日はめぐり、羽根ペンをめぐる攻防は続いている。
あまりにも羽根ペンに隙がない(レイルース様が用心深く管理しているとも言う)ので、わたしは強奪することを視野に入れることにした。
「ニャニャッ!」
「おとなしく狙っていると思っていたら、目的を隠すのやめたんだな? ネコめ、かわいいぞ! 羽根にじゃれつこうとするなんて普通の猫みたいじゃないか」
「ニャッ! ニャッ!」
「かわいい! うちのネコはなんてかわいいんだ! きゃわ神め! ギュウか? チュウか?」
「だんな様、まじめに仕事をなさるのと、わたくしめの執務室とどちらがよろしいですか」
「——まじめにやるぞ」
その隙に羽根を奪う!
飛びかかるとそこに羽根はなく。
目的の物は空中に持ち上がっていた。
「ネコ〜。おまえが邪魔すると仕事が進まないからね。邪魔するならこうだぞ?」
そう言って、レイルース様はわたしの首根っこをつまみ、着ていたシャツのボタンをみっつ外して、中にわたしを入れた。
「ニャッ?!?!」
「いたずらネコはこうなんだからな?」
いやらしいです!
レイルース様の服の中で肌にぺったりとくっつけられている。
なんということなのか!
暖かくて慣れた匂いに安心してちょっと落ち着いちゃいますよ!
今日も階段の練習と羽根を狙ったりでたくさん動いたし、いい感じに揺れて……。
いや、寝ない……こんなとこにとじこめても、寝ないんだから……ね……。
「ニ……」
抗議の声はシャツの中に消えていった。
◇
ぐっすりと昼寝をして、すっきりとした私は考える。
羽根ペンは防御が堅すぎる。
いや、待てよ……? 羽根ペンはもうひとつあるじゃないか。
キランと目を光らせて、少し離れた机にある羽根ペンを見た。
すると、なぜわかったのだろうか。
瞬時になんでも刺すことができそうな、氷の刃のような視線がわたしを射抜いた。
思わずしっぽがふくらんだ。
……だめだ。あれは狙えない。
ご領主様のより従者の方が難易度高し。
ああ、それじゃ、他にも何か描けるものってあるかな。
厨房とかなんとなく色の付きそうなものがあるような気がする。
でも、この部屋から出られないしなぁ。
わたしが外に出るのを阻む、察知ベルの前に座り込む。
これがなければ廊下にすぐ行ける。
魔法図が描かれた魔銀にちょんと前足を触れてみる。
コーン。
部屋にベルの音が響き、はっと部屋中の目がこちらを向いた。
レイルース様、エドモンドさん、フレスは扉が閉まっていることを確認してまたそれぞれの書類や本に視線を戻した。
今、わたしの中で何かひっかかった。
前足がしっかりと触れるまでは、鳴らなかったような気がする。
もう一度、前足を出して触れるか触れないかぎりぎりのところまで近づけてみる。
そして、ちょっと長めの毛だけで触れてみた。
ん? 毛だけじゃ鳴らない?
さわさわと揺らしてみるが鳴らない。
ちょんと肉球を載せる。
コーン。
鳴る。
それじゃ、爪はどうだろう。
爪を出して、また魔銀の板に触れてみる。
鳴らない。——鳴らない!
爪には魔力がないの?!
なんとなく、魔力は体の外を薄く覆っているような気がしていたんだけど、毛や爪にないってことは皮膚の内側を巡っているってことか。
カリカリと魔銀をひっかくと、ベルは鳴らなかったし、少し削れた。
——うん。ここに直接書き込んでしまおう。
うしろを向いて部屋の中を確認すると、誰もこっちを見ていない。
手が触らないように爪だけで書くとあまり力が入れられなくて細い弱い先しか描けなかった。
隙を見て少しずつ描くしかないな。
描いたのがわたしだと、ばれないようにしないといけない。だから、あまりこの前にいるのもよろしくないよね。
ちょっとだけ書いて、わたしは階段の練習に戻ったのだった。
人を意味する印と、それ以外ということを表す式。
それを、魔法図の余白に少しずつカリカリと刻むこと数日。
何度か同じ線に重ねてひっかいていけば、ちゃんとした線になった。
式が書けたら、元々先に描かれていた式に線を描いて繋ぐ。
これで、人以外の魔力が流れた時に風が送られる魔法が起動する、魔法図が描き上がった。
魔物や魔獣が触れた時に、鐘が鳴る魔導具になったと思う。
普通の動物が触れても鳴るけど、そこは仕方がないと思っていただきたい。
ちなみに虫とか小さい生き物の魔力は小さいからベルを鳴らす力はないから、それは安心できる。
虫が通る度に鳴られたらたまらないもの。
わたしは描きあがってうれしいのを押し込め、知らん顔をしてレイルース様の足元へ行った。
そのうち改造されていることに気付くと思うけど、わたしがやったと知られないように他のことをして遊んでいよう。
ごまかすために、また羽根を狙うふりをしてもいいかもしれない。
「ニャー」
「もう下で遊ぶのはいいのか? シモベの膝がいいんだな? ちょっと大きくなったとはいえまだまだ甘えっ子だな。このかわいい生き物め」
抱き上げたどさくさにまぎれて頭のうしろにチュッとしませんでしたか。
わたしは許可をしていませんよ。
本当に油断も隙もないよね。