「店長、ちょっといいですか」
お昼過ぎ、フロア担当の僕は奥の調理場で忙しく作業をしている
「何、だから言ったじゃん、店長は休みだってば」
ちなみに美冬は店長でも店長代理でもなく、普通のアルバイトである。
店長よりも、手早く
「夏休みの課題活動をしてない僕に、ホモサピエンスの観察日誌をつけさせて下さい」
「はあ? そんなんいいからお客さんのオーダーを!」
美冬が僕を急かすのも無理はない。
今、キッチンは戦場となっていて、次々とカウンターに注文の伝票が置かれている。
少しでも気を抜くと、伝票の波に飲み込まれそうな緊迫した雰囲気だ。
「そのオーダーは店長に通すよ。僕は今から早退するから」
「はあ? どこ行くのよ。待ちなさいー!!」
美冬が大きな中華鍋を振るいながら、僕を呼び止めようとしたけど、その程度で怯むチキンな僕じゃないよ。
というかハンバーガー店で使用する、中華鍋とは一体?
****
「はあはあ……。どうやら見失ったようだね……」
例の親子がレジで支払いをした後をこっそりと追いかけて、店を飛び出し、悟られないよう、十分な距離をとっていたけど、その姿が途中から途切れ、行方知らずとなっていた。
「──ねえ、どこまで行くつもりですか。動物園なら、とっくに過ぎたんですが?」
「おっかしいーなー、おじさん、初めての場所で迷ったかも」
「だったらどうして昼間から、こんな飲み屋街を歩いてるんですか?」
ひょんなことから、後ろ側から話し声が聞こえてきて、僕は条件反射で振り向いた。
ちょうど、銀の短髪の男がアラサーの女性を、飲みに誘っている様子だった。
何だ、見失ったと焦っていたら、僕の身近に居たのか……。
「
「あのねえ、
「まあまあ、そう堅いことを言わないでさ、賢司君にはオレンジジュースを飲ませて、のんびりと昔のことを語り合おうじゃないか。ハッハッハッ!!」
くっ、さっきから見ていれば、とんでもない大人だな。
そうそう、賢司の母さんって、真理亜とも言うんだったね。
理由はどうあれ、僕の知らぬ間に、名前がコロコロ変わるんだから。
まさにゲームの
「どうやら冷ややっこさん(やっこでは?)は重症みたいだね。シキノン」
「あれで本当に自称、愛を施す、お父さんだとか、信じ難いですね」
「ねえ、
「ああ、僕としては、賢司の芽が青いうちにって……、おわっ!?」
そう、料理に例えたら、フライドポテトを作る時、芽が付いたじゃがいもは取り除かないと毒になる。
だから、すぐに切り取る算段だったんだけど……。
「何でここに君たちがいるんだよ!?」
「何でって、美冬にLINAで頼まれたんだよ。真面目なイメージの君が、勝手にバイト先を抜けるなんて、考えが普通じゃないって」
「要するに、監査役なのだ」
それを言うなら、監視じゃないかな。
ヤベエ、夏希のお馬鹿加減もここまでくると参っちゃうね。
「……
「まあ、シキノンの経過観察ということだよね。感無量」
「はあー、脳天気なのは、相変わらずね」
脳天気なのは夏希を含めて、君ら姉妹の方ではと、ツッコミを入れたくなる。
「そんなことより、ターゲットが動き出したみたい」
「じゃあ、行こうか。シキノン」
「じゃあ、じゃないよ!」
僕だけならまだしも、四人で尾行なんかしたら一瞬でバレるでしょ。
こんな怪しげなところにまで来て、どうしてくれるんだよ。
僕は賢司たちに気づかれないように、無言の圧で
「いやん♪」
「何もしてないでしょ!!」
中学生とは思えない、そのセクシーな腰のくねり、もうフラガール目指したらどうかな。
「いや、その鋭い目つきは黙って脱げよな、カワイコちゃんみたいな感じだよ」
「なるほど。
「違うでしょ!!」
いつから僕は、そんな変質者になったのさ。
まあ、踊りに心を奪われたのは事実だけど、純粋に踊りに魅入っただけで、怪しい者ではない……と心から信じたい。
「そんなことより、賢司くんたちがいなくなったよ」
「くっ、早くもドロロンと消えたか」
「誰のせいだよ!!」
僕は完全にキレて、姉妹たちに怒りの声をぶつけていた。
だけど姉妹は何ともない素振り。
年長者の僕もなめられたものだよ。
「お兄ちゃん、この繁華街じゃあ、愛の巣に行ったっぽいよ」
「でも賢司がいるから、そんな場所には?」
「あれれ、志貴野くん知らないの。最近の愛を囁く場所では、託児所も完備してるんだよ」
「シキノンおくれてるぅーw」
夏希が何もかも分かったかのように、悪戯げにニタリと笑う。
「賢司は中学生なのにか!!」
「はうっ、イタイイタイ!?」
そんな天然娘に『おくれてるのはお前の頭か』と無言の悟りにて、グリグリ攻撃でお返しをする。
はあ、こんなコソコソするよりも、やっぱり賢司に直接会って話をした方がいいよね。
僕は覚悟を決めて、ピンクのネオン街を突き進む。
「──なあ、あんたら、俺らをつけて、何がやりたいんだ?」
「なっ!?」
だが、曲がり角を抜けた途端、逆に鉢合わせになり、賢司グループ三人組に囲まれてしまう。
「ねえ、何が目的か知らないけど、時と場合によっては、警察に通報するよ?」
「そいつかい。賢司君が言ってた、怪しい奴らって?」
おじさんが口にくわえた煙草を一服しながら、僕の顔を覗き込む。
ツーンとくる煙の刺激臭につられて、思わず咳き込みそうになる。
「まだ、お尻に殻が付いた子供じゃない。とても悪さをするようには見えないわよ?」
「いや、母さん。この男からは危険な香りがするよ。まるで俺のことを知ってるかのように」
さっきから賢司は、僕を敵とみなしているのか。
違うよ、僕は唯一の理解者であり、君のことを親友だと思っている……その想いを言葉にするんだけど……。
「賢司、ちょっと待ってよ。何かの間違いでしょ?」
「初対面で、何で俺の名前を知ってるんだよ!」
「ゴフッ!?」
その答え方が悪かったらしく、不機嫌な賢司のボディブローがお腹に当たり、苦痛で脂汗を垂らした僕は、そのまま両ひざをついて、しゃがみ込む。
「賢司君、何だか分からないけど、君の言いたいことは理解できるよ」
「フフフッ。要するに邪魔者は消せでしょ?」
二人の大人たちも突然含み笑いをし、さっきから何か様子がおかしい。
「あなた、他所の人間のようね。スパイか、それとも浮気調査かしら?」
その賢司の母さんの手には、黒く輝く筒のような物が握られてる。
それから発砲されて気付いた。
僕は拳銃のような物で、右肩を撃たれたのだと。
「……ぐああああっ!?」
痛い。
歯医者さんで、虫歯を治療するような痛みじゃすまない。
あまりの痛みに、体中の神経をもっていかれそうだ。
「志貴野くんー!?」
「シキノン!?」
「お兄ちゃん!?」
秋星たちが心配して、僕の安否を気遣ってくれる。
やっぱ姉妹だけあって、優しいな。
彼女たちとは血縁関係はないけど、これが兄妹愛というものかな。
「もっ、もう立たないでいいから……」
「いや、秋星。僕は……何があっても逃げないから……」
「だったら、この場で消えな!」
賢司の母さんが銃口を僕の額に付ける。
気のせいか、先端から生温い液体が溢れたような気が……僕自身の血液なのかな。
「志貴野くんっー!?」
ああ、秋星、そんな表情しないでよ。
僕が消えても魂は残るから──。