「さて、フレス。これがなんだかわかるか?」
散らかっていた物がなくなりすっきりとした机の上に、ころんと小さい黒いかけらが置かれた。
もちろん、わたしはわかる。魔核だ。なんなら、四つ足で速く駆ける魔物だったんじゃないかくらいまでわかる。
「石……じゃない、魔硝石……?」
「なぜそう思った?」
「なんとなく、石とは違うかなって思って」
「多分、無意識に魔力を感じ取っているんだろうな。これが魔核だ。魔物の中に埋まっているものになる」
フレスは魔核を凝視しながら固まった。
ああ、そうか。普通の人って、魔核をあまり知らないのか。
色こそ真っ黒で禍々しい感じだけど、ただの魔力の塊。
魔物から取り出された後は、恐ろしいことはないんだけど。
「もう魔石と変わらないものだ。怖がらなくて大丈夫だぞ」
「は、い」
ぎこちない様子に心の中で笑ってしまった。
「魔物というのは、これで動いているんだ。だから、ここにあるもののように、魔核を壊してしまえば、魔物は死ぬ」
「え、そうなのか……? みんな、魔物は死なないって言っていた——ですけど」
「そうだなぁ、たしかに正確に言えば死ぬわけではない。元々、生きていなかったからな。動きを止めると言った方が近いかもしれない。だが、もう動かないのは同じだ。死んだと言った方がわかりやすいだろう?」
「じいちゃんが、魔物は切っても切れないって」
「フレスは魔物を見たことがあるか?」
「ない、です」
「形や硬さは魔物によってそれぞれだ。四本足で走る動物のようなものもいれば、猿のように二本足で動くものもいる。飛び跳ねて移動するモノもいるしな。だがまぁ、だいたいどろりとして、黒いモヤを纏っている。なんとも説明が難しいが、しいて言えば泥が近いかもしれない。切っても切れないのはわかるだろう」
「はい」
「だが、その中に埋まっているこの魔核は、剣が通る。魔法の刃でもいい。折るなり割るなりすれば、魔物を倒すことができるわけだ」
シモベ様の言葉を聞いたフレスは、目を見開いた後に顔を明るくした。
「魔物ってそうすれば倒せるのか……」
「そうだ。魔核を壊してしまえば二度と動かなくなる。魔物は恐ろしいが、怖がり過ぎて対処法を知らないでいる方が恐ろしいよな」
「はい。倒し方を聞いたら、そんなに怖くない、です」
「人は、わけのわからないモノの方が怖いんだ。正しく知れば、怖くなくなるかもしれない。その先に『ではどうしようか』という考えも浮かぶだろう」
シモベ様は部屋の端にあった木箱を両手で抱えて運んできた。
山となった魔核。
すごい量だ! 魔核って、使い道が多いから高く取引されていた。
無属性魔石の代わりになるし、魔石よりも魔力が多いもの。
そんな大量の魔核、いったいいくらくらいするだろう……。
しかもよく見れば、壁の方に木箱がたくさん積まれている。
まさか、それ、全部魔核……?
シモベ様は貧乏なのかと心配していたけど、それどころか、すっごい裕福なのでは……。
「全部、私が倒したものだ」
「ニャッ?!」
とんでもない数ありますけど?!
なんでもないように言い放ったシモベ様は、思わず鳴いてしまったわたしの方をちらりと見て笑った。
「ネコ、おまえは本当に賢いなぁ。私が言ったことの意味がわかったんだな」
はい……。
いろいろわかった。わかってしまった。
わたしも魔物討伐に出たことがある。帝都にも時々魔物門が開いた。そして皇帝陛下が討伐に出るのなら、わたしもお供していた。
わたしの結界内で魔物は弱くなるが、それでも倒すのは
魔物に触れてしまえば、それだけでその部分が腐るようにじくじくと重く痛くなる。
さらに捕えられてしまえば、しゃぶられ生気を吸われ死んでいく。
だからまず近づかせないよう、足止めの魔法や破裂する丸爆薬を使う。それで魔物の中の魔核に揺さぶりをかけられれば、一瞬動きを止めることができる。
とどめを刺すのは長剣や槍を使う兵が担うことが多かった。剛腕の弓士も活躍する。
魔法を使うのが一番いいのだろうけれど、魔法師の数は武器を扱う兵士たちほど多くなかったのだ。
一度魔物門が開けば、魔物は群れとなって現れる。
それを少数の魔法師兵とその他の歩兵(場所によっては騎兵も)から成る、魔物討伐兵一個小隊で迎え撃っていた。
なのに「全部私が倒した」って……。一人で……? え、なんで? 他の人たちは見てたってこと? シモベ様による魔物討伐ショー開幕?
シモベ様のわけのわからなさも恐ろしいけど、この部屋の価値も恐ろしいよ……。
大変な金額のものが無造作に置かれているよ……。
わたしはわかったけれどもわからなかったフリをして、シモベ様から目を逸らした。
普通の猫じゃないけれど、普通の猫を装った方がいいような気がしたのだ。
「ニャニャ〜ン」
ごまかすように鳴いてみたら、シモベ様はまんまと顔を崩してわたしを抱き上げた。
「ネコ〜〜〜〜! かわいい! なんてかわいいんだ! 魔核か? 魔核がほしいのか? 全部ネコにやるぞ!」
そんな恐ろしい金額になるものを、気安くあげるとか言っちゃだめ!
というか、猫に魔核なんていらないよ。
あ、でも、ひとつふたつ転がして遊ぶのは悪くないかもなぁ〜?
わたしの考えがわかったのか、フレスは恐ろしいものを見るような目でつぶやいた。
「オレ、知ってるぞ……。こういうの、男に貢がせるって言うんだ。ましょーの女、じゃなくて、ましょーの猫だ……」
魔性の猫。
普通の猫じゃないし、魔法は使えるし、あながち間違ってないところがなんとも。
でも、どうせなら前世で魔性の女とか言われてみたかったものだよねぇ。