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第24話 なるべく周りに目立たないよう、周囲に溶け込んだ対応で……。

「いらっさいまっせー」

「違うよ、新人君」


 バイト初日を通り越して三日目。

 店内に響く僕の本日精一杯の気持ちを込めた挨拶。

 だけど慣れない場所で緊張し、思わず噛んでしまう。

 唯一、隣の店員に助けられたことが幸いし、自己嫌悪に落ちるまではならないけど……。


「ここはいらっしゃいませ。ご主人様ですか? だよ」

「いらっしゃいませ、ご主人……というか、そんなマニアックなお店じゃないよね?」


 例のメイドカフェみたいな教え方をする女の先輩は、ここでの接客作法の何たらがよく理解できてないみたい。


 ……というか僕、男の子だし、どのみち野郎は接客より、調理場に入るのが基本だ。

 男の子より、女の子は優しく扱ってるという店長の優しさに感謝したい。

 感謝、感激、雨つららだ。


「まあ、確かにね。でもお客様は可愛い後輩のサービスを期待しててね」

「いや、ハンバーガー店でそれはないよね?」


 そんな萌えを含めたサービスなんて契約書類には記載されてないよ。

 第一、お客様に料理を提供して、いちいちその料理に魔法の言葉をかけていたら、味どころか、男としての示しがつかない。


 こんなフリフリエプロン(妄想)を着けて、キモいワードを発するカマっちゃんな店、誰が来るかよと。

 腹が減っても二度目はないよって感じか。


 それでも懲りずに来るお客は何が目的なんだろうか、あっち系の趣向か、料理が美味しかったからかな?

 三度来ることは四度あるがごとしだよね。


「何よ、さっきから問題発言ばかりだよね。そんなに文句が言いたかったら店長に言ってよね」

「その店長さえも長期休暇で休みじゃないか。この店はそんなに儲かっているのかよ」


 僕はこの計画の関係者なら、お財布事情にも詳しそうな相手に嫌味なことをスパンと言い放つ。

 どんな仕事も真面目に取り組む性格上、楽して稼いで儲けようなんて、僕の心情が許せないのだ。


「それは心外ねえ。人間たまに休息をとらないと色々と参っちゃうわよ」

「参るって神社じゃあるまいし」


 大方、神棚に猫が好きな鰹節でもお供えしてるんだろうと思っていたが、基本飲食店はペット禁止だし、そもそも僕は誰に対して祈っているのだろう。


 祈っても神様は空から見てるだけで願いを叶えてくれない。

 それが叶った時こそ、神様の力じゃなくて、奇跡というものなんだから。


「それよりも他に接客がいないんだから、早く飲み物を運んでよ。お客様が待ってるんだから」

「あっ、はい……」


 引き止めたのは美冬みふゆの方だよね?

 でもまさか美冬が近所にあるハンバーガー店で、人目を避けるように厨房メインでバイトをしていたのは驚きだったけど。


 今まで、よく外野に知られなかったなあ。

 他の姉妹には内緒で教えておいて、末恐ろしい子だよ。


「何よ、アタシの顔色を伺っても手伝わないわよ。こっちも穴埋めの調理係で忙しいんだから」

「わっ、分かってるよ。そんなつもりじゃあ」


 いつもみたいに突っかかる美冬がこんなにも大人しかったら、それでこそ調子が狂う。

 バイト生として言葉に気を遣ってるのはいいけど、それなら普段、僕と喋る時も少しは言葉を選んでそうしてよ。


「何よ、アンタと話す時が素の対応なのよ。アタシの優しさに感謝してよね」

「アルバイトさながらだね」

「当然よ。お客様あってのお仕事だし、どこで誰が聞いているのか、分からないからね」


 自分良かれでも、アタシの身勝手な発言でお客様を逃してしまうだけじゃなく、そのお客様の知り合いなどに歪曲したうわさ話が広がることが、さらに怖いと身を震わす美冬。


 この町中にある別のハンバーガー店でもこのようなクレームがあり、SNSで炎上し、一度は倒産寸前まで追いつめられたこともあったからだ。

 そのせいか、今ではこのお店もお客様との対応に最新の注意をはらっている。


「さあさあ、早くドリンクを運んでよね。時間はお金じゃ買えないのよ」

「分かりました。美冬店長」

「フフッ。店長は一言余計だよ」


 美冬がドリンクバーから抽出したジュースをお盆に載せて手渡してくる。

 それを受け取り、僕は慎重の面持ちでオーダーを通した料理をテーブル席へと運ぶ。


「──お客様、お待たせしました。こちらご注文の品のアイスコーヒーとコーラ、ハンバーガー二つになります」

「ええ、ありがとう。コーラとハンバーガーの方は息子の方に置いてくれないかしら」

「はい、かしこまりました」


 丸テーブルに座っている二人の母と子。

 はて、何かお客様というより、どこかで会ったような?


 気のせいだろうか。

 僕はテーブルにハンバーガーを置きながらも、一瞬妙な既視感を感じた。


「母さん、俺、食欲なんてあまり……」

「何言ってるのよ。今日は色々と歩くんだし、しっかり食べておかないと体がもたないわよ」

「……そんなこと言われてもなあ」


 テーブル下で足を組んでいた茶髪の長い母親らしき人が、向かい側に座っているスポーツ刈りをした男の子の頭を赤子のように撫でる。


 ちょっと甘やかしている感はあるけど、まさに仲の良い親子の関係だね。


「よしてよ。俺ももう中学生なんだし、周りに人もいるからさ」

「いいえ、親の立場からしたら、子供なんていつまで経っても子供のままよ」


 分かるなあ、母親がずっと頭を撫で続けることが、思春期の子供にとっては恥ずかしいものなんだろうね。


 男の子は母親の手をはらって、今度はむしゃむしゃと目の前の食事に忙しくなる……。

 本能を満たすためとはいえ、自分で子供じゃないと言っておいて、この子は……。


「……まさにママだけにか」

「何なに、昔みたいに母さんのこと、ママって呼びたくなった?」

「そんなわけないだろ。もうあの時の俺とは違うんだ」

「ふーん。どう違うんだかw」


 ケタケタと可笑しそうに笑う母親。

 そこへ中年くらいな銀の短髪の冴えない男性が、大きく手を振りながらやって来る。


「いやあ、待たせたね。烈火れっかちゃん。ちょっと渋滞にハマっちゃってさ」

「いえいえ、そんなに待ってはいませんから」


 烈火と呼ばれた女性がよそよそしい態度で、少しずれた眼鏡をかけなおしている男性に返事をする。

 なるべく周りに目立たないよう、周囲に溶け込んだ対応で……。


賢司けんじ君もごめんね」

「いえ、俺も同様ですから」

「あははっ。ほんと興味がなければ愛想がない反応だな。子は親に似るもんだね」


 えっ、今なんて言った?

 何でこのハンバーガー店に行方が知れない賢司が堂々といるんだよ!?


 しかも賢司は中学生の設定だし。

 ああ、これが悪い夢なら早く覚めてほしいもんだよ……。

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