日射しが容赦なく、コンクリートの街中に照りつけ、入道雲がソフトクリームに見えなくもないお昼過ぎ。
デートの遅刻のついでに、
そんな木造の
ここでは本格的な料理はないけど、常連な美冬の話では手頃な軽食が食べれて、しかも安価で美味しいときたもんだ。
アンティークな店内は、ロウソクの光が主であり、薄暗い怪しい景色に思わず飲まれそうだよ。
「アタシね、アンタの寝坊は許すけど、正直、普通の彼氏なんて興味ないのよ」
「はいっ!?」
突然の美冬の言葉にドキリとし、コーヒーカップを指から滑らす僕。
『ガチャン!』
カップは音を立て、ソーサーが置いていた丸テーブルを前に、綺麗なカーブを描いて転がっていく。
幸い、陶器のカップは床に落ちても、割れずに済んだことが運のツキだ。
「ちょっと何やってんのよ。あーあー、コーヒーこぼして」
「ごめん」
「まあ、今回はテーブルが濡れたからいいけど」
そういえば、前にもこんなことあったよね。
僕はハンバーガー店でのことを思い出し、その事故を含めて美冬に謝る。
一方で美冬は気にしてないようで、他の食べ終わった食器が濡れないように、テーブルの端に重ね、近くの店員さんに向けて、呼びベルのボタンを押した。
「あっ、はい。ご用件を承ります」
「ねえ、店員さん、何か拭くものあるかしら?」
「はい。では私がそのテーブルをお拭きしますので、少々お待ちくださいませ」
ブザーで即座に駆けつけた、ピンクのエプロンが似合う可愛い系な女の子。
その女の子が要件を聞いて、スリッパの音を鳴らして厨房に行く中、僕はその小さい背中を見送っていた。
まだ見た感じ、高校生くらいだよね。
遊びたい盛りなんだろうに、あんなに真面目に働いて関心だな。
何か欲しいものでもあるのかな。
「良かったじゃん。あんな可愛い子に拭いてもらえるなんて。ホント、アタシに感謝しなよ」
「いや、僕的には」
「テキには?」
美冬がナイフを動かす手を休め、僕の意見に耳を澄ませる。
「あっー、いやあ、浴びるほどトンテキが食べたい気分でさあー!?」
「そんなに食べたら、お腹壊すわよ」
「あははっ、そうだよねー!」
確かに、あんな脂っこいステーキな豚肉なんか上積みされたら、胃袋がいくらあっても足りないよね。
胃で消化するだけでも、四時間はかかるともいうし……。
「所でさ、何そんなにハイテンションなのよ、キモ」
「分かる。居酒屋に行けなくても、鳥キモが食べたい時もあるよねー!?」
「はあ? アタシたち、未成年だけど?」
しまった、そういう返答で来たか。
コンビニで気軽に、居酒屋仕立ての焼き鳥(パック入り)が買えるせいか、おろそかな発言だった。
「……もしや、アタシたちに黙って、コソコソと呑んでんの?」
「ちっ、違うって!?」
必死になって弁解するけど、陰キャでハエ以下のコミュ力だし、対等な会話を交わせる能力もないよ。
ああ、こんな時に上手く、さらに分かりやすく、丁寧に話せる会話術が欲しい。
「あのお客様、おふ……」
「なああああ、オフロードで平常運転でもないし、心持っていかれ、あああああー!?」
「いえ、おしぼりを持ってきましたので、テーブルをお拭きしましょうかと?」
「へっ?」
あの店員さんが、おしぼり片手に笑顔で横にいて、僕からのオフロードな趣味じゃなく、大胆な指示を待ち構えてるようにも見える。
「何、アタシを前にして、いちゃついてんのよ、キモオタ君」
「その呼ばれ方も久々だね。ゾクゾクするよ……」
「やっぱヘンタイか」
「男はみんなそうだよ」
結局、男は下心丸出して、威圧的な女の子を相手にしても、引き下がらないんだ。
例え、ツンデレキャラでも、そのツンの裏側に見える、女の可愛さを知ってるから。
「へえー? アンタ、男としての自覚あったんだ?」
「うぐぐ……」
美冬のセクハラ暴言で、高ぶった気持ちを堪える。
落ち着け、彼女は一つ屋根の下に住む僕の妹なんだ。
下手をして家を追い出され、公園のベンチで段ボールを敷いて寝泊まりとか、マジでヤベエよ。
いくら夏だろうと、夜は意外にも冷える。
「あの……、テーブルを拭いてもよろしいでしょうか?」
「ああ。お嬢さん、僕のハートも拭いてくれ」
「あの……、
「彼女って、美冬はそんなんじゃ」
「そんなんで悪かったわね」
美冬が不機嫌そうに小さい鼻を鳴らす。
あのさあ、怒りからは何も生まれないよ。
そんだけ機嫌を損ねて罵倒して、その場をしのいでも、後が疲れるだけだから。
「──いやあ、遭難したら、喉が渇いてなあ」
「その声は
「
賢司がいつの間にか、僕の隣の席に座って、追加注文した飲み物をストローで飲む。
「ちょっと僕が頼んだフルーツジュース、飲まないでよ!?」
「何だよ、
「へえ、
「そうなんすよ。美冬姉貴」
僕は余計な相手に野郎が好きかと聞かれ、それを真に受けた美冬は勝手に納得していた。
だからって、僕抜きで話を進めないでよ。
「俺はオススメしなかったけどな。コイツがどうしてもリードをつけて欲しいって……」
「ほおほお、今どき、そこまで飼いならすとは」
「だから奴隷でもないって!?」
変な風に傾きがちだった、話の筋を止める僕。
今どき、奴隷大陸とか流行らないから。
「はあ? 俺らペットの話をしてたんだが?」
「ペット?」
「ああ、再利用の方じゃないぜ」
リサイクルがどうのこうのと、美冬と逸れた話をしている賢司。
「あの……、おしぼりを置いておきますので、お客様の方で対応してもらってよろしいでしょうか?」
「ああ、べっぴんなお嬢さん。ついでに俺の沽券も拭いてくれ」
あのさあ、肩たたき券じゃないんだから、そんなに気安く言わないでよね。
彼女だって仕事で忙しいんだし、いきなりそんなこと言われても困るよね。
「あっ、はい。今日のお仕事が終わってからなら、今晩はお付き合いしてもいいですよ……ぽっ」
「フッ、モテるイケメンはツラいぜ」
「えええええー!?」
店員さんが小声で素敵と呟き、ロン毛の金髪をかき上げる仕草にうっとりしてる。
これが噂の一目惚れというものか。
「これで目が冷めた? 陰キャガリ勉二次オタ君。何をどう戦おうと、結局はイケメンが勝つ。これが
「だからアタシだけを……」
美冬が口籠る中、平凡な顔面偏差値な僕の心は暴走していた。
「あああー、世の中ってのは不公平だああー!!」
「ちょっと志貴野!?」
美冬が何か言いかけていたけど、知ったことか。
いくらオタクが努力しても、イケメンには敵わないのか。
だったら昨日はどうして、
もしや、これが恋愛という戦場で戦慣れした美少女の情けというものかー!?