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第40話 無駄にお喋りな夏希を無言にさせるのに、どれくらいの対価を差し出せばいいかな

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「きゃはははっ!!」

「あのねえ、笑ってないで、助けてくれよ」


 全く失礼な女の子だよね。

 僕が深めなプールの中で足が届かず、溺れかけても、黄色いビキニを着た夏希なつきは、お腹を抱えて笑ってるんだよ。


「まさかシキノンが、カナヅチだったとはなあ。お腹イタイw」

「分かってたのなら、手をかしてくれよ」

「うん、この浮き輪ガールズ(仮)に掴まって」

「ありがと」


 ここは町から少し離れた市内にある、東京ドーム並みの広さを持った、アドベンチャープール。

 今月にオープンしたというわけで、電車やバスを乗り継ぎ、夏希と一緒に遊びにきたんだけど、来るべき相手を間違えたかな。


「いんや、今回はどう考えても、無言でチケットを受け取ったシキノンが悪い」

「それには同感ですね、あねさん。誘いを断っても、私たちがいますのに……」


 溶けるような暑い太陽の日差しの中、水着の上に黒い無地のTシャツを着込んだガタイのいい男がグラサンを外し、ギョロっとこちらを睨む。

 まさに空想の銃弾で、射抜かれたような視線を受けた感覚だね。


「じゃあ、流れるプールも堪能したし、次、あれ行ってみよー!」


 夏希が僕の手に腕を絡め、強引に誘われた先には、何十メートルの高さか分からない螺旋状の、巨大な滑り台がある。


 TVやネットなどのメディアしか知らなかったけど、あれが噂のウォータースライダーというものか。

 それ以前に、僕は流しソーメンじゃないからね。

 あと、柔らかいお饅頭が当たってて、対応に困るから、あまり密着しないで……。


「いやいや、冗談でしょ!?」

「ノンノン。夏希はマイケルジョウダンの娘ではないのだ」

「……どんな娘さんなんだよ」


 黒人女性がアカペラでゴスペルを歌う姿を想像して、身を震わせる。

 僕は、ちょっとセクシーな歌声の日本人歌手が好きなんだよね。

 そんでもって、大胆に開いた胸元をちらつかす、色っぽいファンサービスもやってくれて。


「うむ。その娘とは縦ロールの髪型に、生クリームとあずきを入り混ぜてだな」

「すでに人じゃないよね!!」

「うん。人生に嫌気がさして、人間辞めても、親が遺した多額な借金を肩代わりし、返済もできずに、パンケーキ職人の見習いの面接も受からず、その下に位置する、ホームレスの雑用係になった設定だから」

「どんだけ人生、ハードモードなのさ!!」


 人間うんぬんより、それはロールケーキの具材じゃないの?

 もしもリアルで再現されたら、とてもじゃないけど、僕の味覚が音痴になっちゃうよ。


「まあまあ、そんなに怒らないでくれたまえ」

神楽坂かぐらざかおじさんも、即答しないで下さいよ」

「僕はこう見えて、中立の立場だからねえ」


 グラサンの男を目配せで下がらせ、この辺のボスでもある神楽坂秋蘭かぐらざかあきらおじさんが苦笑しながら、ソフトパックの煙草を取り出すが、プールサイドは禁煙だということに気づき、チッと軽く舌打ちする。


「こんな時くらい、反論して下さいよ」

「物事には冷静さと、謙虚さが大事なんだよ」

「それ、明らかに言いたいだけですよね?」

「男はな、時にはカッコつけたい時もあるんだよ」

「僕だって、同じ男なんですけど」 


 僕が想像した以上に、神楽坂おじさんは大人だった。

 白いポロシャツで色気だけを醸し出し、普通の男とは違う何かが、この人にはあった。


「おおっー。アイアンはひげ根ソーリ!」

「あのね、ひげ根は取り除いてなんぼでしょ!?」


 それに比べて、隣の夏希は恋のいろはも応対力もガキンチョ。

 もやし炒めを作る料理の鉄人が、鋼鉄のヒゲをさすりながら、ヒゲソーリーって謝って、どうするんだよ……。


****


「ウォータースライダーを滑る人に色々と注意点がありまーす!! みんなー、お姉さんのお話しをよーく聞いて下さいねー♪」

「「「はあーい!」」」


 スライダーが置かれた屋上で、二十歳くらいの綺麗なお姉さんが、拡声器に口を当てて、一列に並んだ子供たちの先頭で、何やら喋っている。

 子供たちは、お姉さんの美貌に釘付けだ。


「ねえ、僕たちは説明を聞かなくていいのかい?」

「聞くも何も夏希は大人だからー」


 疑問に思って尋ねてみたんだけど、この少女は何もかもあどけない。


「嘘つけ、お前さんはまだ未成年だろ」

「フムフム、話の内容からして、子供連れの親子限定の話みたいだね」


 夏希が僕との会話をスルーし、腕を組みながら一人で納得している。

 この場合、僕の尊厳は無視なのか?


「そうか、ワクワク玩具の缶詰か」

「夏希、コンビーフの方がいいなあ」

「なるほど、確かに美味しそう……じゃなーい!!」


 コンビーフとか言うもんだから、つられて反応しちゃったよ。

 缶の蓋をグルグルと巻きつけて開ける瞬間から、ときめきが止まらない。

 どうやって、あの開き口にしてるのかな。


「いいかい、夏希の怖いお兄さんのアプローチで、このプールに来たのはいいけどさあ……」

「すぐに手が洗えるからとの理由で、缶詰を拾いにプールに来たとか、冗談でも笑えないんだけど……」


 僕は、何十個もある缶詰を拾うふりをするけど、空想的な動作なので何か虚しい。

 某お笑い芸人さんも魚の缶詰で、こんな損した気分になるのかな。


「マロンがあっていいよね」

「あのねえ、その例えはロマンが正解で、栗じゃないからね」


 今朝、美冬に茹でてもらった栗が、持参したお弁当箱にあると言う。

 皮剥きがしにくいから手伝っての声に、夏希が手持ちの防水ポーチから皮むき器を出すけど……衛生上、ここは食べ物は持ち込めない。


 いや、それ使って、猿でも自分で剥けるよね。


志貴野しきの殿、さあさ、私たちのことは気にせず、姉さんと遠慮なく滑ってて下さい」

「だね。この反乱物質な殿方は僕が言って聞かせますので」

「誰が反乱だよ? 失礼だな!」


 ガチンコ桶狭間の戦いなら、他所でやってるよ。


「どうどう、秋蘭おじさん」


 ようやく総大将が来たか。

 全国のイケメン好きの女子たちへ告ぐ。

 毎度お馴染みの金髪ロングのお兄さんの登場だよ。


「あのおじさんって、賢司けんじの知り合いかい?」

「うーん? 何ていうか、親みたいなもんかな。保護者同伴だから、連れてきたんだぜ」

「……そうかい」


 賢司には両親はもういなく、今ではヤーサンのリーダー格な、神楽坂おじさんに引き取られた形に。

 若くして離婚した父親の消息は不明、未亡人となって自宅から夜逃げした、母親の行く手は手がかりなし。

 そんな突然の黒歴史を知り、思わず目頭が熱くなる。


 ヤベエ、何かこみ上げてくるものがあるよ。

 胃もたれするような、こってり料理の食べ過ぎかな。


「どうかしたか?」

「いや、賢司も苦労してるんだなと思ってね」

「泣ける話だろ」

「別に泣いてないから」


 そう、僕は悲しみに飲み込まれても、涙一滴さえも流さなかった。


 元から陰湿で感情の起伏が乏しい性格だ。  

 心の底から泣けるのは泣きゲーをクリアした時と、大きなあくびをした時だけだ。 


「ほらシキノン、ボケーとしてないで、さっさと滑るよ」

「はいはい、ボケーは余計だけど、お嬢さんの仰せのままに」

「オケ。拙者を黙らせながら、ついてこい」


 無駄にお喋りな夏希を無言にさせるのに、どれくらいの対価を差し出せばいいかな。

 黄金のバナナ程度で、何でも言うこと聞きそうだけどね。


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