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第27話 高校生の姿は借り物だったのかと

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「──はっ!?」


 ふと、顔に当たる、柔らかい弾力の衝撃で、目がぱっちりと覚めた。

 意識はしっかりとあり、足先にあるこの感触は枕かな。

 だとしたら僕って、余程よほど、寝相が悪いんだね。


「……あっ、起こしちゃったね。ごめん」


 秋星あきほが、僕の額に冷たい濡れタオルをのせてから、ゆっくりと体を戻す。

 ヤベエ、あの柔らかな感触は凹凸物が擦れたのが、理由だったのか、眼福じゃな

い……。


 ああ、こんな想像をする僕は最低で愚かな人間だね。

 目の前で懸命に介抱してくれた女子がいるのに、至らないことは考えるな。


「……僕は生きているのか?」


 いつもの癖で、思わず心の言葉を声に出してしまう。 

 もし生きてなかったら、こんな飾りっけのない自室で寝てるはずないよね。


「生きてるも何も、あんな玩具なんかで死にはしないわよ」

美冬みふゆ、どうしてここに?」


 バイトの制服姿な美冬が、困ったように肩をすくめて、大きなため息を吐き出した。

 サイドテールの銀髪や、馴染みのある服装は所々が乱れていて、急いでここに駆けつけたのかな。


「あのねえ、アタシたちはアンタの兄妹なのよ。倒れましたが原因で、面倒を見きれずにさようならじゃないのよ」

「そうそう、シキノンは黙って、寝ていればいいのだ」

「うんうん、夏希なつきお姉ちゃんの言う通り。病人なんですから大人しくね、お兄ちゃん」


 険しい顔をしていた夏希も春子はるこも、ベッドで寝ている僕の手を取りながら、安心しきった顔つきになる。


「そうか、それで僕は倒れたのか」

「風邪を馬鹿にしたらいけないよ。こじらせたら万病のもとだし」


 何か色々と迷惑をかけたようだね。

 僕は拳を固く握って後悔する。

 三重咲みえさき姉妹の言うことも聞かずに、早まって行動した過ちに……。


「ねえ、お兄ちゃん、お腹空いてるでしょ」

「確かに昨日の昼から、何も口にしてないな」

「だったらハルが何か作ってあげるね」


「いこっ、美冬お姉ちゃん」

「はいはい、分かったわよ」


 春子こと、ハルが美冬もついでに連れていく。

 ……と見せかけて、実のところは料理に不慣れなハルが、ベテランの美冬に色々と教わりながら、メニューを作るのだろう。

 あるいは美冬を隣に座らせ、作った料理を毒味させるのか、それとも姉妹で一番優しい美冬? を気遣っての行為かな。


 子供って、あっという間に成長するんだね。

 偉そうなことを考える僕も子供だけど……。


「いい? アンタはここで大人しく寝てるのよ。勝手に抜け出して、また人騒がせみたいなことしたら、承知しないんだからね!」

「うん」

「じゃあ待ってて。美味しい卵粥を作ってあげるから」

「うん、ありがとう」


 美冬が優しい笑みを浮かべながら、小さな肩を震わすハルの背中をゆっくりとさすって、部屋を出ていく。

 ハルのことだから、あの分じゃ強がってるフリをして泣いてたな。


「何だか美冬、少し態度が変わったよね。刺々しさが無くなったというか」

「そうかな、美冬はいつもああだよ。私たちの前では志貴野くんのこと、頼れる兄貴だって言ってたし」

「そうそう。美冬お姉は言葉はキツイけど、根は優しいのだ」


 何だよ、僕の早とちり。

 てっきり美冬はツンデレとばかりと、ヒイて距離を置いていたのが情けない。

 美冬は口は悪いけど、何かと気にかけてくれたじゃんか。


 全ては勘違いから始まり、僕の思い込みが勝手に一人歩きしていたのか。


「それよりも賢司けんじたちは?」

「うーん、一言お詫びをして、帰っちゃったよ」

「詫びも何も銃を所持していただろ、銃刀法違反で逮捕じゃあ!?」

「志貴野くん、落ち着いて」


 秋星が飛び起きようとする僕の体を、両手で押さえ込む。

 そうだよ、僕は賢司の母さんから、銃を当てられて、生死をさまよって!


「現に僕は肩を撃たれて!!」

「だから落ち着いて。あれはただの水鉄砲だよ」


 こんな時に何の冗談を?

 あの銃声と耐え難い痛みは、今でも忘れないよ。


「水鉄砲ならあんなに痛いわけないだろ。出血もしていたし」

「シキノン、あれはトマトジュースだったのだ」


 夏希も秋星と並んで、ふざけたことを。

 僕の開いた傷を少しでも癒やそうとしてるのか。


 だったら逆効果だよ。

 僕は優しい嘘より、残酷な真実の方を受け入れる派だからね。


「だから志貴野くん、落ち着いて」


「私の話を黙って聞いて……」


 ──秋星の口から語られた真実。


 それはあの賢司のおじさんが、人の心理を揺り動かす催眠術の使い手であること。 


 水鉄砲を拳銃と思わせて、口笛により、発砲音を誤魔化し、騒ぎを大事にしないよう、何ごともなかったように強制的に眠らせる。


 拳銃の発砲音で、野次馬が来なかったことも納得できる。

 何せ、術にかかっていない部外者には普通の口笛なんだから……。 


「──そういえば、撃たれたはずの傷口もないね。催眠術って……そんな信じがたいことが起きていたなんて……」

「うん。私たちも志貴野くんを送ってくれた車内で、向こうから説明されて知ったんだから」

「シキノン、起きてしまった自分を恥じるな。夏希もまんまと騙されましたぜ」


 しかし、催眠術ってTVではやらせの真似事と思ってたけど、こうも簡単に人の心を操れるとは。

 過去の世界大戦で追い詰められた軍が、兵士に使用していた理由も、こうして体験することで、何となく分かったような気がする。


「どうやら賢司くんのお父さんになるあの人は、世界一の催眠術師になるために、この町に来たらしいけど……」

「その詳しい意図が読めないわけだね……」


 無言で頷く秋星を見ながら、僕は思った。

 もしかして賢司は術によって、編み出されたものであり、高校生の姿は借り物だったのかと。


 だとすれば賢司が急に失踪したのも、中学生の賢司が前触れもなく、現れたのも単なる偶然じゃなくて……。


「ううっ、こうして考えてみると、頭が痛い……」

「大丈夫? 今はゆっくりと体を休めようよ」


 そう焦るなよ、相手は家に帰っただけで、地球上から水蒸気のように、こつ然と消えたわけじゃないんだ。


 夏場とはいえ、水鉄砲でのトマトジュースでびしょ濡れになって、風邪をひいたんだ。

 秋星の言う通り、今は治療に専念して、とっとと治さないとね。

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