目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

第27話 ◆魔法伯は困惑する



 ベイルラル辺境伯ことレイルース・テレーブラン魔法伯はまたも困惑していた。


 レイルースの目に入れても痛くないかわいいかわいいネコ。

 本当に小さいふにゃふにゃだったころは、悪意の前になすすべのない無力な存在だった。カラスにやられて死ぬ寸前だった。

 しかし今では自分を害そうとしたメイド相手に、自力でやり返せるようになったのだ。


 あの時。

 領主の持ち物とされる生き物を、メイドが害すという犯罪が起こるところだった。

 レイルースはその現場を見ていないけれども、ネコは普通の猫であればしないようなことをしたのだろう。

 メイドはずっとネコを魔物だと訴えていた。

 そして取り乱し、悪事のしっぽを出した。


 一体何をしたのかと気になるが、もう何をしたとあっても不思議には思わない。

 何せネコは魔法を使う生き物だ。しかもなかなか上手い。

 魔獣だって本能で魔法を使うのだ。

 ネコが魔法を使ったところでなんの不思議もないはずだ。


 ネコによって悪事を暴かれたメイドはこの城から追放した。

 甘い処分だったかもしれないが、紹介状を持たないメイドの職探しは難航するだろう。

 願わくは自らこの領を去ってほしい。もう二度とネコの前に顔を現さないでほしいとレイルースは思っている。

 もし次があれば、今度はもう容赦しないが。


 しっかりと自ら仕返しをしたネコは、その後はのびのびと暮らしている。

 そしてさすが魔法を使うだけのことはあって、魔導書という言葉に興味を示した。

 だというのに初級の魔導書に不満げな顔を見せ、いかにも興味をなくしましたみたいな様子で離れていった。かわい過ぎて大変だった。


 あろうことかその後に見せた上級の魔導書ですら、納得がいかないような雰囲気を出していた。

 手詰まりなので趣味で作っている魔導具を出してみると、これにはうれしそうな反応をした。

 どうも魔法図がいいようだ。

 期待した目で見上げるネコに、レイルースはつい泣き言を言った。


「この板に書いてあるのは魔法図といってな、他の国の技術なんだぞ。魔法を図にしたものだ。それを道具に組み込んで魔導具にしていくんだが、なかなか文献が手に入りづらくてなぁ……。我流でやってはいるが、上手くいかないもんだな」


 ネコに言ったところでどうなるものでもない。

 いくらネコが賢くて人の言葉がわかるとしても、本気で言ったわけではないのだ。


 だというのに、恐ろしいことにネコは魔道具に描かれた魔法図を見て、その小さい前足を魔銀に伸ばした。

 偶然かもしれない。見慣れぬものを見て思わず手が出てしまっただけかもしれない。

 だが、魔法を操るネコだ。

 これに触れると動く魔導具だと理解したということも十分ありえるのではないだろうか。


 もしそうだとしたらとんでもないことだ。

 ほとんどの人がこの魔導具を理解できないだろう。

 多分、エドモンドですらわからないと思う。

 この国の魔導具は魔法図を必要としない。魔法素材と魔石の組み合わせで動くのである。


 魔法図を使った魔導具は、キンザーヌ大帝国の魔導具の製法だった。

 手に入る資料は希少、それを集めてレイルースは細々と魔導具を作っていた。

 そんな手がかり少ない魔法図を、ネコが理解しているようなのだ。


 手を伸ばす後ろ姿を見下ろして、息を飲んで見守っていると、ひょいと机の上に乗って魔導具を確認しだしたのだ。


 ——これは絶対にわかっているぞ……。


 箱の中の金属を見て、少し考え、前足を思わずといったように動かした。

 描いたのは風のマーク。


「ま、まて、ネコ。ちょっと待て。それ、風だな?」


 そう言うと、ネコははっという顔をした。


「ミュ」


 そこまでやっておいて、今さら「なんのことですか」みたいな顔をしている。

 さらに聞くと「シャッ」とか気に入らないというような態度である。

 酷過ぎる。


 隠すならちゃんと隠せと思うし、見せるならこんな中途半端に気をもたせて、焦らしたりたりしないで正体を現せばいいのに、なんて憎かわいいのかとレイルースは情けない顔になる。

 これ以上聞いても無駄そうだし、普通の猫のフリをしたいようなので、「気のせいか」と落とし所をつくった。

 ほっとしたような顔のネコは本当に憎かわいかった。


 ただ、ネコの描いた風のマークを見て思いついた。

 風魔法でならそれを動かせるのでは。

 魔法図にとらわれないで魔法を使うと考えた場合、その鐘を鳴らすのは風魔法になるだろう。

 強く振るか、中のスプリングに付いた玉を動かすか。


 風魔法をこの魔法図に足してやればいいということではないかとレイルースは気付いた。

 キンザーヌの魔法図の資料を取り出し、数少ない風魔法の部分を見て風を送るという式を書き写した。

 レイルースが机の上にいるネコを見ると、ネコは試しとばかりにトンと前足を置いた。


 ゴーン。


 少し鈍い音が部屋に響いた。


「ニャーン」


 できた! とでも言わんばかりのうれしそうな鳴き声。


 ——かわいい、大変かわいい。けれども、他に言いたいことがたくさんあるぞ……!


 レイルースはなんともいえない気持ちで、ネコを見たのだった。







この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?