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第33話 この痛みの感情はどこにしまえばいいのだろう(美冬視点)

◇◆◇◆


美冬みふゆSide】


 アタシは心の底から怒っていた。

 あの男子、女からそれなりにモテているのに、本人は鈍感なのか、全くもって、その好意に気付かないからだ。


 それなのにアタシの中にある心臓の鼓動が、速くなるのはどうしてか。


 アタシ自身、口では姉の秋星あきほに彼を譲ったのに、体はアイツのことを求めていた。

 体中が渇き、心からアイツの想いで満たされたいと思うほどだ。


 そんなに好きなら、自分から彼を奪えばいいじゃんと、小悪魔な良心が囁いてくる。

 相手は恋人すらも作れない奥手で、女心にも疎いんだから、積極的な態度でアクションを起こさないと駄目だってばと……。


 こんなに謙遜した内気な感情、陽気なアタシらしくもない。

 ウジウジと一人で考え込んで、何がしたいんだか……。


「──ねえ」

「ねえねえ、美冬ってば!!」

「えっ、秋星?」


 下校帰りに寄った、いつものハンバーガー店で、同じく白いセーラー服の秋星から呼びかけられ、一瞬思考が停止する。


 ……そうだった。

 こんなあやふやな気分じゃ、自宅では集中出来ないから、この店でおかわりが自由なドリンクバーでも注文しながら、手元の宿題を片付けるんだった。


 テーブル席にいたアタシに声をかけてきた秋星も、アタシと同様の宿題対策だろうか。

 学生鞄を肩にかけ、鞄とは逆の腕に挟んでいたのが、どう見ても問題集だったから。


 しかも窓際やカウンターでもなく、人の流れがまばらな奥の席を選んだのに、こんな場所で、秋星とバッタリ落ち合うなんて。

 これが血の繋がりによる共鳴というものか。


 アタシたちの姉妹も値段が安いせいか、よく利用する店だし、安易にこの店にしない方が良かったかな。


「こんな場所で、一人で何を考えてたの?」

「ちょっと、この化学式が解けなくてね」

「美冬の嘘つき、その教科書、どう見ても英語のだよ?」


 むぐっ、普段は天然でスローペースで、味噌汁や卵焼きとかの簡単な料理さえも作れないのに、この秋星は姉妹の色恋には敏感なんだよね。

 逃げも隠れも出来ない緊迫感に、嫌な汗が首筋へと流れる。


「いや、参ったね。ここの化学式が関連する現在進行形が、どうしても分からなくてね。5H1Wの問題だっけな。どうだったけなー」

「でもノートには何も書いてないけど?」

「えーと、こ、これから悩む予定なのよ。オッホッホッーw」


 くっ、下手くそな小学生のような芝居かよ。

 本当に苦しすぎる言いわけだよね、アタシながら。


 でもここは誤魔化し続けるしかない。

 アイツが気になって思い悩んで来たとか、口が裂けても言えないから。


「何だ、そうだったんだね。ごめんね、邪魔して」


 秋星のあっさりと受け答えする対応に、調子が狂うアタシ。

 この姉は純粋でもあり、人を疑うことをしないらしい。


 特に何も問わず、自然に水に流す秋星。

 チョロいもんだが、これはいい意味で捉えて良かったのかな?


「じゃあ行こうか、シキちゃん」

「ああ、了解」

「なっ? 何ですとぉぉぉー!?」


 秋星の隣を歩く、黒い髪で目線を隠した地味な出で立ちの男子高校生に、驚きの感情がだだ漏れになるアタシ。

 例のアイツが秋星と肩を並べて、陽気に笑い合っているじゃん。


 えっ、それにアイツ、あんな表裏のない笑顔をする男だったかな。

 しかも異性でもある女の子相手に……。


 実はこの姉はやり手のビッチであって、あれから三日という短期間のうちに、そこまで進展があったのか。

 手当たり次第、男を手玉に取って遊ぶビッチめ、あんな自己主張も苦手な男の子の殻さえも、ツルンと剥いてみせてからに……。


 大人しい性格と見せかけて、しっかりとした長女としての恋愛バイブル。

 こうまでやられると、成功者としての社交性の広さを存分に感じられる。


「どうしたん、美冬ちゃま?」

「まあ、いつもの発作よ、気にしないでさっきの話を続けてよ」

「りょー、妖怪。金のハンバーグなら三日分というほど貰えたからな」


 ふと、コンビニの商品名を耳にしたアタシは、彼の頭を力を込めて引っ張る。

 すると拍子抜けしたようにカツラが取れて、見慣れた青色のショートカットが、目に飛び込んできた。


「やっぱり志貴野しきのじゃなかったわね。夏希なつき、これは何のつもりよ!」


 金のハンバーグとか、学生が気軽に買えそうな食材でもないし、アイツは親父ギャグのようなつまらない冗談を口に出すような男でもない。

 ましてや、姉妹をちゃま付けで呼びかけない。


 そんな読みが当たったアタシの行動に、秋星は驚いて、目を丸くしている。


「あー? 何でバレたのかな。念入りに考えた予行演習が台無しだね」

「うむうむ、ただの円柱のパンよりも、やはり金チョコの方が良かったかな」

「うんうん。カスタード入りのチロルチョコ、詰め合わせもいいよね」


 二人ともそういう問題じゃない。

 それから、あのチョコレートパンは銀が主流だし、お互いに話も噛み合ってないから。


「あのね、志貴野くんと本番でデートする時に、緊張しないようにと考えた作戦でね」

「そう、夏希はその犠牲者ではなく、実験体壱号なのであーる」

「夏希、くれぐれも誤解を招く発言は謹んでよね」

「はっ。陸軍恋文曹長!!」


 その秋星曹長は軍人の推薦に赤紙ではなく、ラブレターを送って、自らの部下へ誘い込むのか。

 これにはラブレターという言葉の武器を突きつけられた、国民たちの顔も真っ青だ。


「ふーん。そんだけ、志貴野との関係は了承ということなんだ」

「うん。やっぱり人間変わらないと何も変わらないよね。恋だってそうだよ」


 秋星、恋する男が絡んで、随分ずいぶんと前向きな性格になったね。

 過去を咎めず、未来の人生を楽しく過ごす。

 それでいいんだよ。


「ねえそれって、好きな人のためなら、自分を演じてもいいってこと?」

「その通りだよ!」


 秋星の当たり障りのない言葉に胸がチクリと痛む。

 この痛みの感情はどこにしまえばいいのだろう。


「あーあー、早く志貴野くんに逢いたくなってきたなあ」

「ツナ缶のサラダと一緒。明日になれば嫌でもあえる」

「そうだね」


 夏希が発したツナ缶のことは分からないけど、一つだけ判明したことがある。

 この二人の姉妹はアタシやハルと違い、少し天然ボケが入っていると──。

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