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第34話 それにしても、こうまで人の恋愛に首を突っ込むのも何だかね(美冬視点)

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美冬みふゆSide】


 ──暑苦しいセミの鳴き声と、涼し気な風鈴、二つの音色が絶妙に絡んだ風物詩。

 アタシたちが通う中高校、桐生院筑紫ヶきりゅういんつくしがおか学園も、夏休みに突入した。


 しかしこの猛暑日続き、入道雲が気持ちよく泳いだ外に、出かける雰囲気にもならず、アタシたち姉妹は、安売りで購入したお揃いの白いTシャツに、ピンクのショートパンツ姿で、いつもの部屋にて思う存分、涼を楽しんでいた。


「もう毎日暑いよね。嫌になっちゃう」

「ボクはそんな美冬ちゃんも好きだよ」

「はあ?」

「きゃー、あたしも志貴野しきの好きー!!(棒読み)」


 アタシたちの各部屋には、一台ずつエアコンが取り付けてある。

 それで各部屋でガンガン使っていたものの、これが莫大な金額となり、万単位の電気代を払ったお父様が、抗議の電話をしてきたのだ。


 夏休み中で、家でゴロゴロするのもいいけど、ちょっとは節約の心を持ちなさいと。


 それはそうと夏希なつきが、アイツの名前を出して、片言の日本語で料理のメニューじゃなく、人間の男が好きだ、何だと叫んでいる。


 ついにこの暑さで頭をやられたか。

 もうちょっと早めに、ここで涼んでいれば助かったかも……。


 アタシはリビングからのエアコンの温度を調整しながら、夏希の介抱をしようとしたけど、なんてことなく、回転蹴りの練習をし始めるので、不用意に近寄れない。


「……じゃなくてさ、これは何の悪ふざけよ」

「何って、リアルシキノンを演じてるんだけど?」


 夏希が飛び蹴りの続きからの、ソファーに置かれた巨大な白クマのぬいぐるみに、ラリアットを当てて、『ちっ、リアルも中々やるな』と口ずさむ。


「だから何でよ?」

「好きなものこそ物の上手あられみたいな」

「それじゃあ、お菓子になるよね?」


 木のテーブルに、無造作に置かれたお茶菓子を手にし、丁寧にその包み紙を破る夏希。

 室内にこもる、煎餅の空気に酔いそうになる。


「えっ、秋星あきほお姉から、盗んだテクなのに?」

「どうせなら、ちゃんと言葉を選んでって」

「むうっ、それだと夏希が外人みたいじゃん」

「今どき、そんな間違えする外国人も珍しいわよ」

「そうなんだー♪」


 最近はネットが主流で環境さえあれば、簡単に日本語も学べる時代。

 今や、噛みもせずにペラペラと喋る、器用な外国人もいるくらいだ。


「夏希、勝手に自己満で終わらせないの!」

「やはり、満貫まんがんか」

「夏希お姉ちゃん、それだと麻雀マージャンでしょ?」


 過去に最強の役だった点数が、夏希の脳内に刻まれる。

 所詮しょせん、賭けのない遊びでは、自己満足に過ぎないけど。


「ハル、その遊び、どこから覚えてきたの?」

「近所のゲーセンから」

「普通に家で、と言わない所が凄いわ」

「えっへん!」

「そこ、納得する所じゃないでしょ」


 秋星の問いに春子はるこ(ハル)が、ゲーセンの端に置かれていた女の子のゲームからと熱く語りだす。

 段々と勝ち進んでいけば、対戦者の相手が徐々に衣装を脱いでくれて……それ、脱衣麻雀じゃね?


「だってさ、美冬もシキノンが好きなのに、この想いを無に返すのが怖くて」

「ブラックホールみたいな、例え止めて」

「ホワイトアスパラいってみる?」

「アスパラ関係ないよね?」

「えー、美冬お姉、ホワイトチョコは受け入れるのに?」

「あのさあ、いい加減、食べ物ワードから離れてよ」


 夏希の食いしん坊の流れを、何とか断ち切ろうとするけど、その食欲を繋ぐ鎖は、ツッコミの刃如きでは中々切れてくれない。


「まあ、冗談は置いといてと……美冬」

「さっきから何よ」

「本当は私に取られるのが嫌なんでしょ?」


 アタシの横で、無言で宿題をしていた秋星が、ペンを走らす動きを止める。

 そして発した言葉が、色恋がどうこうとかだ。


「何言ってんの、あんなゲーオタ、キモすぎて近寄りがたいんだけど」

「……私、志貴野くんがゲームのオタクだなんて、一言も喋ってないよ?」

「へっ?」


 しまった、見事にハメられた。

 秋星お得意の誘導尋問か。


「さあさあ、白状しなよ、美冬。ネタは上がっているのよ」

「そうそう。マグロの天ぷらもいい感じに」

「夏希、残念ながら、揚げ物の話じゃないよ」

「おおお、麺かたこってり……」

「こんなエアコンが効いた室内で、寒いネタを演じないでよ」


 夏希のギャグに、自然体に同調するエアコン。

 一気に室内温度が、最低の設定になった感じがするね。


「そう、寒すぎて、半袖シャツで過ごせない」

「……今、季節は真夏なんだけどね」


 例え、長袖でもこの夏は越せず、涼しげなタンクトップで過ごしたい気持ち(言ってない)も分かるが、そんなセクシーな格好からして、あのキモオタが何をしてくるか分からない。

 アイツも見た目地味だけど、男だし……。


「美冬、志貴野くんが好きなら、それを偽りにして、気持ちを抑え込まないで」

「何よ、あんなキモオタ好みじゃないわよ」


 普段は主張したことを言わない秋星も、今日ばかりは中々食い下がらない。


 ふと視線をずらすと、秋星の横隣に置かれた、お洒落で小さな紙袋が目に入る。

 この様子じゃ、口止め料として何か貰ったみたいね。


「きっかけは、あのファミコンショップからなの?」

「へえー? 相談したこともないのに詳しいじゃん。姉妹うんぬんじゃなく、下手をするとストーキングよね」

「ええ、ハルの口から何度も聞いたからね」

「あのお喋りめ……」


 ──アタシはまだ小さいハルのおつかいで、ハルが好きなゲームを探し、変装ついでにその店に行っていたが、その時に出会ったのがアイツだっだ。


 アイツはピンクとか金色の髪をし、目ん玉と胸が異様に大きな女の子の描かれた、アニメDVDケースを数本、手に取り、変態じみた目(美冬にはそう見えた)で会計を済ましていたからだ。


 その後、お父様にアイツを同居人として紹介されたのよ。

 偶然とはいえ、これでキモオタじゃなければ何なのよ──。


「──別にオタクでもいいじゃん。何が不満なの?」

「いかにも陰湿な性格かな」

「インシチュー?」

「だから食べ物で例えないでよ」

「えへへ、お腹空いちゃって♪」


 夏希が白いTシャツの上からお腹をさすると、ギューとお腹の虫が可愛く鳴いた。


「美冬、可愛い子ちゃんを演じないで」

「そうだね、秋星お姉はね、精一杯演じきって、彼を愛して欲しいって」

「おい、勝手に話を誇張しない!」


 あの大人しめな秋星が、正論でぶつかってくる。

 夏希が日頃、口にしない恋愛相談に答えてくる。

 そしてさっきから、存在感のないハルは、何かのフィギュア作りに忙しい。


「えー、いかにも、美冬お姉が言いそうな展開にしたんだけど?」

「ちょっと私の台詞を取らないでよ!」


 秋星の言葉を横取りする夏希。

 これには秋星も怒っているね。 


 あー、それにしても、こうまで人の恋愛に首を突っ込むのも何だかね。

 人の恋愛に興味を抱くのもいいけど、人間みんなが、恋愛に感心があるわけじゃないからね。

 そんなことより、自分のことが大事でしょ。


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