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──暑苦しいセミの鳴き声と、涼し気な風鈴、二つの音色が絶妙に絡んだ風物詩。
アタシたちが通う中高校、桐生院筑紫ヶ
しかしこの猛暑日続き、入道雲が気持ちよく泳いだ外に、出かける雰囲気にもならず、アタシたち姉妹は、安売りで購入したお揃いの白いTシャツに、ピンクのショートパンツ姿で、いつもの部屋にて思う存分、涼を楽しんでいた。
「もう毎日暑いよね。嫌になっちゃう」
「ボクはそんな美冬ちゃんも好きだよ」
「はあ?」
「きゃー、あたしも
アタシたちの各部屋には、一台ずつエアコンが取り付けてある。
それで各部屋でガンガン使っていたものの、これが莫大な金額となり、万単位の電気代を払ったお父様が、抗議の電話をしてきたのだ。
夏休み中で、家でゴロゴロするのもいいけど、ちょっとは節約の心を持ちなさいと。
それはそうと
ついにこの暑さで頭をやられたか。
もうちょっと早めに、ここで涼んでいれば助かったかも……。
アタシはリビングからのエアコンの温度を調整しながら、夏希の介抱をしようとしたけど、なんてことなく、回転蹴りの練習をし始めるので、不用意に近寄れない。
「……じゃなくてさ、これは何の悪ふざけよ」
「何って、リアルシキノンを演じてるんだけど?」
夏希が飛び蹴りの続きからの、ソファーに置かれた巨大な白クマのぬいぐるみに、ラリアットを当てて、『ちっ、リアルも中々やるな』と口ずさむ。
「だから何でよ?」
「好きなものこそ物の上手あられみたいな」
「それじゃあ、お菓子になるよね?」
木のテーブルに、無造作に置かれたお茶菓子を手にし、丁寧にその包み紙を破る夏希。
室内にこもる、煎餅の空気に酔いそうになる。
「えっ、
「どうせなら、ちゃんと言葉を選んでって」
「むうっ、それだと夏希が外人みたいじゃん」
「今どき、そんな間違えする外国人も珍しいわよ」
「そうなんだー♪」
最近はネットが主流で環境さえあれば、簡単に日本語も学べる時代。
今や、噛みもせずにペラペラと喋る、器用な外国人もいるくらいだ。
「夏希、勝手に自己満で終わらせないの!」
「やはり、
「夏希お姉ちゃん、それだと
過去に最強の役だった点数が、夏希の脳内に刻まれる。
「ハル、その遊び、どこから覚えてきたの?」
「近所のゲーセンから」
「普通に家で、と言わない所が凄いわ」
「えっへん!」
「そこ、納得する所じゃないでしょ」
秋星の問いに
段々と勝ち進んでいけば、対戦者の相手が徐々に衣装を脱いでくれて……それ、脱衣麻雀じゃね?
「だってさ、美冬もシキノンが好きなのに、この想いを無に返すのが怖くて」
「ブラックホールみたいな、例え止めて」
「ホワイトアスパラいってみる?」
「アスパラ関係ないよね?」
「えー、美冬お姉、ホワイトチョコは受け入れるのに?」
「あのさあ、いい加減、食べ物ワードから離れてよ」
夏希の食いしん坊の流れを、何とか断ち切ろうとするけど、その食欲を繋ぐ鎖は、ツッコミの刃如きでは中々切れてくれない。
「まあ、冗談は置いといてと……美冬」
「さっきから何よ」
「本当は私に取られるのが嫌なんでしょ?」
アタシの横で、無言で宿題をしていた秋星が、ペンを走らす動きを止める。
そして発した言葉が、色恋がどうこうとかだ。
「何言ってんの、あんなゲーオタ、キモすぎて近寄りがたいんだけど」
「……私、志貴野くんがゲームのオタクだなんて、一言も喋ってないよ?」
「へっ?」
しまった、見事にハメられた。
秋星お得意の誘導尋問か。
「さあさあ、白状しなよ、美冬。ネタは上がっているのよ」
「そうそう。マグロの天ぷらもいい感じに」
「夏希、残念ながら、揚げ物の話じゃないよ」
「おおお、麺かたこってり……」
「こんなエアコンが効いた室内で、寒いネタを演じないでよ」
夏希のギャグに、自然体に同調するエアコン。
一気に室内温度が、最低の設定になった感じがするね。
「そう、寒すぎて、半袖シャツで過ごせない」
「……今、季節は真夏なんだけどね」
例え、長袖でもこの夏は越せず、涼しげなタンクトップで過ごしたい気持ち(言ってない)も分かるが、そんなセクシーな格好からして、あのキモオタが何をしてくるか分からない。
アイツも見た目地味だけど、男だし……。
「美冬、志貴野くんが好きなら、それを偽りにして、気持ちを抑え込まないで」
「何よ、あんなキモオタ好みじゃないわよ」
普段は主張したことを言わない秋星も、今日ばかりは中々食い下がらない。
ふと視線をずらすと、秋星の横隣に置かれた、お洒落で小さな紙袋が目に入る。
この様子じゃ、口止め料として何か貰ったみたいね。
「きっかけは、あのファミコンショップからなの?」
「へえー? 相談したこともないのに詳しいじゃん。姉妹うんぬんじゃなく、下手をするとストーキングよね」
「ええ、ハルの口から何度も聞いたからね」
「あのお喋りめ……」
──アタシはまだ小さいハルのおつかいで、ハルが好きなゲームを探し、変装ついでにその店に行っていたが、その時に出会ったのがアイツだっだ。
アイツはピンクとか金色の髪をし、目ん玉と胸が異様に大きな女の子の描かれた、アニメDVDケースを数本、手に取り、変態じみた目(美冬にはそう見えた)で会計を済ましていたからだ。
その後、お父様にアイツを同居人として紹介されたのよ。
偶然とはいえ、これでキモオタじゃなければ何なのよ──。
「──別にオタクでもいいじゃん。何が不満なの?」
「いかにも陰湿な性格かな」
「インシチュー?」
「だから食べ物で例えないでよ」
「えへへ、お腹空いちゃって♪」
夏希が白いTシャツの上からお腹をさすると、ギューとお腹の虫が可愛く鳴いた。
「美冬、可愛い子ちゃんを演じないで」
「そうだね、秋星お姉はね、精一杯演じきって、彼を愛して欲しいって」
「おい、勝手に話を誇張しない!」
あの大人しめな秋星が、正論でぶつかってくる。
夏希が日頃、口にしない恋愛相談に答えてくる。
そしてさっきから、存在感のないハルは、何かのフィギュア作りに忙しい。
「えー、いかにも、美冬お姉が言いそうな展開にしたんだけど?」
「ちょっと私の台詞を取らないでよ!」
秋星の言葉を横取りする夏希。
これには秋星も怒っているね。
あー、それにしても、こうまで人の恋愛に首を突っ込むのも何だかね。
人の恋愛に興味を抱くのもいいけど、人間みんなが、恋愛に感心があるわけじゃないからね。
そんなことより、自分のことが大事でしょ。