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第39話 これが恋愛という戦場で戦慣れした美少女の情けというものかー!?

 日射しが容赦なく、コンクリートの街中に照りつけ、入道雲がソフトクリームに見えなくもないお昼過ぎ。


 デートの遅刻のついでに、美冬みふゆが立ち寄った、近所では名ばかりの古い一軒家。

 そんな木造のお洒落な赤レンガの喫茶店に、僕たちはいた。


 ここでは本格的な料理はないけど、常連な美冬の話では手頃な軽食が食べれて、しかも安価で美味しいときたもんだ。

 アンティークな店内は、ロウソクの光が主であり、薄暗い怪しい景色に思わず飲まれそうだよ。


「アタシね、アンタの寝坊は許すけど、正直、普通の彼氏なんて興味ないのよ」

「はいっ!?」


 突然の美冬の言葉にドキリとし、コーヒーカップを指から滑らす僕。


『ガチャン!』


 カップは音を立て、ソーサーが置いていた丸テーブルを前に、綺麗なカーブを描いて転がっていく。

 幸い、陶器のカップは床に落ちても、割れずに済んだことが運のツキだ。


「ちょっと何やってんのよ。あーあー、コーヒーこぼして」

「ごめん」

「まあ、今回はテーブルが濡れたからいいけど」


 そういえば、前にもこんなことあったよね。

 僕はハンバーガー店でのことを思い出し、その事故を含めて美冬に謝る。


 一方で美冬は気にしてないようで、他の食べ終わった食器が濡れないように、テーブルの端に重ね、近くの店員さんに向けて、呼びベルのボタンを押した。


「あっ、はい。ご用件を承ります」

「ねえ、店員さん、何か拭くものあるかしら?」

「はい。では私がそのテーブルをお拭きしますので、少々お待ちくださいませ」


 ブザーで即座に駆けつけた、ピンクのエプロンが似合う可愛い系な女の子。

 その女の子が要件を聞いて、スリッパの音を鳴らして厨房に行く中、僕はその小さい背中を見送っていた。


 まだ見た感じ、高校生くらいだよね。

 遊びたい盛りなんだろうに、あんなに真面目に働いて関心だな。

 何か欲しいものでもあるのかな。


「良かったじゃん。あんな可愛い子に拭いてもらえるなんて。ホント、アタシに感謝しなよ」

「いや、僕的には」

「テキには?」


 美冬がナイフを動かす手を休め、僕の意見に耳を澄ませる。


「あっー、いやあ、浴びるほどトンテキが食べたい気分でさあー!?」

「そんなに食べたら、お腹壊すわよ」

「あははっ、そうだよねー!」


 確かに、あんな脂っこいステーキな豚肉なんか上積みされたら、胃袋がいくらあっても足りないよね。

 胃で消化するだけでも、四時間はかかるともいうし……。


「所でさ、何そんなにハイテンションなのよ、キモ」

「分かる。居酒屋に行けなくても、鳥キモが食べたい時もあるよねー!?」

「はあ? アタシたち、未成年だけど?」


 しまった、そういう返答で来たか。

 コンビニで気軽に、居酒屋仕立ての焼き鳥(パック入り)が買えるせいか、おろそかな発言だった。


「……もしや、アタシたちに黙って、コソコソと呑んでんの?」

「ちっ、違うって!?」


 必死になって弁解するけど、陰キャでハエ以下のコミュ力だし、対等な会話を交わせる能力もないよ。

 ああ、こんな時に上手く、さらに分かりやすく、丁寧に話せる会話術が欲しい。


「あのお客様、おふ……」

「なああああ、オフロードで平常運転でもないし、心持っていかれ、あああああー!?」

「いえ、おしぼりを持ってきましたので、テーブルをお拭きしましょうかと?」

「へっ?」


 あの店員さんが、おしぼり片手に笑顔で横にいて、僕からのオフロードな趣味じゃなく、大胆な指示を待ち構えてるようにも見える。


「何、アタシを前にして、いちゃついてんのよ、キモオタ君」

「その呼ばれ方も久々だね。ゾクゾクするよ……」

「やっぱヘンタイか」

「男はみんなそうだよ」


 結局、男は下心丸出して、威圧的な女の子を相手にしても、引き下がらないんだ。

 例え、ツンデレキャラでも、そのツンの裏側に見える、女の可愛さを知ってるから。


「へえー? アンタ、男としての自覚あったんだ?」

「うぐぐ……」


 美冬のセクハラ暴言で、高ぶった気持ちを堪える。

 落ち着け、彼女は一つ屋根の下に住む僕の妹なんだ。


 下手をして家を追い出され、公園のベンチで段ボールを敷いて寝泊まりとか、マジでヤベエよ。

 いくら夏だろうと、夜は意外にも冷える。


「あの……、テーブルを拭いてもよろしいでしょうか?」

「ああ。お嬢さん、僕のハートも拭いてくれ」

「あの……、流石さすがに、彼女さんのいる前ではちょっと」

「彼女って、美冬はそんなんじゃ」

「そんなんで悪かったわね」


 美冬が不機嫌そうに小さい鼻を鳴らす。

 あのさあ、怒りからは何も生まれないよ。

 そんだけ機嫌を損ねて罵倒して、その場をしのいでも、後が疲れるだけだから。


「──いやあ、遭難したら、喉が渇いてなあ」

「その声は賢司けんじか?」

よ。愛も変わらず、と響きが似てるけどな。ズズズ……」 


 賢司がいつの間にか、僕の隣の席に座って、追加注文した飲み物をストローで飲む。


「ちょっと僕が頼んだフルーツジュース、飲まないでよ!?」

「何だよ、志貴野しきのっち。同じ野郎なのにわざわざ反応すんのか? もしかしてホ○サピエンスか?」

「へえ、道理どうりで、女っ気がないと思いきや、そっちの路線なのか」

「そうなんすよ。美冬姉貴」


 僕は余計な相手に野郎が好きかと聞かれ、それを真に受けた美冬は勝手に納得していた。

 だからって、僕抜きで話を進めないでよ。


「俺はオススメしなかったけどな。コイツがどうしてもリードをつけて欲しいって……」

「ほおほお、今どき、そこまで飼いならすとは」

「だから奴隷でもないって!?」


 変な風に傾きがちだった、話の筋を止める僕。

 今どき、奴隷大陸とか流行らないから。


「はあ? 俺らペットの話をしてたんだが?」

「ペット?」

「ああ、再利用の方じゃないぜ」


 リサイクルがどうのこうのと、美冬と逸れた話をしている賢司。


「あの……、おしぼりを置いておきますので、お客様の方で対応してもらってよろしいでしょうか?」

「ああ、べっぴんなお嬢さん。ついでに俺の沽券も拭いてくれ」


 あのさあ、肩たたき券じゃないんだから、そんなに気安く言わないでよね。

 彼女だって仕事で忙しいんだし、いきなりそんなこと言われても困るよね。


「あっ、はい。今日のお仕事が終わってからなら、今晩はお付き合いしてもいいですよ……ぽっ」

「フッ、モテるイケメンはツラいぜ」

「えええええー!?」


 店員さんが小声で素敵と呟き、ロン毛の金髪をかき上げる仕草にうっとりしてる。

 これが噂の一目惚れというものか。


「これで目が冷めた? 陰キャガリ勉二次オタ君。何をどう戦おうと、結局はイケメンが勝つ。これが現実リアルなのよ」

「だからアタシだけを……」


 美冬が口籠る中、平凡な顔面偏差値な僕の心は暴走していた。


「あああー、世の中ってのは不公平だああー!!」

「ちょっと志貴野!?」


 美冬が何か言いかけていたけど、知ったことか。

 所詮しょせん、女は見た目重視で男を選ぶ狂った世界。

 いくらオタクが努力しても、イケメンには敵わないのか。


 だったら昨日はどうして、秋星あきほはデートしてくれて、今日は何で美冬から食事に誘われたんだろう。

 もしや、これが恋愛という戦場で戦慣れした美少女の情けというものかー!?


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