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第30話 そのエセ催眠術師を捕らえて、色々と質問攻めにしたい気分だった

「──へえー、それで俺が無き者にされてるわけか」

「別にハルが話しても、驚かないんですね」

「まあな。俺が中学の時は片親だったことは事実だし、話の内容も的を外れてないしな」


 姉妹の中でも、比較的マトモな春子はるこが全ての真実を告げても、顔色をピクリとも変えず、熱心に与えられた任務である床掃除をする賢司けんじ

 まるで、そのモップに感情さえも吸い取られ、目の前の賢司は魂を抜かれた人形なのかと……。


「それにまるで、俺の過去に行ってきたような異世界ファンタジーのような口振りだし」

「ああ、今の僕なら、中学時代の賢司のことが手に取るように分かるよ」

「だからって、俺はフルーツ狩りに挑む、食いしん坊小僧じゃないぜ」


 そう、僕らはタイムリープをしたような体験をしてきたんだ。

 お一人様、一台の大型トラックにひかれ、天国に命を預けられた超特急じゃなく、超常現象と思えるほどに……。


「でもな、一つだけ誤解があるから、言っておくぜ」


 話に集中したいのか、一旦モップがけを中断し、棚のわきにある花瓶の水を変えながら、真面目に答えを返す賢司。

 夏に相応しいヒマワリの切り花が、僕らのひと夏の想い出を塗り替えようとしていた。


「俺の母さんは、催眠術を操る相手とは付き合ってない。記憶は鮮明だけど、そこの部分だけ狂ってるぜ」


 テキパキと作業をしながら、僕らの言葉を否定する賢司。

 表情は真剣でとてもじゃないけど、いつもの冗談を話してる顔には見えないね。


「じゃあ、ハル達の記憶からして、術師によって、記憶が書き換えられたのは真っ赤な嘘なのですか?」

「あのなあ、そんな冷酷でサディストな催眠術師が実在して、この世界に居たら、軍に見透かされ、冷戦に駆り出されるのがオチだぜ」


 第二次世界大戦を終えても、アメリコが軍事力を強化して守っていた日本を除いた、海外では文字通り、冷たい戦争が相次いでいた。

 核と兵器が行き来する中、お金がかからなく、どんな人間でもやすやすと命令を下せる術師ほど使いやすいコマはいない。


「賢司、君は本当に賢司なの? 賢司の殻を被ったケンジホタルモドキとかじゃないよね?」

「お前なあ、こんな雰囲気でホタルうんぬんより、そういうジョークは鏡の前だけにしとけ」

「僕はナルな珍発見じゃないけど」

「いや、十分にナルシストだろ」


 合わせ鏡の前でいちいち決めポーズをしながら、両わきを締めてエア竹刀を握り、『僕ってイケメンでいけてるメェーンドウコテコテ』と術に溺れたヤギのように、小言を言って、竹刀を振るっていれば、それこそ一大事だよ。


 ヤギは紙を食べるけど、新聞神を食べる産物ではないから。


 おーい、創造主を食べたらヤベエよ。

 チリ紙と交換な新聞紙の聞き間違いじゃないの?


「いいか、志貴野しきの、心して聞け」

「何さ?」

「お前の喋ってることはおかしい。この世界にはない力の持ち主かもな」


 そんな特殊能力者だったら、高校なんて中退して、yout○beで荒稼ぎするよ。

 お金がない学生にとっては、貴重な収入源になるからね。


「お前は被害妄想という、精神疾患の疑いがある。俺の知り合いの心療内科をオススメするからさ、そこをあたってくれ」

「それだと、僕が異常者みたいじゃんか」

「だってさ、水鉄砲を拳銃とか、血液に見せたトマトジュースとか、発想が普通じゃないだろ?」

「だったら何で、三重咲みえさき姉妹にまで、この情報が広がってるのさ?」

「大方、感染したんだろ」


 いや、風邪のウィルスじゃあるまいし、感染とかおかしいでしょ。

 賢司の頭の方がおかしいよと、呟きたくなるよ。


「ほおほお。俺の方がおかしいと言い出す始末か」

「ごめん、思わず心の声が……」

「いいって。人間正直なのが一番さ。言いたいことはハッキリと言わないとな」


 告白にしろ、何にせよ、好きという想いに気付いても、その想いを口から出さない限り、永久に妄想のままである。


 まあ僕は野郎だし、賢司に対して、恋愛感情なんてさらさらないけどね。


「賢司は今の家族構成で不満じゃないのかい? 何かあったら、親友の僕に相談するんだよ」

「あのな、親友だから、話せない部分もあるんだぜ。俺にでも、触れられたくない過去の一つだってあるもんさ」


 親友だから、何でも打ち明ける。

 それは何かの罰ゲームに近い感覚だ。 

 秘密を共有したいのは本当に愛する人、一人だけに限るね。


「あの賢司さん、だとすると神楽坂かぐらざかという男は何者なんですか?」

「ハル、人の話をちゃんと聞いてないでしょ……」


 それにしても現実では無茶苦茶な設定だね。

 必死に蓄えていたヒマワリの種が、空になっても、ひたすらエネルギーを削り取るなんて、常識に考えてもとんでもない。


「アンタねえ、いくら何でもヒマワリの種は酷いでしょ」

「だったら画用紙片手に咳き込んでみようか」


 僕はエア画用紙を持ったポーズで、激しく咳き込むフリをするが、誰が見てもわざとらしい雰囲気にしか見えない。

 演技が下手だけに余計にだ。


「まさにゴホゴホのヒマワリときたものさ」

「……灰になっても売れてるからって、随分ずいぶんと有名になったものね」

「神隠し、フォォー!」


 画家のゴホゴホは病弱だったのか。

 その名前の通り、体が弱いイメージはあるけど……。


 僕は一体、こんなことをして何がやりたいのだろう。

 やたらとリアクションがオーバーな、笑えないピン芸人かな。


「ねえ、そんなことは分かったからさ、黒幕を捕まえて、詳しい話を訊いた方がよくね?」

「そうだね、美冬みふゆの言う通りだね」


 僕は今すぐにでも、そのエセ催眠術師を捕らえて、色々と質問攻めにしたい気分だった。


「それで今、そのふざけた神楽坂のおじさんはどこにいるの?」


 モップがけを終え、『この後は小休憩だから』と手の空いた賢司に、少しイメージが変わった野郎の居場所を、恐れることなく訊いてみた。


「ああ、その件なんだけどな。神楽坂のおじさんなら、一年前から行方不明なんだ」

「何だって!?」


 残念ながら、事の発端がいないときたもんだ。

 この術師捜しの物語は、残念ながらふりだしへと戻る──。


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 ※第二部、『勝竜賢司失踪編』、多くの謎を残したままですが、これにて終わりです。 

 次回からは三重咲姉妹のそれぞれの想いにスポットを当てた第三部の始まりです。


 是非ともご期待下さい──。

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