「ネコ! がんばれ! もうちょっと!」
フレスの応援を浴びて、足に力を入れる。
伸び上がると、猫用階段の一番下の段に前足がしっかりとかかった。
後ろ足に力を入れて、飛翔!
勢いあまってころんと回転したけれども、上った! 上れたよ!
わたし、階段を上れるようになった!
「やったぁ!」
「……ネコ、がんばったな……」
何日もがんばっただけのことはあったなぁ。
力を入れた時にちょっとだけ魔力が出ちゃったような気もするけど、気のせい。
自分のことのように大喜びするフレスと、言葉と顔が合わないレイルース様。
がんばったなと言いつつ、その顔はなんですか。
どんよりとしながらねぎらいの言葉を言われても困りますよ。
「ううっ……ネコが階段を上り下りできるようになったら、外に行ってもいいなんて言うんじゃなかった……。いや、待て。もっと危なげなくできるようになってからの方が安全なのではないか?」
「まぁ、それはそうでしょうけど、約束は約束だと思いますよ。レイルース様」
エドモンドさんの正論に沈んだレイルース様は、わたしをかき抱き泣いて縋り出した。
「くぅっ……。ネコぉぉぉおおお!! 外にはなるべく行くんじゃない! まだまだ危ないんだからな?! 一階までは行ってもいい。城の中でなら遊んでいい、いや城の中でも私の目の届くところにいるんだぞ。そうだ、大きい階段は危ないからシモベを呼ぶんだぞ!?」
階段を上れるようになったはずなのに、レイルース様を呼ばないとならないとは。
猫って案外不自由な生活なんだねぇ……。
レイルース様がぐずぐず言っているのには理由があった。
実は、わたしが階段を上り下りできるようになったら、外に出ていいという話といっしょに、養護院に連れて行ってもいいという話にもなっていたのだ。
これで、わたしも養護院へ連れていってもらえるようになったということなのである。
エドモンドさんがひとりで行って、本を読んであげたり字を教えてあげたりしに行くことが多いんだけど、行く度に「小さいお兄ちゃんは?」「猫ちゃんは?」と聞かれるらしい。
「やっとうるさくなくなるよ」と地味に喜んでいる。
一段上れるようになった階段は、すぐに次々と簡単に上れるようになった。下りは怖かったけど、がんばったよ。一度できてしまえば、すぐに慣れるしね。
やっぱり体が大きくなって、自由に動かせるようになってきたんだろうな。
棚に上がるための猫用階段だけではなく、お屋敷の大きな階段も下りられるようになったのだ。
一階までスルスルと行ってクラリスに撫でられたり、料理長からおやつをもらったりできるようになったころ、養護院へわたしも遊びに行くことになった。
今日はエドモンドさんひとりが馬車の中に乗っている。
ひとりというか、ひとりと一匹。正確にはあと積荷。
養護院に行くと言うと、城の人たちがみんないろいろと持ってくるのだ。
体が大きくなって着られなくなった服だとか、町で買ったお菓子だとか。
正式な領主からの差し入れもあって、結構おみやげがもりだくさんの馬車になった。
わたしはエドモンドさんのひざの上から伸び上がって、窓の外を見ている。
この元軍人従者のいいところは、猫を構わないところだ。
したいようにさせてくれる——無関心なのかも?
ガタンと馬車が揺れると、さりげなく手がわたしのお腹を支えた。
どうなろうとしったことではないという訳ではないみたい。
ほどほどにその辺の普通の猫として接されるのはなかなか悪くなかった。
カゴに入れられて養護院の中に入っていくと、待ち構えていた子どもたちが集まってくる。
「王子様来た!」
「猫ちゃんもいる!」
王子様!!
エドモンドさん、王子様って呼ばれてる!
レイルース様はおじさんなのに!!
人の姿だったら笑い転げていたことだろう。
猫でよかった。
「ニャァ……ッ」
「おまえ、変なこと考えているんじゃないだろうな?」
そんなことありません、よ……うぐぐっ。
冷たい視線でわたしを見下ろす王子様。
たしかに美形さんだもんねぇ。
女の子たちがきゃぁきゃぁと言っているのがかわいい。
「森のお姫様と白天馬の王子様」は第2の棲家で幸せにしている模様。
◇
撫でられて抱っこされてちっちゃいお膝に乗せられて、いっしょに絵本を読んでもらっている。
エドモンドさんは絵本を子どもたちに向けながら、ゆっくり淡々と読み上げていく。
部屋にいる子たちはみんな真剣に聞いていた。
「——幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし」
そう締めくくられると、軽いパチパチパチという音が部屋を包んだ。
今日は「森のお姫様と白天馬の王子様」じゃなくて残念。
エドモンドさんの読む王子様を聞きたかったよ。
でも男の子も女の子も楽しんだみたいでよかった。
拍手の中、ひとりの男の子がはいっと手を挙げた。
「お兄ちゃん、僕も読んでみたいです!」
「読めるのか?」
「お兄ちゃんが何回も読んでくれたから、覚えちゃったよ」
「すごいな」
「兄ちゃんすごい!」
「ちゅごい!」
「ニャー」
実際には文字を読めているわけではないのだろうと思う。
けれども、書かれた文字と同じ言葉を小さい口は紡いでいく。
本当に音を、物語を丸覚えしたんだな。
魔法もまず音から入る。詠唱を覚えて、魔法が成る。
それから式と魔法図を勉強する。まぁほとんどの人は覚える必要もないものだけど。
「わたちもよむ! よめるよ!」
小さい女の子までもそう言った。
これ、エドモンドさんや、たまに来るフレスがたくさん読んであげたからだよね。
ふたりの子どもたちへの思いが形になっている。
ちゃんと学ぶ場さえあれば伸びる才能がこんなにもある。
「それなら、みんなで読むといいよ」
氷の貴公子もさすがにこれには微笑むしかないようだった。