目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

第30話 対 羽根


 階段だけじゃなく、あちこちで跳ぶ練習をしている。

 下の方の棚を目指したり、誰かの膝の上を目指してみたり。

 膝に関してはすぐに捕獲されて抱っこされてしまうので、あまり練習にはならないけど。

 そんなことをしているから疲れてその辺で寝かけてしまうので、レイルース様が運んでくれている。

 抱えられて揺られて気持ちよくなっているところに、落ち着く声が降ってくる。


「——あの察知ベルはな、元々ネコ用にと思って作っていたわけではないんだ。魔物や魔獣が出た時に気付けるように考えていたものなんだよ」


 うとうとしながら聞く声は、子守唄のよう。


「魔物が通ったら音が鳴るようにしたいんだよな。なかなか上手くいかないもんだなぁ。ネコで試せて助かっているんだぞ。まぁネコに使うのもあと少しになるのだろうけどな」


 ちょっとだけしんみりして聞こえる気もする。


「そんなにがんばらなくていいのになぁ」


「……ニ」


「ずーっとシモベが連れて歩くし、高いところに乗せ下ろししてあげるんだぞ」


 そんなわけにもいかないじゃないですか……。

 だいたいそれじゃ、わたしが好きなところに行けないの。

 今はまだ外が危ないから行かないけど、そのうちに外にだって……。町を見てみたいし……。もしかしたら……帝国…………。


「そのままでも構わないと思うが、ネコにもやりたいことはあるのだろうし、大きくなるのは当たり前のことだしな。でも少しさみしいぞ」


 遠くなる意識に、かすかにチュっと頭に感じる気配。

 ——いやらしいです……。

 抗議の声は出せず、わたしはそのまま眠りに引き込まれていった。




 ふと目を覚ますと、真っ暗だった。

 夕食を食べ損ねた気がするけど、仕方がない。

 寝床のカゴの中で丸まったまま、寝る寸前のレイルース様の話を思い出してみる。

 あの察知ベル。

 元々は対魔物用に考えていたものだと言っていた。

 わたしの動向に目を光らせるためのものじゃなかったよ。よかった。ネコ大好き隊筆頭隊長だもの、やりかねないから。

 魔物用と聞いたら、なんとか完成させたいよ。

 魔物は本当に脅威だから。

 いくら少なくなったっていっても、いなくなったわけじゃないんだろうな。

 身を守るすべのない人なら、遭遇したら助からないと思っていい。

 ベルが鳴ったり何かしらの手段で魔物がいることが知れたら、逃げるのに時間ができるからね。

 それなら魔物はやはり脅威なはずだから。


 レイルース様やエドモンドさんが、あーでもないこーでもないと魔法図を書き加えている間、わたしはひとつの答えに気づいていた。

 生き物が通るとベルが鳴る魔導具。

 魔物や魔獣が通った時にだけ鳴るようにする。

 それには”ただし、人以外“という魔法式を組み込めばいいだけなんだと思う。

 広範囲の補助魔法を使う時なんかに”人のみ””人以外”という文言を詠唱に含める。

 それを式にしたもの。

 レイルース様の持っている資料にはそれが載っていないのだろう。載っていれば気づくと思うし。

 問題は、その式をどうやって伝えるかなんだよなぁ。

 みんなが寝ている間に何かに書きつけておくにしたって、この寝室には机はないし羽根ペンもインクもないのだ。

 そして廊下の扉は重く閉まっている。

 また壊すわけにはいかな……——最後の手段だな。

 なので、行ける場所は寝室と続きになった居間と洗面所。

 洗面所なら水とかでなんか残せるかも?


 寝床のカゴからひょいと飛び降りて、洗面所へ行った。

 使えそうなのは水とせっけんくらい?

 せっけんで何か書く……?

 ジャムのビンのようなビンの中の、どろりとした液体石けんに手を突っ込むかどうしようか悩んで踏みとどまった。

 せめて色付きの石けんなら、シーツにでも描いて残せたかもしれないんだけど。白色じゃその辺を石けんで汚すだけになりそうだものね。

 描いた後にちゃんと残ることがわかってからやらないと。

 今度は居間の方に行ったけど、書くものも書かれるものも本当に何もない。

 ——布をちぎっておいていって、床の上に魔法図を描くとか?

 この小さい体じゃ、時間かかりそう。やっている最中に朝になって怒られること間違いない。


 というわけで、何か書くものを入手することが当面のわたしの目的になった。




 ◇




 やっぱり一番いいのは、羽根ペンを確保することかな。インクもいるけど。

 羽根を両前足で抱えて持てば描けないことはないと思うんだ。

 机の上、レイルース様が書類の上で動かしている羽根を眺めながら、どうやって手に入れるか考える。

 持ち主が席を離れている間に、どこか見つかりづらい場所に隠して、とりあえず確保するとか。インクが困るか。インク壺を抱えて机からは降りられない。

 ガチャンと机から落として怒られる未来しか見えない。

 インクは羽根が吸っている分だけでとりあえず我慢するとして、羽根を手に入れないと。


「あー、ネコや。そうじーっと羽根を見られると、いやな予感しかしないぞ」


「ニャー(何もしませんー)」


 もちろん、うそである。

 何かする気であふれている。

 レイルース様はため息をつくと、引き続き書類へと戻った。

 執務室の向こうの方では、エドモンドさんがフレスの勉強を見ながら、レイルース様が書いた書類のチェックをしている。

 しばらくすると、セバスさんが休憩になさいませとお茶を持ってきた。わたしにはミルクとおやつだ。


「それでは少し休憩しようか」


 レイルース様はそう言うと、羽根ペンとインク壺を机のひきだしの中へしまった。


「ニャ!」


「……ネコや。抗議してもだめだ。やらかす気配しか感じないぞ」


 すっかり警戒されているようだ。

 悪いようにはしないのに!

 あの魔導具の魔法図に描き加える式を教えたいだけなのに。

 その式が入れば魔物とか魔獣とか人間以外のものに反応するベルが作れるよ。


「ニャ! ニャ!」


「そんな抗議したってかわいいだけなんだぞ。かわいいかわいいってギューしてチュウだぞ」


 まったくレイルース様ときたら、どさくさに紛れてとんだ変態です!




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?