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「──はっ!?」
ふと、顔に当たる、柔らかい弾力の衝撃で、目がぱっちりと覚めた。
意識はしっかりとあり、足先にあるこの感触は枕かな。
だとしたら僕って、
「……あっ、起こしちゃったね。ごめん」
ヤベエ、あの柔らかな感触は凹凸物が擦れたのが、理由だったのか、眼福じゃな
い……。
ああ、こんな想像をする僕は最低で愚かな人間だね。
目の前で懸命に介抱してくれた女子がいるのに、至らないことは考えるな。
「……僕は生きているのか?」
いつもの癖で、思わず心の言葉を声に出してしまう。
もし生きてなかったら、こんな飾りっけのない自室で寝てるはずないよね。
「生きてるも何も、あんな玩具なんかで死にはしないわよ」
「
バイトの制服姿な美冬が、困ったように肩をすくめて、大きなため息を吐き出した。
サイドテールの銀髪や、馴染みのある服装は所々が乱れていて、急いでここに駆けつけたのかな。
「あのねえ、アタシたちはアンタの兄妹なのよ。倒れましたが原因で、面倒を見きれずにさようならじゃないのよ」
「そうそう、シキノンは黙って、寝ていればいいのだ」
「うんうん、
険しい顔をしていた夏希も
「そうか、それで僕は倒れたのか」
「風邪を馬鹿にしたらいけないよ。こじらせたら万病のもとだし」
何か色々と迷惑をかけたようだね。
僕は拳を固く握って後悔する。
「ねえ、お兄ちゃん、お腹空いてるでしょ」
「確かに昨日の昼から、何も口にしてないな」
「だったらハルが何か作ってあげるね」
「いこっ、美冬お姉ちゃん」
「はいはい、分かったわよ」
春子こと、ハルが美冬もついでに連れていく。
……と見せかけて、実のところは料理に不慣れなハルが、ベテランの美冬に色々と教わりながら、メニューを作るのだろう。
あるいは美冬を隣に座らせ、作った料理を毒味させるのか、それとも姉妹で一番優しい美冬? を気遣っての行為かな。
子供って、あっという間に成長するんだね。
偉そうなことを考える僕も子供だけど……。
「いい? アンタはここで大人しく寝てるのよ。勝手に抜け出して、また人騒がせみたいなことしたら、承知しないんだからね!」
「うん」
「じゃあ待ってて。美味しい卵粥を作ってあげるから」
「うん、ありがとう」
美冬が優しい笑みを浮かべながら、小さな肩を震わすハルの背中をゆっくりとさすって、部屋を出ていく。
ハルのことだから、あの分じゃ強がってるフリをして泣いてたな。
「何だか美冬、少し態度が変わったよね。刺々しさが無くなったというか」
「そうかな、美冬はいつもああだよ。私たちの前では志貴野くんのこと、頼れる兄貴だって言ってたし」
「そうそう。美冬お姉は言葉はキツイけど、根は優しいのだ」
何だよ、僕の早とちり。
てっきり美冬はツンデレとばかりと、ヒイて距離を置いていたのが情けない。
美冬は口は悪いけど、何かと気にかけてくれたじゃんか。
全ては勘違いから始まり、僕の思い込みが勝手に一人歩きしていたのか。
「それよりも
「うーん、一言お詫びをして、帰っちゃったよ」
「詫びも何も銃を所持していただろ、銃刀法違反で逮捕じゃあ!?」
「志貴野くん、落ち着いて」
秋星が飛び起きようとする僕の体を、両手で押さえ込む。
そうだよ、僕は賢司の母さんから、銃を当てられて、生死をさまよって!
「現に僕は肩を撃たれて!!」
「だから落ち着いて。あれはただの水鉄砲だよ」
こんな時に何の冗談を?
あの銃声と耐え難い痛みは、今でも忘れないよ。
「水鉄砲ならあんなに痛いわけないだろ。出血もしていたし」
「シキノン、あれはトマトジュースだったのだ」
夏希も秋星と並んで、ふざけたことを。
僕の開いた傷を少しでも癒やそうとしてるのか。
だったら逆効果だよ。
僕は優しい嘘より、残酷な真実の方を受け入れる派だからね。
「だから志貴野くん、落ち着いて」
「私の話を黙って聞いて……」
──秋星の口から語られた真実。
それはあの賢司のおじさんが、人の心理を揺り動かす催眠術の使い手であること。
水鉄砲を拳銃と思わせて、口笛により、発砲音を誤魔化し、騒ぎを大事にしないよう、何ごともなかったように強制的に眠らせる。
拳銃の発砲音で、野次馬が来なかったことも納得できる。
何せ、術にかかっていない部外者には普通の口笛なんだから……。
「──そういえば、撃たれたはずの傷口もないね。催眠術って……そんな信じがたいことが起きていたなんて……」
「うん。私たちも志貴野くんを送ってくれた車内で、向こうから説明されて知ったんだから」
「シキノン、起きてしまった自分を恥じるな。夏希もまんまと騙されましたぜ」
しかし、催眠術ってTVではやらせの真似事と思ってたけど、こうも簡単に人の心を操れるとは。
過去の世界大戦で追い詰められた軍が、兵士に使用していた理由も、こうして体験することで、何となく分かったような気がする。
「どうやら賢司くんのお父さんになるあの人は、世界一の催眠術師になるために、この町に来たらしいけど……」
「その詳しい意図が読めないわけだね……」
無言で頷く秋星を見ながら、僕は思った。
もしかして賢司は術によって、編み出されたものであり、高校生の姿は借り物だったのかと。
だとすれば賢司が急に失踪したのも、中学生の賢司が前触れもなく、現れたのも単なる偶然じゃなくて……。
「ううっ、こうして考えてみると、頭が痛い……」
「大丈夫? 今はゆっくりと体を休めようよ」
そう焦るなよ、相手は家に帰っただけで、地球上から水蒸気のように、こつ然と消えたわけじゃないんだ。
夏場とはいえ、水鉄砲でのトマトジュースでびしょ濡れになって、風邪をひいたんだ。
秋星の言う通り、今は治療に専念して、とっとと治さないとね。