「──それで
「何だよ?」
「おじさんが喋る時くらいは、食べるのを止めてくれないかな」
「嫌だよ、腹減ってるんだから」
この美貌の母さんの白い柔肌に、俺の許可もなく触れるんだぞ。
その後を想像するだけでも不快になってくるな……いや、実に不快指数は90%を超えている。
「でも賢司、さっきはお腹減ってないって?」
「うぐっ!?」
母さんの余計な一言で息が止まる。
ご飯とは違い、汁気のないパンは喉に詰めやすい。
俺はまだご老体ではないが、予想外な突然の言葉にパニクっていたのは事実だ。
「どうしたの賢司、お水飲んで!!」
手元にあるコーラを取ろうとした俺の手に、水の入ったグラスを手渡す母さん。
そうだよな、冷静に考えたら、この喉に詰めた状況で炭酸は逆効果だよな。
俺は主婦によるテキパキとした動作に救われた思いで、一気にグラスの水を飲み干した。
「プハーッ、もう一杯!!」
「大丈夫、賢司?」
あのなあ、母さん。
大丈夫じゃなかったら、おかわりをせずに床下で倒れていただろう。
海外では水は有料だが、俺の水分不足の危険信号は有料どころじゃすまないぜ。
「それじゃあ、賢司君、落ち着いた所でおじさんの話を黙って聞いてもらえるかい?」
「嫌だ」
「賢司!」
俺は母さんのめずらしい叱りに反して、惨めな気持ちになり、ちっぽけな抵抗をしてみせる。
別にこんな態度で接し続け、母さんを独り占めしたいわけじゃない。
今まで女手一つで育ててくれた母さんには感謝すら感じてるし、この悪い虫がつくのが嫌だったからだ。
それに俺的には、どうも目の前の男を信用できない。
母さんよりか、年上の年齢で結婚もせず、おまけに定職にも就かずにギャンブルで遊び呆けているという、良からぬ噂を耳にしたからだ。
「もう、秋蘭おじさんが困ってるでしょ。ワガママもいい加減にしなさい」
「あっ、ごめん……」
母さんは、この男をどこまで受け入れるつもりなんだろう。
ただの男友達なのか、それとも恋人という関係になりたいのか、もしや新しい父親になって欲しいのか。
母さんの口から直接聞いたわけじゃないが、普段話している会話から、少なくとも、この秋蘭おじさんに好意を抱いてることは分かる。
そう急いで結婚しなくても、二人が結ばれるのは時間の問題だろう。
だけど俺はどうも納得が出来なくて……。
まだ親の支援がないと、生活できない中学生風情が何を語ってるんだろうな……。
「お客様、ご注文の品はお決まりでしょうか?」
「おっと、そうだったね」
前髪で瞳が隠れた新人の店員がオーダーを伺い、秋蘭おじさんはメニュー表を手にする。
俺とは初対面の店員のはずだが、オーダーを取るときも、高校生くらいの店員は時々ちらちらと俺の顔を見ていた。
まあ、この端正な女顔で同性が近寄ってくるのにも慣れっ子だが、心の底では理解し難い。
俺にとって、同性通しでの恋愛とかもってのほかだ。
「そうだね、アイスコーヒーを一つもらえるかな」
「はい、かしこまりました」
その店員がキッチンに入っていき、今度は厨房で作業をしていた女の子と何やら話している。
ただ分かることは女の子は可愛くて、調理場ではなく、フロアに回った方が店の評判が出るのではと思うくらいの美少女だった。
何か、身を隠してまで働く理由でもあるのか?
見た感じ女の子も高校生くらいだし、学校側がバイト禁止とか?
だったら働いている理由は親の理不尽な都合による生活苦か。
若いのに感心する。
まあ、俺は彼女より、年下だし、十分に若いが……。
「──じゃあ賢司君。今日のデートは大体、把握できたかい?」
「えっ?」
しまった、店員に夢中で聞いてなかった。
でも、聞き直すにも癪に触るし、上手いこと話を交わすことにするか。
それにどう足掻いても、今日の母さんとのデートは避けられそうにないし……。
「それでは行こうか。
「はい」
「じゃあ、今からデート開始だ。ここの食事代は僕が払うよ」
「ありがとうございます」
そんな秋蘭おじさんは俺が食事を終えたことを確認したのか、ゆっくりと席から立ち上がる。
秋蘭おじさんの位置に置かれたコーヒーグラスの中身は、いつの間にか空っぽだった──。
****
──その一方で、僕のサイドでは来店していた男の子の会話で持ちきりだった。
「えっと、だから賢司が来てるんだって!」
「あのねえ、アンタも大概にしなさいよ」
「だってさあ」
「何と言われようと、そんな人、知らないわよ」
だってこれまでいなかったと思わせて、何事もなく、ひょっこりと出てきたんだよ。
このまま記憶から、賢司が消えるなんて絶対に駄目だよ。
空想の舞台で他人扱いされるんじゃなく、実際の舞台で平然と現れているんだから。
「じゃあさ、顔だけでも見てよ。もしかすると思い出すかも」
「もう、この仕事が忙しいお昼の時間帯に……ねえ、そこの君、ちょっとこのアップルパイのオーダー頼める?」
美冬が他の店員に調理を頼み、キッチンから出てきて、テーブル席でハンバーガーをがっつく獣な? 賢司をジッと見定める。
「確かに文句なしにイケメンだけど、やっぱり見知らぬ顔ね。それにまだ右も左も分からないガキンチョだし」
そんなあ、ここは嘘でも知ってるってお茶目に返してくれよ。
冗談が通じない、お硬い
「……あのねえ、こんな状況で嘘なんかつけるわけないでしょうが」
「ヤベエ、早速、心を読まれたか」
「読むも何もアンタの口から出てたんだけどね……」
美冬から嫌味に近いひとりごとを聞かれて、何度この減らず口を閉じようとしたか。
自分が駄目すぎる自分で嫌になるよ……。
「くっ、耳年増め」
「それを言うなら地獄耳でしょ」
その後、向こう側から見られてることに気付いた僕は、男の子に必死の目配せエールを送るが反応がなく、美冬からむさいアンタじゃなく、可愛いアタシを見てるんじゃないと言われて、ガチで落ち込んだ。
ねえ、賢司、僕と君とはその場限りの友達じゃないよね。
例え、年齢層にギャップが生じても親友のままだよね?