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第32話 彼と同じレーンに立てるように──。(秋星視点)

◇◆◇◆


秋星あきほSide】


「ねえ、秋星お姉ちゃん、最近、色々と雰囲気変わったよね?」

「えっ、どうしてそう思うの?」


 春子はるこの何気ない一言に疑問形で返す私。


 この様子だと、一番に鈍い性格をしたハルもか。

 同じ姉妹だけに勘付かれたようだね。


「だっておじいちゃんが言ってたよ。自分に対してパワハラみたいなこと、一切しなくなったって」

「あれは私流の愛情表現よ」


 おじいちゃんは私たちの祖父だから、あの程度なら暴力行為ではないことを否定する。


 逆に優しくするとつけ上がるからね。

 お調子者には厳しく接した方が、本人のためだから。


 あれ、それじゃあ、愛情にならない?

 確かに雨とムチの台風の嵐だね。


「どうだか。いじめてる本人のほとんどは自覚はないようだから」

「そんなことないよ。おじいちゃんも大事な家族の一員だから」


 私は美冬みふゆの問いかけに対して、不意に条件反射で、おじいちゃんを守る形をとる。

 盾とほこときたら、ひたすら矛で守る感じ。

 矛だけに、その攻撃優勢な態度をいいくらいだ。


「じゃあ、今まで天下気取りだった態度も改めるということかしら?」

大袈裟おおげさだね。それじゃあ私が、血も涙もない人間みたいだよ」

「実際、今までそうだったんだけど。どういう風の吹きまわし?」


 私は感情のないロボットではありませんと、正直に答えても信用されていない。


 美冬は多少、口調は乱暴でも、姉妹の中でも真っ当な性格であり、曲がったことも嫌いだし、姉妹一、常識人な相手だ。

 仕方ない、ここは鮫肌とはいかなくても、人肌脱ぎますか。


「ええ、そこから説明しないといけないわね」


 私はリビングに置かれた殺風景なテーブルに座り直し、他の姉妹に心境を伝えることにした──。


◇◆◇◆


「……」


 グラスに注がれたアイスコーヒーの氷がカランと溶ける音を耳にしながら、三人とも待ち構えるような鋭い目つきで、私の顔を見ている。


「ねえ? そんなことより夕ご飯は?」


 夏希だけは、ただお腹が減っていて、ご飯はまだかの様子だったけどね。

 今日の食事当番は私だけど、後で出前でもとろうかな。

 この話も長引きそうだから……。


◇◆◇◆


 ──私は最初は彼には、興味すらもなかった。


 だけど親同士の会食に参加させられ、少しずつ彼と接触することで、段々と彼に惹かれていき、私自身、彼に恋をしていた。

 その彼の名前は志貴野しきのというらしい。


 見た目、地味な印象を持っている男の子だったけど、優しく温かい心の持ち主で、誰とでも隔てなく接する相手でもあった。

 そんなフレンドリーな部分が、魅力的に映ったのだろう。


「ねえ、シキちゃん。今度さ、私とデートしない」

「絶対にやだよ、その君の言葉遣いも、上から目線な態度も」

「えっ、それじゃあ……」

「その傲慢ごうまんちきな態度を直してくれたら、考えてもいい」

「分かった。じゃあ、私が変われる時まで、誰のものにもならないでね」

「ああ」

「うん、二人だけの約束だからね」


 それから私は心から決めたのよ。

 強気混じりな言葉遣いや、男勝りな行動を止めて、もっと品のある清楚な女性になろうと……。


 約束は守るためにある。

 彼の理想の女になるために──。


◇◆◇◆


「──というわけだから、私は過去の女としての生きざまは捨てたの。これからは彼の好みな女の子になるんだから」

「えー、夏希は、前の秋星お姉の方が凛々しくて良かったなー」


 席から立ち上がった夏希が、ひざ蹴りからの上空殺法で、その辺のモスキートを殲滅にかかるが、そんな攻撃が当たろうともせず、空気抵抗でやんわりと避けられるはず。


 それにかけるのは、掛け算とケチャップなどの調味料だけにしてほしい。

 後、人の話は真面目に聞いてよね。


「秋星お姉ちゃんも女になったんだね」

「えっ、元から女だよね。もしかして男の子だったの?」

「あのねえ、そんなわけないでしょ」


 ハルの確信な言葉を耳にした夏希が、両手を指折り数えながら、付いてる、付いてないと、何やらブツブツ言い始める。

 ねえ、魚のすり身じゃなくて、私の話を親身になって聞いてる?


「でも仕切り屋がいなくなったら、こんな姉妹なんて……」

「失礼ね、誰が仕切り屋よ」

「その分ならガチで問題ないね」


 秋星の怒りの声を差し置いて、美冬の口調が荒々しい表現に変化する。


「えっ、美冬お姉、その喋り方?」

「ええ、今からアタシが三重咲みえさき姉妹のリーダー兼、憎まれ役になるわ」


 美冬が覚悟を決めた目になり、席から静かに立って、私たちが飲んだ空のグラスなどの洗い物をキッチンに運ぶ。


「えっ、それって美冬も、志貴野くんのことが気になっていたってこと?」

「ううん。その彼の言葉を聞いた時点で冷めたわ」

「相変わらず美冬はドライだよね」

「だって、こんなにも可愛い姉なんだよ。なのに内面を重視するところに、嫌気がさしてさあ」


 例え、好きでも向こうから好意を寄せてしまうと、冷めてしまう蛙化現象というものか、彼の嫌な部分に反応し、途端に嫌がる姿勢をみせる美冬。


「いい? このアタシが引く以上、中途半端な変わり身をしたら、承知しないんだから」


「やるなら、精一杯のあなたを演じなさいよ……」


 負けを認めた悔し涙か、自分の不甲斐なさからか、美冬の瞳から大粒の涙が頬を伝う。


「美冬お姉ちゃん、ハンカチ」

「ありがとう。ハルは優しいね」

「美冬お姉ちゃんの自慢の妹だから」


 白いハンカチを美冬に差し出して、懸命に優しさで包み込むハル。


 姉妹でも泣いてる女は見過ごせないハル。

 本当によく出来た四女だ。


 もし、ハルが長女だったら、どれほど楽だろうか。

 美冬はアイメイクが崩れないよう、ハンカチで目元の涙を吸わせ、細く整った小鼻をすすりながら、ハルのさりげない気遣いに感謝していた。


「ごめんね、美冬。みんな」

「いいから振り向かずに行きなさい。あなたが決めた人生でしょ」

「うん、ありがとう。私、頑張るね」


 意外にも私たちの姉妹は、後ろから支えるかのように丁寧に接してくれた。


 そう、今からでも遅くはない。

 これから私は変わるんだ。

 大好きな彼と同じレーンに立てるように──。

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