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第15話 驚愕の事実


 驚愕の事実というやつである。

 シモベ様はシモベ様じゃなかった。レイルース様とやらだった。

 なにそれ。シモベってどこから出てきたの。


 ベイルラル辺境伯レイルース・テレーブラン。ベイルラル卿。

 レイルース様か……。愛称はもしかしたらレイ様だったかもしれない。

 懐かしさを感じるその名前の響きに、少し胸が痛む。


 そしてテレーブラン魔法伯でもあるんだよね。

 前にシモベ様が自分で魔法伯だと言ってたもの。

 多分、魔法伯というのは宮廷伯的な感じの爵位で、辺境伯は領地に付随した爵位ということなのだろう。そのどちらの爵位も持っていると。

 シモベ様であったレイルース様は、わたしを抱っこしたまま苦々しい声を発している。


「私はもうお前の上官じゃないぞ」


 入り口にいたセバスさんも苦々しい顔で頭を下げている。


「だんな様。取次もできず、大変申し訳ございません」

「いや、セバス。勝手に入りこんできたエドモンドが悪いだろう。とりあえず、茶の用意をしてもらえるか?」

「承知いたしました」


 セバスさんは出て行き、エドモンドと呼ばれている青年が入ってきた。


「隊長の声が聞こえたので開けてみましたが、合ってましたね。やっとお会いすることができました」

「いや、来なくていいんだぞ。どうしてもというのなら領に駐在の兵として雇ってもいいが、中央にいた方が出世もしやすいだろうよ」

「出世したいわけではありませんし、兵士としてやっていきたいわけでもないですよ。隊長の魔法を学びたいだけですから」

「私は弟子をとらない」

「その少年は?」

「その子は猫のお世話係だ」

「猫はあなたが抱いているじゃないですか」

「うっ」

「少年の前には魔法を使うための練習用具、紫炎水晶がある。その子に魔法の手ほどきをするつもりでしたよね? 隊長?」


 エドモンドの鋭い追求に、フレスが慌てる。


「あ、あの、オレは、その、すみません!」

「わかった、エドモンド。正直に言おう。その子は従者見習いだ。ゆくゆくは私の従者にしようと思っている」

「では僕も従者にしてください」

「従者に教えるのは生活魔法までだぞ」


 え? 魔法師に生活魔法を教える意味って。


「いた仕方ありませんね」


 ええ? 仕方ないでいいんだ?


「しかもセバスについてみっちりと執事の勉強もしてもらう。それまでは見習いだ」

「受けて立ちましょう」


 冷たい表情のまま片頬を上げたエドモンドさんには、恐ろしい迫力があった。

 そこまでしてシモベ様の従者になりたいのか……。

 フレスはそれを聞いて青くなっている。


「えっ、えっ……セバスさん? みっちり執事……?」


 それ、箱にみっちり執事が詰まっているみたいだよ。

 二人それぞれの反応に、セバスさんが心配になってくる。

 家令の仕事もあるのに胃痛とか大丈夫かな……。


「そして私の従者になるというのなら、もっと重要で一番大事なことがある」


 さらに続けるシモベ様。

 眉間にしわを寄せて挑むような姿勢を見せるエドモンドさんと、まだ何か恐ろしいことが?! と言わんばかりに目を見開いているフレス。

 シモベ様——もとい、レイルース様はおおいに真剣な声で言った。


「私の従者に最も必要な資質は、ネコを大事にすることだ! ネコをかわいがり、何につけてもネコを優先し、ネコを一番に考え、あがまつること。それできないなら従者にはしない。見ろ、この丸くふわふわのお姿を。スーベル神が歴史布にお描きになる最高の美しさだ。なんともかわいくも神々しいお姿。かわ神。素晴らしき、かわ神がここにいらっしゃるのだぞ。私たちはこのかわ神ネコの、下僕でしもべに決まっているだろう? わかるか? わからないのであれば、私の元を去るがい。 ——なぁ? ネコ〜?」


 わたしに聞かれても困ります。

 そうか、シモベというのは下僕って意味だったのか……。

 わたし、下僕に様をつけていた模様。

 すっかり慣れているフレスはあきれたように半眼になり、エドモンドさんは冷ややかな美貌に不信感をのせてわたしを見た。

 まぁ、それはそうですよねぇ……。



 ◇



 お茶が運ばれてきて、フレスはセバスさんといっしょに出ていった。この後は大人の話し合いになるらしい。

 わたしはいてもいいのかなと思ったけど、レイルース様が手放さないので同席している。

 それに、お茶といっしょに出されたのは、わたし用のミルクと甘イモ!

 おやつだ!

 さっとテーブルに飛び乗って甘イモにかぶりついた。


「レイルース様、ずいぶんもたもたと鈍い猫ですね」


 失礼な! さっと素早く乗ったもの!


「なんてことを言うんだ、エドモンド。うちのネコはおっとりしているんだ」


 おっとり。

 うん、まぁそれならいいか……?


「で、家に帰る気はないんだな?」


「はい。僕はあなたについていくことを決めたのです。初めてあなたとお会いした5年前のあの時に」


「……家はどうするんだ。侯爵家の嫡男が」


「弟がおりますよ」


 侯爵家の嫡男! それ、本当にこんなところにいる場合じゃなくない?

 そんなすごい貴族の方なら、エドモンドさんじゃなくエドモンド様の方がいいか。

 や、でも従者希望らしいから、さん付けでいいや。


「婚約者もいるのではなかったか?」

「とっくに愛想を尽かされてましてね。白紙撤回されてますよ。婚約していたという事実ごと消されました」


 ……う。

 おやつは美味しいけど、楽しく食べられる雰囲気じゃないんですけど……。

 おとなしく遠慮がちに口を動かす。


「まぁ、では仕方ない。従者として雇おう」

「弟子ではないのですね」

「弟子はとらない」

「——まぁいいです。あなたについていけて魔法を近くで見られるのなら」

「ここは人手不足が深刻だからな。こき使うぞ。今のところ兵士たちだけで間に合っているが、いずれ討伐にも出ることもあるだろう」

「望むところですよ」


 元部下らしいけど、なかなか態度が大きいなぁ。

 侯爵家の嫡男と言っていたし、次期侯爵として育ったならそういうものかもしれないけど。

 きつい表情とは合っている。薄青の王子とか氷の貴公子とかって、令嬢たちに騒がれているにちがいないよ。


「ところでレイルース様、この地の魔物の方はどうなんです? 減ってきていますか」

「ああ、一年前の大討伐終了以降は目に見えて減ったな」

「大変な思いをした甲斐がありましたね」

「そうだな。長いようであっという間だったな」


 二人がしみじみと語っているけど、それは聞き捨てならない話!

 えっ、そうなの? 魔物数が減った?!

 あんなにたくさんいたのに!


 わたしが大聖女をしていた時、魔物門が開く回数はとても多かった。

 昔の人からすると尋常じゃない数なのだとか。

 しかも大陸の全土で魔物が沸いていたのだ。

 陸続きだもの。ひとつの国に起こる災害はとなりの国の脅威となる。ひとつひとつの国が魔物を減らさないと、全土が滅亡しかねない。


 そんな状況だというのに、ヴェルニア王国では大討伐をして魔物の数を減らしたというのだ。

 すごいよ! その大討伐、どんな風に進めたんだろう。


 国がとなり同士なのだから、ヴェルニアで減ったのであれば、キンザーヌでも減っているはずだ。

 よかった……。よかったよ…………!

 ヴェルニア王国に生まれ落ちたとはいえ、心配していた。

 わたしが死んでしまって、大変なことになっていなくてよかった。

 魔物が減ったのなら、安心して猫暮らしをしていられるよ。


 頭の中で黒の面布をしたすらりとした姿が横切る。

 ——大聖女がいなくても、どうにかなったのですね……。

 心安らかに暮らしていてくださるといいな。

 今となっては祈ることしかできないけれども、心から願っています——。


 おやつを食べ終えて丸まっていたわたしを、大きな手が優しく撫でた。






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