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第三部 志貴野関連交流編

第31話 志貴野くんのお父さんは、女の人が好きなことはよく分かったわ(秋星視点)

◇◆◇◆


秋星あきほSide】


 ──私は三重咲みえさき姉妹の長女として、何不自由することなく育てられた。


 初めての子供だったせいか、甘やかされ、さぞかしワガママな女の子になるだろうと、周りの大人たちが噂をしていた。


 そんな嘘を塗り固めた噂話が広まり、令嬢の一人娘であんなにも可愛くなければ、親から見放されても当然と、陰口まで叩かれていた……。


「──秋星お嬢様。家に閉じこもって、読書ばかりじゃなく、たまには外の空気でも吸いませんか?」


 ──70をとうに超えても、元気な白髪の短髪である祖父のおじいちゃんが休憩室から出てきて、不機嫌そうに老眼鏡をかけ直し、学生の私を外の世界へと誘い出す。


 大方、その機嫌の悪さから煙草を切らし、外出は口実で街中にて、ワンカートンの煙草を買うのだろう。


「嫌よ。外には変な人がいるし、おまけにおかしなことを呟いたり、挙動不審な行動をとる男の子とかいるんだもん」

「ほうほう」


 茶色のスーツに付いたホコリを手ではたいたおじいちゃんが、空になった煙草の箱をアルミ製のゴミ箱に投げると、見事に中に入り込み、高得点を叩き出した。


 別にバスケの選手でもないから、その動作シュートを叩いても、イタイだけだけど……。


「何よ、ほおほおって、今日の晩ご飯はほうとう鍋ともいうわけ? たまにはガッツリと、牛ステーキとかにしなさいよね」

「なるへそ。牛ステーキだけに、ギュウっと思いを閉じ込めた素敵な男の子でしたね、彼は……」


 たまには、コッテリした物が食べたい今日の食卓はさておき、おじいちゃんは天井のLEDライトを見ながら、何やらうんうんと考え込む。


「確か、お名前は、志貴野しきの君でしたね」


 その名前を聞いただけで、おぞましい気分になり、腕を抱え込み、細かく体を震わせる私。


「なっ、アイツはとんでもない男の子よ。礼儀作法もなってないし、私と話をしても、目線すらも合わせないのよ!」


 男の子だけに愛想がないのは許せるが、第一印象からなってない男の子を、ひたすら批判する私。


「大体、長い前髪に隠れて目が見えないし、服のセンスはダサいし、いつもヨレヨレな格好だし、さらにゲームオタクなのよ。別にイケメンでもないし、あの男の子のどこに、男としての魅力があるんだか!」


 あんなつまらない男を好きになる物好きな女なんて、一人でもいるのだろうかと、正直、勘繰ってしまう。

 本能を求めた過ちで、新たな命を宿らせたら話は別だけど。

 家族計画は慎重かつ、大切に。


「ホッホッホッ。実に楽しそうに喋りますな」

「全然楽しくないわよ。最悪な男の子との食事会だったわ! 親同士の商談じゃなかったら、誰があんな男の子と!」

「まあ、嫌いは好きの裏返しと言いますしな」


 それは嘘の上塗りだ。

 一度嫌いになった相手を好きになる人なんて、そうそういない。

 この人とは合わないと思ったら、最低限の行動で、適度な距離を置くのが普通の対応だ。

 食べ物や飲み物の好みとかと、一緒のように。


「オイタタッ!?」

「おじいちゃん、いい加減にしないと、その頬を思いっきりつねるわよ」

「オイタタタ、すでにつねってるのにれふかあああああっー!?」


 おじいちゃんのほっぺたを、ラジオペンチのように思いっきり引っ張ると、今度は赤子の癇癪かんしゃくのように、大きく叫び出す。


「全く、あの男の子は常識がないわよね。どこから採ったか分からない、山菜とかプレゼントしてきて、後からググってみたら、毒草だったり!」

「フムフム。実に幸せそうに語りますな」 

「どこが楽しいのよ!!」


 頭にきた私は、おじいちゃんの太ももをつねり上げた。


「オイタタタ!? そういう粗野な性格は直した方が……オイタタタ!?」

「至らぬお世話よ!!」

「オイタタタあああっー!?」


 第二ステージ、偽の山菜が生える山奥から、おじいちゃんの泣き声が、山彦みたく拡散される。


「おじいちゃん、どうやら痛い目に遭わないと分からないようね!!」

「オイタタタ、だから頬をつねってから、言わないでほしいれふぞー!?」


 同じ血の繋がった祖父のボケぶりには、私自身も困り果てている。

 最近はよりボケさも加速し、日常会話でも差し支えるほどだ。


 おじいちゃん、もう執事辞めてさ、年金暮らしでもよくない?


◇◆◇◆


 ──さて、今日も食事会に呼ばれたのはいいけど、何でアイツがいるのよ。


 大人たちから聞いた話だと、アイツが住む樹節きせつ家って、こっち方面では有名な家系らしくて、この三重咲家でも話題になってる、情報屋の達人とも言われてるらしい。


 あのキザな態度で、整った歯並びを見せつけながら、樹節おじさんも、私のお母さんに気軽に話しかけないでよ。

 万年、軽薄病の持ち主のクセして。


「おや? この赤いドレスの子は三重咲さんの娘さんでしょうか?」

「ええ、私の長女でして、今年高校に進学したばかりで、名は秋星と言いますの」

「へえ、名前もですが、雰囲気もお上品で可愛い娘さんですねえ」


 人の顔や体つきを舐め回すように見て、この白髪混じりの髪を後ろで縛ったおじさんは、ロリータ趣味でもあるのだろうか。 


 いや、純粋に子供が好きなだけかも。

 できたら変態は勘弁だし、後者であってほしいものだけど……。


「ちょうど良かった。私にも同じ年頃の息子がいるんだよ」


 黒い蝶ネクタイを整えた黒いスーツのおじさんが、少し離れたバイキング席にいた子供に呼びかけようと、少しオーバーに大きな手を振る。


「おーい、志貴野。こっちにこーい!」

「何だよ、親父」


 おじさんの呼ぶ声に、渋々反応する黒いタキシードを着た男の子。 

 紙のお皿に大量のおかずをのせたまま、こぼさないよう、そのままゆっくりと歩み寄ってくる。 


 無闇に走らず、高そうな絨毯を汚さない慎重な部分からして、大人な一面もあるんだなあ。


「志貴野、こちら、父さんがお世話になってる……」

「もう知ってる。秋星ちゃんって言うんだよね」

「「へっ?」」


 二人の大人が、志貴野くんの反応に声を奪われる。


「ハハハッ、こいつは一杯食わされたねえ。同じ年代ならまだしも、まさか知り合い同士だったとは」

「それには同感です。子供のネットワークの広さには驚かされますよね」

「ああ、君とは運命の出会いを感じるよ」

「あの……、勝手に決めつけないでもらえます?」


 なるほどね、お互いに交わす会話からして、志貴野くんのお父さんは、女の人が好きなことはよく分かったわ。


 この女泣かせの女たらしめ。


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