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第26話 僕が消えても魂は残るから──。

「店長、ちょっといいですか」


 お昼過ぎ、フロア担当の僕は奥の調理場で忙しく作業をしている美冬みふゆに声をかけた。


「何、だから言ったじゃん、店長は休みだってば」


 ちなみに美冬は店長でも店長代理でもなく、普通のアルバイトである。

 店長よりも、手早くさばける仕事っぷりを見せつけられ、僕が勝手に尊敬の意を込めて呼んでいるだけだ。


「夏休みの課題活動をしてない僕に、ホモサピエンスの観察日誌をつけさせて下さい」

「はあ? そんなんいいからお客さんのオーダーを!」


 美冬が僕を急かすのも無理はない。

 今、キッチンは戦場となっていて、次々とカウンターに注文の伝票が置かれている。 

 少しでも気を抜くと、伝票の波に飲み込まれそうな緊迫した雰囲気だ。


「そのオーダーは店長に通すよ。僕は今から早退するから」

「はあ? どこ行くのよ。待ちなさいー!!」


 美冬が大きな中華鍋を振るいながら、僕を呼び止めようとしたけど、その程度で怯むチキンな僕じゃないよ。

 というかハンバーガー店で使用する、中華鍋とは一体?


****


「はあはあ……。どうやら見失ったようだね……」


 例の親子がレジで支払いをした後をこっそりと追いかけて、店を飛び出し、悟られないよう、十分な距離をとっていたけど、その姿が途中から途切れ、行方知らずとなっていた。


「──ねえ、どこまで行くつもりですか。動物園なら、とっくに過ぎたんですが?」

「おっかしいーなー、おじさん、初めての場所で迷ったかも」

「だったらどうして昼間から、こんな飲み屋街を歩いてるんですか?」


 ひょんなことから、後ろ側から話し声が聞こえてきて、僕は条件反射で振り向いた。

 ちょうど、銀の短髪の男がアラサーの女性を、飲みに誘っている様子だった。


 何だ、見失ったと焦っていたら、僕の身近に居たのか……。


麻里亜まりあ、君とは酔って話がしたいのさ」

「あのねえ、賢司けんじもいるでしょ。それに今の私の名前は烈火れっかですよー!!」

「まあまあ、そう堅いことを言わないでさ、賢司君にはオレンジジュースを飲ませて、のんびりと昔のことを語り合おうじゃないか。ハッハッハッ!!」


 くっ、さっきから見ていれば、とんでもない大人だな。

 そうそう、賢司の母さんって、真理亜とも言うんだったね。

 理由はどうあれ、僕の知らぬ間に、名前がコロコロ変わるんだから。

 まさにゲームの主人公プレイヤーみたいだよ。


「どうやら冷ややっこさん(やっこでは?)は重症みたいだね。シキノン」

「あれで本当に自称、愛を施す、お父さんだとか、信じ難いですね」

「ねえ、志貴野しきのくん、あの現場に殴り込みは必要?」

「ああ、僕としては、賢司の芽が青いうちにって……、おわっ!?」


 そう、料理に例えたら、フライドポテトを作る時、芽が付いたじゃがいもは取り除かないと毒になる。

 だから、すぐに切り取る算段だったんだけど……。


「何でここに君たちがいるんだよ!?」

「何でって、美冬にLINAで頼まれたんだよ。真面目なイメージの君が、勝手にバイト先を抜けるなんて、考えが普通じゃないって」

「要するに、監査役なのだ」


 それを言うなら、監視じゃないかな。

 ヤベエ、夏希のお馬鹿加減もここまでくると参っちゃうね。


「……夏希なつき、監査の意味、分かってる?」

「まあ、シキノンの経過観察ということだよね。感無量」

「はあー、脳天気なのは、相変わらずね」


 脳天気なのは夏希を含めて、君ら姉妹の方ではと、ツッコミを入れたくなる。


「そんなことより、ターゲットが動き出したみたい」

「じゃあ、行こうか。シキノン」

「じゃあ、じゃないよ!」


 僕だけならまだしも、四人で尾行なんかしたら一瞬でバレるでしょ。

 こんな怪しげなところにまで来て、どうしてくれるんだよ。

 僕は賢司たちに気づかれないように、無言の圧で三重咲みえさき姉妹を睨みつける。


「いやん♪」

「何もしてないでしょ!!」


 春子はるここと、ハルが顔を両手で塞いでクネクネと踊り出す。

 中学生とは思えない、そのセクシーな腰のくねり、もうフラガール目指したらどうかな。


「いや、その鋭い目つきは黙って脱げよな、カワイコちゃんみたいな感じだよ」

「なるほど。秋星あきほお姉、勉強になりやす」

「違うでしょ!!」


 いつから僕は、そんな変質者になったのさ。

 まあ、踊りに心を奪われたのは事実だけど、純粋に踊りに魅入っただけで、怪しい者ではない……と心から信じたい。


「そんなことより、賢司くんたちがいなくなったよ」

「くっ、早くもドロロンと消えたか」

「誰のせいだよ!!」


 僕は完全にキレて、姉妹たちに怒りの声をぶつけていた。

 だけど姉妹は何ともない素振り。

 年長者の僕もなめられたものだよ。


「お兄ちゃん、この繁華街じゃあ、愛の巣に行ったっぽいよ」

「でも賢司がいるから、そんな場所には?」

「あれれ、志貴野くん知らないの。最近の愛を囁く場所では、託児所も完備してるんだよ」

「シキノンおくれてるぅーw」


 夏希が何もかも分かったかのように、悪戯げにニタリと笑う。


「賢司は中学生なのにか!!」

「はうっ、イタイイタイ!?」


 そんな天然娘に『おくれてるのはお前の頭か』と無言の悟りにて、グリグリ攻撃でお返しをする。


 はあ、こんなコソコソするよりも、やっぱり賢司に直接会って話をした方がいいよね。

 僕は覚悟を決めて、ピンクのネオン街を突き進む。


「──なあ、あんたら、俺らをつけて、何がやりたいんだ?」

「なっ!?」


 だが、曲がり角を抜けた途端、逆に鉢合わせになり、賢司グループ三人組に囲まれてしまう。


「ねえ、何が目的か知らないけど、時と場合によっては、警察に通報するよ?」

「そいつかい。賢司君が言ってた、怪しい奴らって?」


 おじさんが口にくわえた煙草を一服しながら、僕の顔を覗き込む。

 ツーンとくる煙の刺激臭につられて、思わず咳き込みそうになる。


「まだ、お尻に殻が付いた子供じゃない。とても悪さをするようには見えないわよ?」

「いや、母さん。この男からは危険な香りがするよ。まるで俺のことを知ってるかのように」


 さっきから賢司は、僕を敵とみなしているのか。

 違うよ、僕は唯一の理解者であり、君のことを親友だと思っている……その想いを言葉にするんだけど……。


「賢司、ちょっと待ってよ。何かの間違いでしょ?」

「初対面で、何で俺の名前を知ってるんだよ!」

「ゴフッ!?」


 その答え方が悪かったらしく、不機嫌な賢司のボディブローがお腹に当たり、苦痛で脂汗を垂らした僕は、そのまま両ひざをついて、しゃがみ込む。


「賢司君、何だか分からないけど、君の言いたいことは理解できるよ」

「フフフッ。要するに邪魔者は消せでしょ?」


 二人の大人たちも突然含み笑いをし、さっきから何か様子がおかしい。


「あなた、他所の人間のようね。スパイか、それとも浮気調査かしら?」


 その賢司の母さんの手には、黒く輝く筒のような物が握られてる。


 それから発砲されて気付いた。

 僕は拳銃のような物で、右肩を撃たれたのだと。


「……ぐああああっ!?」


 痛い。

 歯医者さんで、虫歯を治療するような痛みじゃすまない。

 あまりの痛みに、体中の神経をもっていかれそうだ。


「志貴野くんー!?」

「シキノン!?」

「お兄ちゃん!?」


 秋星たちが心配して、僕の安否を気遣ってくれる。


 やっぱ姉妹だけあって、優しいな。

 彼女たちとは血縁関係はないけど、これが兄妹愛というものかな。


「もっ、もう立たないでいいから……」

「いや、秋星。僕は……何があっても逃げないから……」

「だったら、この場で消えな!」


 賢司の母さんが銃口を僕の額に付ける。

 気のせいか、先端から生温い液体が溢れたような気が……僕自身の血液なのかな。


「志貴野くんっー!?」


 ああ、秋星、そんな表情しないでよ。

 僕が消えても魂は残るから──。

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