レイルース様のわたしへの態度が変わった。
「ネコ様、食堂へお連れしてもよろしいでしょうか」
「……ニ」
うやうやしく差し出された手に乗っかる。
なんかこう非常にやりにくい。
「ネコ様、こちらお食事になります。シモベがご用意させていただきました。もっとお食べになりますでしょうか」
「……ニャゥ……」
「レイルース様、また何か変なことをはじめた……。フレスは見てはだめだよ」
「だめと言われても……。だんな様はどうしちゃった、んですか」
「なんだろうね。おかしなものでも拾い食いしたのかもしれない。裏庭のキノコとか」
おかしな態度のレイルース様のうしろで従者たちが奇異なものを見るような目で見ている。
とてもご領主様を見る目ではない。
っていうか、いいんですか! レイルース様! 従者たちにそんな顔させて!
「ネコちゃんにわたしが持っていきたかったのに……。いつもだんな様に横取りされてしまうし」
「だんな様、せっかくの食事が冷めてしまいますよ」
通常通りの人もいるね……。
強い……。
「ネコ様、執務室へお連れいたします」
「……ニャ」
「ネコ様、お抱きしてもよろしいでしょうか」
「……ニ」
「ネコ様、ギューしてチューしてもよろしいでしょうか」
「シャーッ!」
どさくさにまぎれて!
言い方を変えただけで、全然変わってなかった!
そんないつも通りおかしなレイルース様は、魔法図のことでわたしに懇願していたことなどは従者たちには言わないらしい。
わたしに対する疑惑——まだ疑惑で多分確信はしてないと思う——は、レイルース様の中だけに秘められている。
そしてあの魔道具、察知ベルは密やかに速やかに作業場の方へ移動させられた。
あれが設置されたままだと、従者たちにも式が足された魔法図が知られてしまうからだろう。
それに、これからまた改良するんだと思う。
レイルース様、わたしの方を見てため息ついていたし。
そんなわけで執務室の入り口は静寂を取り戻した。
そうなればやることはひとつ。
廊下への脱出だ。
「ネコ様。廊下へはまだ早いかと思います。シモベのお膝にお戻りください」
——その偽物執事みたいなのまだやるんですか。
わたしは廊下に出ようとしたところをレイルース様に捕えられ、抱えられた。
なでなでされると「じゃお膝でまったりしてもいいかなな」と思ってしまうのでいけない。これ懐柔というやつである。
「……レイルース様、その変なしゃべり方なんなのですか」
とうとうエドモンドさんが切り出した。
あきれて半眼で見ている。
となりに座るフレスも似たような顔。
「ネコ様にさらなる敬意を払っているだけだぞ。いつもかわいく私たちの心をいやし照らしてくれるかわいいかわ神様だからな」
「ソウデスカ」
絶対に違うと思うけど、エドモンドさんたちは納得した。
え、納得できるんだ……。
もしかしたらあきれて諦めただけかもしれないけど。
仕事の途中の休憩時間。
レイルース様はわたしを抱えていそいそと作業部屋の方へ行く。
そしてわたしを机に置いて、おもむろに床にひれ伏した。
「ネコ様、どうかどうかその知恵をこのしもべにお与えください!」
「ニャー」
「……だめか」
お与えくださいと言われてもなぁ……。
わたしだって魔物撲滅のためなら協力したい。
でも、人語は話せないし、猫語をわかってもらう方法もないもの。
「そうだな。ネコに頼りっきりになってしまうのもよくない。自分でなんとかしなくてはな」
レイルース様は机に向かうと、わたしが書いた式を写し始めた。
「——式を分解すると、これとこれの組み合わせで書かれているのがわかるよな。否定の式が近い気がする……。これの意味がわかれば応用に使えそうなんだが……」
そしてセバスさんが呼びにくるまで真剣にいろいろと仮説をたてて研究を始めた。
近いうちにわたしが書いた式を解明してくれそうだ。
新しい魔導具ができあがる日はきっと遠くない。
熱中している背中を見て、わたしはこっそりと廊下へと出た。
脱出成功!
やった! わたしは自由だ! 外は行かないけど、城の中の好きなところが見て歩けるよ!
どこに行こうかな。リネン室に行って空いている箱に潜り込もうか。
階段に挑戦してみるのもいいかもしれない。
前は下りられなかったけど、少しは大きくなったし、行けるかもしれないよ。そしたら厨房に遊びに行くのもいいかもしれないよね、
リネン室のあたりにはメイドたちがいた。
洗濯が終わって綺麗になったリネンが運び込まれている。
新しい人が増えて城はだいぶ賑やかになり、掃除なども行き届くようになってきたのだ。
ただ、レイルース様の居室あたりはクラリスだけが担当になっている。
ネコ大好き勢同士が結託して、不正に担当を決めているような気がするよ。
なんて思っていたら、後ろからさっと抱え上げられた。
「ネコちゃん! どうしてまた廊下に出ているんでちゅか!」
しまった! 捕まった!
「外に出るのはまだ早いでちゅよ。だんな様のところにいてくだちゃいね」
外になんて行かないのに、この信用のなさよ……。
ネコ大好き勢は過保護勢だ。
もういっそのこと、魔法猫を隠さないでいれば心配されないのかな。
あきらめておとなしくしているわたしをクラリスはなでなでとした。
「——わたしの家族は魔物に襲われてもう誰もいないのですよね。だからもうこれ以上、誰もいなくならないでほしいの」
心からの声が、小さなつぶやきとして落ちてきたみたいな。
「……ニャ」
もう少しだけおとなしくしていることにしよう。
わたしはすりすりとクラリスの胸元に頭をすりよせた。