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第34話 養護院へ


 この国も魔物の爪痕は深い。

 クラリスのような子は珍しくないのである。

 レイルース様は近々行く予定になっている町の視察の途中で、養護院へ寄るらしい。

 セバスさんと持っていくお菓子や寄付をする布類などの打ち合わせをしている。

 領で管理している養護院のようで、運営費はそれとは別にちゃんと出しているみたいだけど。


「ニャーン」


 わたしは執務室の隅に置いてある本を前足でタンタンと叩いた。

 近くで本を読んでいたフレスが気づいて、レイルース様に伝えてくれる。


「だんな様、ネコが本を気にしてるみたいですけど」


「本?」


「ニャー」


 近づいてくるレイルース様とセバスさんに、改めてタンタンと本を勧める。

 これ、こういう子ども用の本を、養護院に持っていったらいいと思うの。


「本を養護院に持っていけって、ネコが言っているんじゃないですか」

「ニャ」


 そう、それなのよ。フレスはさすがだよね。猫の気持ちをよくわかっている。


「だんな様、本の寄付というのは大変よろしいかと思います。もう何冊か注文しましょうか」

「そうだな。いくつか注文してくれ」

「レイルース様、うちにもう使わないものがあったと思います。よければ運ばせますが」

「頼む。本は何冊あったっていいだろう——ネコは気が利くな。うちのネコはかわいい上に優しい。神の遣い間違いなし」

 フレスが読み終えてもう読まなさそうな本も持っていくものの中に加えられた。

「森のお姫様と白天馬の王子様」は、たしかにもう読まないだろう。読んでいる間、フレスはひときわ難しい顔をしていた。小さく音読しているのをとなりで聞いていたエドモンドさんも虫歯を耐えるような顔をしていたっけね。

 セバスさんが本を持っていくのを見て、ふたりはほっとしていた。


「森のお姫様と白天馬の王子様」よ、喜んでくれる子のところで幸せになれ。




 今回の視察に行くのは、レイルース様とお供のフレス。

 エドモンドさんはその間に城での仕事を進めておくようだ。

 万が一、魔物が出た時の対応に備えて、基本的にレイルース様かエドモンドさんか、どちらかが城にいるようにするみたい。

 英雄と呼ばれる魔法伯とその副官。魔物対応は慣れているだろうね。


 わたしはといえば、もちろん視察についていく。

 神の遣いとご領主様が言うくらいですからね。養護院で子どもたちを笑顔にするために当然連れていってもらえる——わけなどなく、レイルース様の服に爪をたててひっついて離れないように踏ん張っていたら、連れて行ってもらえるようになった。

 首によそいきなリボンもつけてもらって、今はフレスが抱えるカゴの中でおとなしくしている。

 初の馬車。

 大きな馬がこちらを気にしているけど、暴れたりはされなかった。

 玄関前につけられた馬車に乗り込むと、車窓からはいつも上から眺めている庭が横から見える。

 近くに感じる木々の緑がまぶしい。

 遠い記憶を呼び起こしそうでわたしは目を閉じて丸まった。







 ちょっとだけ目を閉じているだけのはずが、起きたら養護院にいた。

 町門やギルドを見た後の、一番最後が養護院だったはずなのに、なぜ。

 顔をあげてフレスを見ると、フレスは「やっと起きたのか。ここから出ちゃだめだぞ」と釘を刺した。

 それはお約束できないかな。


「あっ! 猫ちゃん!」

「猫!」

「猫だ!」


 ほらね、猫は子どもに大人気だから。

 わたしは猫がちょっと苦手だったけど、幼なじみたちはみんな猫を構いたがってたもの。


「ニャー」

「かわいい!」

「抱っこしたい!」

「お兄ちゃん、撫でてもいい?」

「ちょちょっと待って! ネコびっくりしちゃうから!」


 子どもたちにたかられたフレスはカゴを護りつつ、少しうしろに下がった。慌てながらも少し笑っている。

 となりにいたレイルース様は、今まで見た中でもとびきり優しい顔をこちらに向けていた。

 そしてわたしをカゴから持ち上げて抱えた。


「今日は撫でるだけだが、そのうち慣れてきたら抱っこもできるかもしれないぞ。優しく撫でてやってくれるか」


 囲んでいる子どもたちは十数人というところかな。二、三歳くらいの子から十歳くらいまでの子たち。みなフレスよりも小さい。


 レイルース様は小さい子でも触りやすいようにしゃがんだ。

 小さな手がおそるおそる背中を撫でていく。

 みんなそっと撫でてくれた。

 本当は抱っこしてくれてもいいし、もっとワサワサ触られてもいいんだけどね。

 ここはあまり荒れた雰囲気がない。

 きっと養護院で働いている人たちから、しっかり愛情を注いでもらえているのだろう。


「ニャー」

「かわいい……」

「ふわふわだ」

「おじさん、猫ちゃん、また来てくれる?」

「こら、お兄さんだろ」

「ごりょーしゅさまって院長先生言ってたよ」

「ごろーすさまおじさん」


「おじさん……」


 軽く傷を負ったらしいレイルース様はしばし固まっていたが、ぎこちなく笑った。


「あ、ああ。また来るからな。しっかりごはん食べて、よく寝るんだぞ」

「「「「「はーい」」」」」


 子どもたちは庭に戻っていく。草むしりをするらしい。

 ちっちゃい子もいるのに、偉いなぁ。


「ご領主様、この度は高価な本までいただいて、ありがとうございます」


 おばあさんというには少し早い感じの院長が、眉尻を下げた。


「もう少し人手があれば、あの子たちに文字を教えることもできるのですが……」


「ああ、それは気が利かずにすまない。よければ週に何回かこの本を読み聞かせる者を送るが、いいだろうか?」


「よろしいのでしょうか?」


「構わない。この子も文字の勉強中でな」


「は、はい。あの、オレも読めます。教えられます……多分」


「ああ、フレスは教えられるだろう。また後日日程の調整に人を遣わす。詳しいことはその時に」


「ありがとうございます……。新しいご領主様が良い方でよかったです」


 レイルース様は苦笑した。


「日々いろいろと反省することは多いがな。そうありたいと思っている」


 わたしのシモベだと言うその人は、不思議な人だ。

 照れもせず気負いもなく、まるで昔から領主をやっていたように、讃える言葉を受け入れていた。

 シモベとは正反対の位置にいる者に見える。まるでずっと人の上にいたみたい。

 普通の平民みたいなことをしている時も多いのに、時々、とてつもなく尊い人に見えた。

 人の上に立つ者はみんなそうなのかな。

 黒の面布姿の長身が、記憶の中を横切っていった。







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