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「ねえねえ、
「分かったから、コンベアを流れる食べ物じゃないんだから、そんなに
「何言ってるの、そうしてボーッとするだけでも、ハルとのデートの時間は刻々と進んでるんだよ」
日が沈みかけ、辺りは切ない夕暮れとなり、お祭り気分な出店が立ち並ぶ石畳の床。
黒いロングスカートに、花柄ブラウスの
確かに時間は限られてるけど、過度な接触は困るよね。
刻といっても、もう何時間もせずに、お祭り気分は失せるだろう。
「やっぱりこれ、デートじゃないか」
「うんうん。女の子から誘われた時点で、デート確定なんだよ」
「くっ、女というのはズルい生き物だな」
ハルの言いなりにされた僕は、彼女のなすがままなのかな。
何か無性に、屋台の焼きナスが食べたくなってきたね。
考えの行き着く先がもうヘルシー。
「それで今日は、何の映画を観るんだ? 僕には何も聞かされてないけど?」
「お兄ちゃん、アニメ好きだよね?」
「まあ食わず嫌いでもないけど」
正直、アニメ関係なら、どんなジャンルも制覇してるつもりだけど、世の中には女の子と同じく、星の数ほどのアニメがあるからなあ。
全部把握するとなると、人生の大半をアニメに奪われてしまう。
日常生活に、アニメ鑑賞を何時間も費やすくらいに……。
「魔法少女とか大好物だよね?」
「まあね。煎じれば食べれないことはない」
「アハハっ。それだと漢方薬だよ」
冗談を真に受けたハルが笑いながら、僕の腕をぐいと掴む。
汗でしっとりとした細い腕に柔らかな肌。
男としては嬉しい展開だけど、ただちょっと夏だけに暑苦しいかな。
「じゃあ入ろうか。開演時間が迫ってるから」
「ああ、僕はポップコーン買うから、先行ってて」
「はあーい。ダーリン♪」
「あのねえ、僕ら恋人同士でもないのに、その言葉はどうかと」
「えっ、食後のダージリンティーに何か問題でも?」
「大いにありありだよ!」
そう、僕とハルは、お友達として映画鑑賞に来てるんだから……。
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──僕は待ち合わせ場所を、ハルと指定して一時的に別れる。
映画館前にずらりと並ぶ出店を、一人で抜け、館内のロビーにある受付とは、逆の売店に向かい、はやる気持ちを抑えた。
大丈夫だ、僕は彼女に対して、好きな感情に飲まれていない。
相手は中学生というだけでも問題だし、この先も彼女を、恋愛対象としては見ることはないだろう。
惚れたら、そこから負け戦が続く。
それでも彼女が好きなら、それなりの覚悟と度胸が必要だと──。
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──僕ら二人が観るアニメ映画のタイトル名は、『魔法少女ロジカルナノハナ』。
伝説の巨大魔法が封じられた野草『菜の花』を見つけるべく、一人の魔法少女による論理的な推理で、その場所を見つけようと、旅路を重ねる重厚な物語である。
「この映画のどこら辺が重厚なんだろう。見た感じ、普通の魔法少女ものみたいだけど?」
館内にずらりと貼られたポスターはポップで明るいタッチで、友達100人できるかな的なノリで、二人の魔法少女が仲良く手を繋いでるけど……。
そんなに友達いたら、遊びごとで一気に破産だな。
別に二人とも頬を赤らめて、恥じらう素振りもないし、どうみても百合関係にも見えないよね。
「まあまあ、座りたまえ、シキノン」
薄暗い客席でも分かる見知った顔、僕をその強烈なあだ名で呼ぶ紫のジャージの子。
僕の知っている限りじゃ、あの女の子しかいない。
「なっ、何で
「何でも何も、夏希が姉妹用に用意したチケットだからね。
「……ということは、もう一枚は……」
二枚チケットが余っていて、
僕らの両親は多忙な身だし、とてもじゃないが、こんなイベントに参加出来るはずがない。
「おうっ、泣く子も惚れ直す、
「……もう帰る」
「おいっ、ちょっと待て!?」
ヤベエ、嫌な予感が的中したね。
異次元から来た設定で、こんなお馬鹿でナルーなことを言う親友から、一歩遠ざかる。
「何が悲しくて、むさ苦しい野郎と映画を観ないといけないのさ」
「まあまあ、話せば分かる。我が友よ」
「分かりたくもないよ!!」
賢司のブレない態度に、僕は思っていた感情をぶつけた。
だけど当の本人は、金色の長い髪をかきあげながら、常識から外れたことを言うんだよ。
もうこの男との友情は、ゴミ箱に捨てようかと、悪意が生まれるくらい……。
「お兄ちゃん、ハルの誘いを断るの?」
「志貴野、こうなったら、とことん付き合えよ」
「あのさ、賢司が言ったら、キショいだけなんだけど」
「何だと、男女差別だあああー!」
「いや、思春期過ぎて、その発想はないって」
子供は親から赤の他人が気になりだし、やがて、その人に恋をするようになる。
人間として当然の行為だよ。
「だったらお兄ちゃん、ハルと夏希を両隣にして、賢司君を後ろの席にしたらどうかな?」
「おおうっ、両座席に花ときたもんだ」
「賢司はちょっと黙ってて」
「フッ、そうか。人気者はツラいぜ」
賢司を強引に後ろに座らせた僕は、ハルの本意を知ろうと口を開いた。
「それでハル、映画を楽しむのはいいけど、本来の目的は何かな?」
「うん? 普通に映画館デートだけど?」
「何だ、デートか……うええええー!?」
「もうお兄ちゃんってば、年甲斐もなく、照れちゃって」
「照れる以前の問題だよねー!?」
最初は、ちょっと行きたい場所が分からなくて心細いからと、一緒について来たんだけど、その場所が、町中で有名な映画館だったんだよ。
しかも、たまたま臨時休館で悩んだ末に、一駅離れた都会の映画館に来たのはいいものの、そこでフラグ回収ではない。
都会が珍しいのか、しばらくは映画館なんて分からないフリで、観光案内所みたいな扱いを受けてきたんだ。
ハルの遠回しの言い方には、キレそうになるし、途中から絡んできた夏希に関しては、おバカな女の子としか見れない。
一見ハルの方が、年上に感じて慕ってきたけど、この子どもっぽい夏希の行動力に呆れてくるよ。
「お兄ちゃんも、二人の美人妻にご指名されて大変だね」
そうだと感じるんなら、早々に解放してくれよ。
もう異性の相手して、身も心も疲れたんで、爆睡モードに入りたい気分なんだけど……。
「俺の存在も忘れちゃあ困るぜ!」
「はいはい……」
僕はプライドもモラルも何もかも捨てて、逃げ出したくなった。
はっきり言って、この親友はウザいよね。