「──ねえ、
「うん。だって、もう丸三日も学校休んで、部屋からも出てないんだよ」
「そんなの秋星には関係ないじゃん!」
関係ないとかじゃない。
私たちは
私は未だに彼を
彼に直接会って、この真意を確かめたい。
三重咲姉妹のこと、いや、私自身のことをどう思っているのかと……。
「──ちょ、ごめん!!」
「きゃっ!?」
商店街のアーケードで、真正面からぶつかってくる人影。
私はその反動で倒れ込み、固いアスファルトの床に大胆に尻もちをつく。
無機質な歩道は、さっき水撒きでもしたのか、しっとりと濡れていた。
紺のセーラー服と同じ色のスカートが、じんわりと水を吸うのが、肌身で感じる。
「ごめん。ちょっと急いでるんだ。だから……」
相手は長い黒髪で、綺麗な顔立ちの子だった。
低い声からして声変わりか、そのお陰で一瞬にして中学生くらいの男の子ということが分かる。
私は絵に描いたような美少年の表情に一時見惚れていたが、心の中で、別の想い人である彼の姿が脳裏に浮かぶ。
そして、後からきたお尻からの痛みに奥歯を噛みしめ、さすりながらも堪えて実感する。
その想い人の彼は、決してイイ男とは思えなく、私の好きなタイプは美冬みたいな、見た目から入るイケメンじゃないことも……。
「これで無かったことにして!!」
「えっ、これはハンカチ?」
「母さんが俺の誕生日にくれたのさ。吸水性は抜群だから、服も乾きやすいはず」
「でも大事な物では?」
見た目も鮮やかで、質感からして、上品な柔らかさ。
凛々しい青い布地もしっかりしてるし、そこら辺の100均で買えるような安物じゃない。
ましてや、お母さんから貰ったプレゼントときたものだ。
私はピンクのチューリップの刺繍が縫い付けられたハンカチを、男の子の手に押し戻す。
「いいから。人の好意は素直に受け取るもんだよ。じゃあ」
だけど、男の子は私にハンカチを押しつけて、とっとと行ってしまう。
「あっ、待っ……」
普通に名前を訊きたかっただけなのに、声が出てこない。
男の子の影は、私の呼びかけに答えることもなく、人波の雑踏に飲まれていった──。
****
『──ドンドンドン!!』
誰かが、部屋のドアを激しくノックする音が聞こえてくる。
その発信源さえも聞くまいと、布団を頭から被って、
だが、段々と音のレベルが上がり、ついに木材の軋む音までも響いてきた途端、僕は急いで起き上がって、部屋のドアを開けた。
「きゃっ、
鋭い殺気を感じたのか、ドアの間近にいた秋星が素早い身のこなしで避ける。
「良かった。やっと開けてくれたんだ」
「いや、扉が壊れたら、修繕費がかかるでしょ」
この扉、目線の位置に曇りガラスも貼っていて、ただの扉よりは若干高めのはず。
払おうとしてもお年玉貯金しかないし、そればかり使うわけにもいかない。
高校生になって、ポチ袋は貰えなくなったので、残高は減る一方だから……。
「……うん。それも、そうなんだけど」
秋星が制服の胸元に付けた緑のリボンを整えながら、言いにくそうに言葉を吐き出す。
もしかして僕への告白かと思ったけど、こんな地味な男の相手なんかするはずもないし、この緊迫した空気、どうしたものか。
「……三日も部屋に閉じこもって、どうしたの。やっぱり、
「賢司は関係ないよ。僕はただゲームしながら、ひきこもりたい気分でさ」
モヤシやキノコは太陽が無くても育つ。
僕もその植物みたいに、影の存在になりたかった。
ゲームで遊んでいたと、長女の秋星に嘘をつき、一人になって、色々と考える時間が必要だったのだ。
悩みの種である賢司が急にいなくなり、何と表現しても知らないの一点張り。
僕以外の三重咲姉妹みんなから、賢司なんていなかったという返事をしてくる。
でも彼女らは、つい最近まで賢司を知ってたし、名前も呼んでいた。
だとすると、元から彼の存在がなかったわけじゃない。
ある日を境に、今までいた人物が急にいなくなったのだ。
たったそれだけのことでも、安定していた気持ちがグラグラと揺れ出す。
それなのに、僕だけは彼と過ごした想い出がある。
スマホで学校の話しやすい関係者にも連絡をとったが、やっぱり彼のことは知らないの返答ばかり……。
「はあ……ヤベエ。キノコ拾いか、芝刈りか知らないけど、全く、どこの異端の山をほっつき歩いてるんだよ……」
「志貴野くん、大丈夫?」
「……大丈夫だったら、こんなに落ち込んだりはしないよ」
どうして、賢司と過ごした記憶だけがすっぽりと抜け落ちてるんだろう。
僕の記憶では、温泉みたいに溢れ出しそうな程の量がつまっているのに……。
「ええい、いつまでこうしてるんだ、僕はあああー!」
「きゃっ、どうしたの!?」
一人でくよくよ悩んでも答えが出ない僕は頬を叩き、こうなればと秋星と面と向かって話そうとした時だった。
『ドタドタドタドタバタッー!!』
フローリングを豪快に走っている音が、こちらに近付いて来る。
段々と大きくなってくる足音は、途中から消え──、
『バイテンノトロピカルフルーツナシデソータイ、チョウクヤシー、ジャンプキィィィィークッッー!!』
必殺技を放った、元気な女の子の大声と共に──、
『バコオオオオォォォーン!!』
──大きな爆音を立てて、自室のドアが丁番ごと外れて、部屋の奥へと吹き飛ぶ。
「きゃっ、何なの。ゴホゴホ!?」
「なっ、これはなんの騒ぎだよ。ゴホゴホ、ゴフゥゥー!!」
僕と秋星がホコリまみれになった室内で咳き込んでいると、その元凶を起こした主が煙から現れ、ベッドの上に座っていた僕の顎に手を添える。
「これで禍々しい扉の封印を解き、シキノンに取り憑いていた悪い亡霊は退治した。だから、もう夜な夜な泣くこともないだろう」
「……その声は
「うむ。この夏に希望を与える、夏希さんの登場であーる」
ドアを吹き飛ばした黒いジャージを着た夏希が俺の顎を掴んだまま、ショートカットの青い髪を揺らす。
希望どころか、余計なことをしないでよね。
この家は僕の親父が買った、三十年ローンの家だよ。
親父の話では、定年まで支払いはじっくりあると話してたし……。
ちなみに秋星は、あまりの出来事に情報と整理が追いつかず、美少女なしからぬ、呆然した顔で天井をアポーと見つめていた。
「あのさあ、夏希ちょっといい?」
「何だ、我がネオ工作員に申してみよ、シキノン閣下」
夏希が立ち上がり、僕に敬礼するけど、何か根本的に、ランクの対応が間違えているよね。
そもそも閣下なんて言葉、どこから覚えてきた?
ネオって付け加えた台詞も必要なの?
「ドア、弁償してもらうから」
「あひいいいー!?」
「そんな文句の叫びみたいなアホ面をしても無駄だよ。こっちには防犯カメラもあるからね」
「ぐふううううー……」
夏希が床に両ひざを付けて頭を抱え、これは神様が用意した最悪なシナリオなのか、だったら豚さんの貯金箱を解放するしかないな……と理解に苦しむ内容をぼやく。
「ちょっとこれは何の騒ぎよ、キモオタ!!」
暑さのせいか、胸元を着崩した制服姿の美冬が喧騒を上げながら、今は無き扉の接続部分に触れる。
対象は扉であり、脈拍を計っているわけではない。
壊れた残骸を、冷静に分析をしてるような……。
「いやー、夏希が一発ドカーンとね」
「まあ、物に八つ当たりするのも分からないこともないわ。若い男女が一つ屋根の下、ストレスが溜まらない方がおかしいし」
一見ギャル系なイメージな美冬だけど、考え方が大人だよね。
そうだよ、向こうが勝手に突っ込んだんだから、否はこっちにはないよね。
「でも家具を壊すのは勝手だけど、修繕費は全部アンタ持ちよ」
「へっ?」
「当然でしょうが。アタシたちはお金に余裕がない現役の高校生なのよ。アタシらに払わせるとか外道だわ」
「でも僕も、お金持って……」
何で僕が、修理しないといけないんだよ。
協定を結んだわけでもなく、間接的にもノータッチだったよ。
「だったら身を挺して働きなさいな。アタシのオススメのお店があるから」
「シキノン、ファイトおおおー!」
嫌だな、何で妹なんかの支持で。
僕にも選ぶ権利があるはずだよね。
「……野郎なアンタに拒否する権利はないからねー!!」
うわっ、こんな非常事態な時まで、僕のひとりごとなんて聞かれたくもなかったよ。
はああ、僕が直さないとドア無しの部屋でプライベートもなしだし……ケチな親父に言うのもなんだしな。
しょうがない、頑張って働くしかないか。
どんな職場なんだろう。
美冬のコネだったら、問題なく面接は通ると思うけど、仕事内容にもよるよね……。