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第16話 ◆魔法伯の命は危険にさらされている


 ————これはどう見ても話を聞いているだろう。


 テレーブラン魔法伯ことベイルラル辺境伯レイルース・テレーブランは、元部下であるエドモンド・モルドーと話をしながらも、ネコにひたと視線を向けていた。


 ふわふわとした銀色の毛玉がテーブルの上にある。

 おやつを前にいつもならうれしそうにしている毛玉は、顔を伏せおとなしくひっそりとイモを食べていた。

 小さな頭についた耳は外側を向き、話を聞こうとするかのようにひょこひょこと動いている。

 まさに聞き耳を立てている状態。

 話の邪魔をしないように遠慮している風でもある。


 どういうことなんだろうな。


 レイルースは考える時のくせで顎に手をやった。

 先日も魔核が入った箱をレイルースが全部狩ったものだと言ったところ「ニャッ?!」と驚いたのだ。

 それはまぁ猫だって驚くことはあるだろう。

 だが、あの様子は。

 魔核の入った箱を見て、それをレイルースが全部倒してとったものだとわかって、驚いたのだ。


 魔核というものがどういうものだかわかって驚いたのか。

 大量の魔核が全部、レイルースの手によって手に入れたものだということに驚いたのか。

 魔核がどんな値段で取引されているかわかっていて、ここにある分の価値に驚いたのか。

 はたまたどれもみな全部を理解していて驚いたのか。

 どんな理由にしても、人の言葉をわかっているとしか思えない。


 賢い動物は人の言葉を解すとは聞くが、言葉だけではなく人の常識もわかっていないと、そういう態度はできないと思うのだ。


 ————まぁ、ネコは普通の猫ではないしな。


 甘イモを食べ終えて、なんとなくしんみりとしている様な毛玉の背中を、レイルースは優しく撫でた。



 ◇



 時は少しさかのぼる。

 それは、ネコが闇夜カラスに殺されそうになった日のことだった。

 九死に一生を得たネコがいた部屋の扉が、轟音とともに吹っ飛ばされたのだ。


 メイドに揺さぶられるネコを奪い取りケガがないか確認すると、ネコは「ニ、ニャ……」と鳴いた。

 ごまかすような顔だった。

「……ネコや。おまえ、なんかしたか?」

 そう聞くと、かわいらしい金色の瞳をすっと逸らした。


 ——絶対にネコがなんかやったな。


 セバスには魔導具がしかけてあったと言ったが、そんなものはない。

 魔導具作りはあまり得意ではないが、あれこれと試してみるのは楽しく、レイルースの趣味のようになっていた。

 ちょっと失敗して、作り途中の魔導具を轟音とともに壊したこともあったので、他の者たちにはおかしく思われなかったようだ。

 だが、レイルースは知っている。

 ここに爆発するようなものはなかった。

 中にいた怪しいモノは、数時間前に死にかけたネコだけだと。


 レイルースの目に入れても痛くないかわいいかわいい毛玉は、その日から変わった。

 銀色の毛がふわふわとかわいいのは同じだが、意思のようなものを見せるようになったのだ。

 返事や抗議をするように鳴いたり、話を聞いているようにこちらを見たりする。

 これはこれで大変かわいい。

 愛して止まない銀色の毛を逆立てる様子もかわいいし、時々呆れるような視線を向けてくるのもかわいい。


 そんな風に仕草や様子が変わったのだが、一番変わったのは魔力を出さなくなったことだった。

 それまでは結構な魔力をぽわぽわとあたりに好き放題放出していたのが、一切なくなった。

 魔力がなくなったわけではない。

 魔力を身のうちに納める操作をするようになったということだ。

 魔力操作をする猫。

 普通じゃない。


 フレスに魔力操作の基礎である呼吸法を教えていると、その横でネコまでも呼吸法をやっていた。

 気づいた時は思わず変な声を出しそうだった。


 ————かわいいが過ぎるだろう…………!


 毛玉が息を吸ったり吐いたりしている。

 しかも妙に呼吸法が上手い。完璧だった。


 普通ではないことは、初めから知っていた。

 けれども頼むからもうちょっと本物の猫らしく、隠そうとしてくれ。

 レイルースはヒヤヒヤしながら心の中でそう願う毎日だ。


 これからは力のある魔法師であるエドモンドがここに住む。

 今までは魔法師はこの屋敷にレイルース一人だったが、そうではなくなる。

 魔法師というのは魔法や魔力に敏感だ。

 ただの猫に見せたいのなら、もう少し普通を装った方がいいのではないだろうか。


 さらにレイルースを驚かすようなことが、今、起こっている。

 『魔法のようなもの』ではない。『魔法』だ。


 まさかネコが魔法まで使うとは————!


 現在、真夜中。

 レイルースは寝室で浅い眠りについていたが、魔法の気配がしてはっと目を覚ましたところだった。

 月明かりが差し込む中、ベッドのとなりに置いてあるカゴからネコが飛び出るのが見えた。


 ——そうか、魔法か。魔法でカゴから出ていたのか。

 では、あの扉を吹っ飛ばしたのも魔法だったのだろう。

 今晩、とうとう本性を現して何かやろうとしているのか——……。


 完全に覚めた目を細め、その姿を追う。

 ベッドの下の死角にさえぎられ、姿が見えなくなったネコの気配を探っていると、また魔力が揺らぐ気配がした。

 ネコがレイルースのベッドへ飛びのってきた。


 ————私の命が狙いか————?


 身構えて待つが、ネコはレイルースの肩の横あたりで丸くなって小さく「ニ」と鳴いた。

 ふわふわの毛が頬に触れた。


 こ、これは……甘えてきたのか————————!!!!


 レイルースは衝撃に打ち震えた。

 ある意味命を狙ってきた。

 心臓をぎゅうっと鷲掴みだ。死にそうだ。

 かわいいが過ぎて死ぬ。

 ネコに殺される。


 そういえば今日はなんだかしんなりしていた。さみしい気持ちだったのかもしれない。

 レイルースは驚かさないように寝たふりをしながらもゆっくり体を動かし、ネコをそっとシーツの中へと入れて抱えたのだった。






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