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──昔、むかし、ある深き森で、女の子三人が虐めていた子供の熊を見かけ、どうにかして助けることを決めた女の子がいました。
女の子たちは相手が熊と対等に、いやそれ以上にできる同性相手であり、なおさら三人組という複数形に、まともに戦っても勝てる見込みはないと感じて、自宅の納屋で眠っている禁断の武器を呼び覚まそうと、やる気満々でした。
「──早く帰って、あの子を解放しなくちゃ」
サビや風化が目立ち、年季が入ったトタンの納屋には武器らしきものはまるでなかったのですが、女の子は熊が元々は人間の子供だったことを知り、身を持って女の子たちに制裁しようと、足元にあった蜂蜜が入った木樽を手にして、複数形に立ち向かうことにしました。
「──さあ、お三人さん、悪行もそこまでです。その汚れきった手を離しなさい」
「なっ、あなた、何様のつもり!」
「人様」
「それは言わなくても分かるって」
──自分はどんな理由であれ、弱い者いじめをする相手が嫌いだった。
例え、殴る蹴るなどの暴力を奮ってなくても、罵る言葉は凶器にもなる。
虐める側が良かれと思っていても、相手にとっては、胸を締め付けられる行為でもある。
受け止める相手の心が繊細であるほど、それは傷となり、永遠に癒えない心の傷にも繋がる。
それが世間で問題となっているトラウマという、根本的な治療薬がない心の病気。
自分はそんな被害者を救うべく、こうして定期的に町の見回りをしていたのだ。
「──どうしてその熊を虐めるの?」
「だって、この熊、失礼なんだよ。アタシたちが丹精込めて育てたヒマワリ畑を踏み倒してさ」
「ちゃんと飼育小屋で育てないからよ」
「ええ、だからこの森に来たのですけど」
「それ逃がす前提じゃないの?」
女の子たちは子熊に首輪も着けてなく、野放しにされている様子から、またしも保護費と処分費用が必要か……と頭を抱えていました。
でも相手も同じ血が流れてる人間。
話によっては、考えを改める可能性だってあるかも。
動物保護団体の見習いでもある自分は、木樽を足先に静かに下ろし、上手いように話を進めることにしました。
「ねえ、どの道、逃がすのなら、早くその子を解放させて。その子も困ってるでしょ」
「あー、もううるさいなあ。当然のように割って入ってきたと思えば、さっきからアタシらにツッコミばかり。そんなに文句があるなら、麓にあるカフェでお茶でもしながら、ゆっくりこの件について、話しでもしない?」
「ふーん。立ち話も何だからという、決まり文句だね。悪くない話だよ」
気の強そうな銀髪の女の子が前に出てきて、自分に交渉を求めてきた。
どうやらこの女の子が、三人の中でのリーダー的な位置づけらしい。
「じゃあ、行こうか。アンタたちも」
「はい。いざ、アカサカファミコンカフェ二号店へ!」
こうして自分たちは、数々の面白いゲームが眠る約束の地へと、足早に戻ることにしました。
暗くなると、ここは迷いの森と成り果て、二度と日の光を浴びれない肉体になるからです……。
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「──ちょっと待ったー!」
「その紙芝居、設定が無茶苦茶なんだけど!?」
白い壁で仕切られ、休憩室の灰色の絨毯が敷かれた床で、あぐらをかいて紙芝居に見入ってた僕は現実に戻って、思っていた不満をぶつける。
「何だ、シキノンはクマゼミ派なのかあ」
「えっ? この物語の子熊役は僕からなの?」
「うむ。姉妹の間でシキノンは可愛い弟系のイメージが濃く、紙芝居の設定としては上玉かと」
「もう、僕無しで、勝手に設定を盛り込まないでよ」
もしも僕をセミにしていたら今頃、この店内でワンワン鳴いて、
僕は人間としての情けも捨てて、それくらいマジで怒っていたのだ。
「すまぬ。ゲームの発売日が迫ってきてるので、ネタバレになることはなるべく抑えようと」
「勝手に同人ゲームにもしないでよ!!」
「だって面白そうじゃん」
「
「姉妹揃って共犯かよー!!」
夏希がスケッチブックの紙芝居を閉じて、心からの想いに胸を膨らます。
やっぱりこの
「きゃあああー!
「
「頼んだわよ、夏希」
「ハイハイサー!」
夏希が両拳をガツンと合わせて、腰を低くして戦闘モードの体勢となる。
だったらこっちも臨戦態勢だと、何か武器をとポケットに手を伸ばしたけど……砂消しゴムが何の役に立つんだよ!?
「……あのさあ」
「他のお客さんの迷惑になるから、店内で騒がないでもらえるかい?」
「あっ、誠にすみません……って」
背中から男の店員の声がし、思わずたじろぎながら後ろを振り返る。
そこには懐かしの親友が綺麗な水の入った青いポリバケツを置き、モップを片手に迷惑そうに立っていた。
その様子から、これからこの休憩室を掃除するようだ。
「けっ、
「おう、泣く子も黙るイケメン賢司様と言えば、この俺様のことよ!」
薄暗い蛍光灯でもハッキリと目立つ金髪のロン毛で、僕よりか大きめの体格は、僕にも馴染みがある、高校生の賢司で間違いなかった。
僕の隣にいた三重咲姉妹達も何かの電撃が一瞬走った表情となり、ハッとなって賢司に自然体な挨拶を交わす。
「ぶ、無事で良かったよおおお……」
「おいおい、大の男が泣くなよ。みっともないじゃねえか」
「賢司が消えたと知って、僕はあああ……」
「ふう。こりゃ重症だな。一体、志貴野に何があったんだ?」
賢司はひきつった顔で、僕という粘り気のあるハグを剥がしつつ、
「ええ、賢司さん。驚かないで、ハルの話を聞いて下さい」
「おう、どーんと来いや」
賢司は『時間がないから、手短にな……』と言いながら、絨毯がない箇所の床に水で濡らしたモップをかけ始める。
「実はハル達はもう一人の賢司さんとお会いしたのですよ」
「……」
もう何を言っても驚かないのか。
現実ではお目にかかれないハルの話を、無心で聞いている賢司だった……。