。


「そうなのか……」

「いいか、フレス。それは頭が悪いとかではないんだ。そういう頭の作りなんだ。右利き、左利きと同じでな。だから、できること得意なことが他にあるってことだぞ。それを見つけて伸ばしていくのがいい。きっとおまえの力が役にたつ場所があるから」

「はい……はい。オレ、ずっと、なんでみんなと同じようにできないのかって思ってて……つらくて……」

「左利きの者に右手で仕事をしろと言われてもむずかしいからな」

「そうだったんだ……できなくてもおかしくなかったんだ……」


 ……水滴が体を濡らして冷たい。けど、頭上から降ってくるシモベ様の声が温かいから、いいか。


「——それでも読み書きができないとおまえが困るだろう。だからゆっくりやっていこうな。誰かと比べながら学ぶ必要はない。自分のために少しずつでいいからな」


 低いけれども安らぐような落ち着く声が、わたしの中にも沁みていく。

 猫なりにやっていけばいいのかななんて、わたしまで納得してしまいそうだった。

 シモベ様の声は普通にしていれば、ずっと聴いていたくなるようないい声なんだ。普通にしていれば。

 猫の溺愛はいただけないけど、シモベ様はきっといい領主になるなぁ。

 それを近くで見るのは、なかなか楽しそうな気がした。



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