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第36話 もう異性の相手して、身も心も疲れたんで、爆睡モードに入りたい気分なんだけど……。

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「ねえねえ、志貴野しきのお兄ちゃん。今度はあっちのコーナーへ行こうよ」

「分かったから、コンベアを流れる食べ物じゃないんだから、そんなにかすなって」

「何言ってるの、そうしてボーッとするだけでも、ハルとのデートの時間は刻々と進んでるんだよ」


 日が沈みかけ、辺りは切ない夕暮れとなり、お祭り気分な出店が立ち並ぶ石畳の床。

 黒いロングスカートに、花柄ブラウスの春子はるこが、僕の腕に抱きついて、誘われる中、ふとした矛盾点を感じた。


 確かに時間は限られてるけど、過度な接触は困るよね。

 刻といっても、もう何時間もせずに、お祭り気分は失せるだろう。


「やっぱりこれ、デートじゃないか」

「うんうん。女の子から誘われた時点で、デート確定なんだよ」

「くっ、女というのはズルい生き物だな」


 ハルの言いなりにされた僕は、彼女のなすがままなのかな。

 何か無性に、屋台の焼きナスが食べたくなってきたね。

 考えの行き着く先がもうヘルシー。


「それで今日は、何の映画を観るんだ? 僕には何も聞かされてないけど?」

「お兄ちゃん、アニメ好きだよね?」

「まあ食わず嫌いでもないけど」


 正直、アニメ関係なら、どんなジャンルも制覇してるつもりだけど、世の中には女の子と同じく、星の数ほどのアニメがあるからなあ。

 全部把握するとなると、人生の大半をアニメに奪われてしまう。

 日常生活に、アニメ鑑賞を何時間も費やすくらいに……。


「魔法少女とか大好物だよね?」

「まあね。煎じれば食べれないことはない」

「アハハっ。それだと漢方薬だよ」


 冗談を真に受けたハルが笑いながら、僕の腕をぐいと掴む。


 汗でしっとりとした細い腕に柔らかな肌。

 男としては嬉しい展開だけど、ただちょっと夏だけに暑苦しいかな。


「じゃあ入ろうか。開演時間が迫ってるから」 

「ああ、僕はポップコーン買うから、先行ってて」

「はあーい。ダーリン♪」

「あのねえ、僕ら恋人同士でもないのに、その言葉はどうかと」

「えっ、食後のダージリンティーに何か問題でも?」

「大いにありありだよ!」


 そう、僕とハルは、お友達として映画鑑賞に来てるんだから……。


****


 ──僕は待ち合わせ場所を、ハルと指定して一時的に別れる。

 映画館前にずらりと並ぶ出店を、一人で抜け、館内のロビーにある受付とは、逆の売店に向かい、はやる気持ちを抑えた。


 大丈夫だ、僕は彼女に対して、好きな感情に飲まれていない。

 相手は中学生というだけでも問題だし、この先も彼女を、恋愛対象としては見ることはないだろう。


 惚れたら、そこから負け戦が続く。

 それでも彼女が好きなら、それなりの覚悟と度胸が必要だと──。


****


 ──僕ら二人が観るアニメ映画のタイトル名は、『魔法少女ロジカルナノハナ』。


 伝説の巨大魔法が封じられた野草『菜の花』を見つけるべく、一人の魔法少女による論理的な推理で、その場所を見つけようと、旅路を重ねる重厚な物語である。


「この映画のどこら辺が重厚なんだろう。見た感じ、普通の魔法少女ものみたいだけど?」


 館内にずらりと貼られたポスターはポップで明るいタッチで、友達100人できるかな的なノリで、二人の魔法少女が仲良く手を繋いでるけど……。

 そんなに友達いたら、遊びごとで一気に破産だな。


 別に二人とも頬を赤らめて、恥じらう素振りもないし、どうみても百合関係にも見えないよね。


「まあまあ、座りたまえ、シキノン」


 薄暗い客席でも分かる見知った顔、僕をその強烈なあだ名で呼ぶ紫のジャージの子。

 僕の知っている限りじゃ、あの女の子しかいない。


「なっ、何で夏希なつきが、映画館にいるんだよ?」

「何でも何も、夏希が姉妹用に用意したチケットだからね。秋星あきほお姉も、美冬みふゆお姉も、急に来れなくなったから」

「……ということは、もう一枚は……」


 二枚チケットが余っていて、三重咲みえさき姉妹以外に来れる親近者ねえ……。

 僕らの両親は多忙な身だし、とてもじゃないが、こんなイベントに参加出来るはずがない。


「おうっ、泣く子も惚れ直す、賢司けんじさんとは俺のことよ!」

「……もう帰る」

「おいっ、ちょっと待て!?」


 ヤベエ、嫌な予感が的中したね。

 異次元から来た設定で、こんなお馬鹿でナルーなことを言う親友から、一歩遠ざかる。


「何が悲しくて、むさ苦しい野郎と映画を観ないといけないのさ」

「まあまあ、話せば分かる。我が友よ」

「分かりたくもないよ!!」


 賢司のブレない態度に、僕は思っていた感情をぶつけた。


 だけど当の本人は、金色の長い髪をかきあげながら、常識から外れたことを言うんだよ。

 もうこの男との友情は、ゴミ箱に捨てようかと、悪意が生まれるくらい……。


「お兄ちゃん、ハルの誘いを断るの?」

「志貴野、こうなったら、とことん付き合えよ」

「あのさ、賢司が言ったら、キショいだけなんだけど」

「何だと、男女差別だあああー!」

「いや、思春期過ぎて、その発想はないって」


 子供は親から赤の他人が気になりだし、やがて、その人に恋をするようになる。

 人間として当然の行為だよ。


「だったらお兄ちゃん、ハルと夏希を両隣にして、賢司君を後ろの席にしたらどうかな?」

「おおうっ、両座席に花ときたもんだ」

「賢司はちょっと黙ってて」

「フッ、そうか。人気者はツラいぜ」


 賢司を強引に後ろに座らせた僕は、ハルの本意を知ろうと口を開いた。


「それでハル、映画を楽しむのはいいけど、本来の目的は何かな?」

「うん? 普通に映画館デートだけど?」

「何だ、デートか……うええええー!?」

「もうお兄ちゃんってば、年甲斐もなく、照れちゃって」

「照れる以前の問題だよねー!?」


 最初は、ちょっと行きたい場所が分からなくて心細いからと、一緒について来たんだけど、その場所が、町中で有名な映画館だったんだよ。


 しかも、たまたま臨時休館で悩んだ末に、一駅離れた都会の映画館に来たのはいいものの、そこでフラグ回収ではない。

 都会が珍しいのか、しばらくは映画館なんて分からないフリで、観光案内所みたいな扱いを受けてきたんだ。


 ハルの遠回しの言い方には、キレそうになるし、途中から絡んできた夏希に関しては、おバカな女の子としか見れない。


 一見ハルの方が、年上に感じて慕ってきたけど、この子どもっぽい夏希の行動力に呆れてくるよ。


「お兄ちゃんも、二人の美人妻にご指名されて大変だね」


 そうだと感じるんなら、早々に解放してくれよ。

 もう異性の相手して、身も心も疲れたんで、爆睡モードに入りたい気分なんだけど……。


「俺の存在も忘れちゃあ困るぜ!」

「はいはい……」


 僕はプライドもモラルも何もかも捨てて、逃げ出したくなった。

 はっきり言って、この親友はウザいよね。

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