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「きゃはははっ!!」
「あのねえ、笑ってないで、助けてくれよ」
全く失礼な女の子だよね。
僕が深めなプールの中で足が届かず、溺れかけても、黄色いビキニを着た
「まさかシキノンが、カナヅチだったとはなあ。お腹イタイw」
「分かってたのなら、手をかしてくれよ」
「うん、この浮き輪ガールズ(仮)に掴まって」
「ありがと」
ここは町から少し離れた市内にある、東京ドーム並みの広さを持った、アドベンチャープール。
今月にオープンしたというわけで、電車やバスを乗り継ぎ、夏希と一緒に遊びにきたんだけど、来るべき相手を間違えたかな。
「いんや、今回はどう考えても、無言でチケットを受け取ったシキノンが悪い」
「それには同感ですね、
溶けるような暑い太陽の日差しの中、水着の上に黒い無地のTシャツを着込んだガタイのいい男がグラサンを外し、ギョロっとこちらを睨む。
まさに空想の銃弾で、射抜かれたような視線を受けた感覚だね。
「じゃあ、流れるプールも堪能したし、次、あれ行ってみよー!」
夏希が僕の手に腕を絡め、強引に誘われた先には、何十メートルの高さか分からない螺旋状の、巨大な滑り台がある。
TVやネットなどのメディアしか知らなかったけど、あれが噂のウォータースライダーというものか。
それ以前に、僕は流しソーメンじゃないからね。
あと、柔らかいお饅頭が当たってて、対応に困るから、あまり密着しないで……。
「いやいや、冗談でしょ!?」
「ノンノン。夏希はマイケルジョウダンの娘ではないのだ」
「……どんな娘さんなんだよ」
黒人女性がアカペラでゴスペルを歌う姿を想像して、身を震わせる。
僕は、ちょっとセクシーな歌声の日本人歌手が好きなんだよね。
そんでもって、大胆に開いた胸元をちらつかす、色っぽいファンサービスもやってくれて。
「うむ。その娘とは縦ロールの髪型に、生クリームとあずきを入り混ぜてだな」
「すでに人じゃないよね!!」
「うん。人生に嫌気がさして、人間辞めても、親が遺した多額な借金を肩代わりし、返済もできずに、パンケーキ職人の見習いの面接も受からず、その下に位置する、ホームレスの雑用係になった設定だから」
「どんだけ人生、ハードモードなのさ!!」
人間うんぬんより、それはロールケーキの具材じゃないの?
もしもリアルで再現されたら、とてもじゃないけど、僕の味覚が音痴になっちゃうよ。
「まあまあ、そんなに怒らないでくれたまえ」
「
「僕はこう見えて、中立の立場だからねえ」
グラサンの男を目配せで下がらせ、この辺のボスでもある
「こんな時くらい、反論して下さいよ」
「物事には冷静さと、謙虚さが大事なんだよ」
「それ、明らかに言いたいだけですよね?」
「男はな、時にはカッコつけたい時もあるんだよ」
「僕だって、同じ男なんですけど」
僕が想像した以上に、神楽坂おじさんは大人だった。
白いポロシャツで色気だけを醸し出し、普通の男とは違う何かが、この人にはあった。
「おおっー。アイアンはひげ根ソーリ!」
「あのね、ひげ根は取り除いてなんぼでしょ!?」
それに比べて、隣の夏希は恋のいろはも応対力もガキンチョ。
もやし炒めを作る料理の鉄人が、鋼鉄のヒゲをさすりながら、ヒゲソーリーって謝って、どうするんだよ……。
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「ウォータースライダーを滑る人に色々と注意点がありまーす!! みんなー、お姉さんのお話しをよーく聞いて下さいねー♪」
「「「はあーい!」」」
スライダーが置かれた屋上で、二十歳くらいの綺麗なお姉さんが、拡声器に口を当てて、一列に並んだ子供たちの先頭で、何やら喋っている。
子供たちは、お姉さんの美貌に釘付けだ。
「ねえ、僕たちは説明を聞かなくていいのかい?」
「聞くも何も夏希は大人だからー」
疑問に思って尋ねてみたんだけど、この少女は何もかもあどけない。
「嘘つけ、お前さんはまだ未成年だろ」
「フムフム、話の内容からして、子供連れの親子限定の話みたいだね」
夏希が僕との会話をスルーし、腕を組みながら一人で納得している。
この場合、僕の尊厳は無視なのか?
「そうか、ワクワク玩具の缶詰か」
「夏希、コンビーフの方がいいなあ」
「なるほど、確かに美味しそう……じゃなーい!!」
コンビーフとか言うもんだから、つられて反応しちゃったよ。
缶の蓋をグルグルと巻きつけて開ける瞬間から、ときめきが止まらない。
どうやって、あの開き口にしてるのかな。
「いいかい、夏希の怖いお兄さんのアプローチで、このプールに来たのはいいけどさあ……」
「すぐに手が洗えるからとの理由で、缶詰を拾いにプールに来たとか、冗談でも笑えないんだけど……」
僕は、何十個もある缶詰を拾うふりをするけど、空想的な動作なので何か虚しい。
某お笑い芸人さんも魚の缶詰で、こんな損した気分になるのかな。
「マロンがあっていいよね」
「あのねえ、その例えはロマンが正解で、栗じゃないからね」
今朝、美冬に茹でてもらった栗が、持参したお弁当箱にあると言う。
皮剥きがしにくいから手伝っての声に、夏希が手持ちの防水ポーチから皮むき器を出すけど……衛生上、ここは食べ物は持ち込めない。
いや、それ使って、猿でも自分で剥けるよね。
「
「だね。この反乱物質な殿方は僕が言って聞かせますので」
「誰が反乱だよ? 失礼だな!」
ガチンコ桶狭間の戦いなら、他所でやってるよ。
「どうどう、秋蘭おじさん」
ようやく総大将が来たか。
全国のイケメン好きの女子たちへ告ぐ。
毎度お馴染みの金髪ロングのお兄さんの登場だよ。
「あのおじさんって、
「うーん? 何ていうか、親みたいなもんかな。保護者同伴だから、連れてきたんだぜ」
「……そうかい」
賢司には両親はもういなく、今ではヤーサンのリーダー格な、神楽坂おじさんに引き取られた形に。
若くして離婚した父親の消息は不明、未亡人となって自宅から夜逃げした、母親の行く手は手がかりなし。
そんな突然の黒歴史を知り、思わず目頭が熱くなる。
ヤベエ、何かこみ上げてくるものがあるよ。
胃もたれするような、こってり料理の食べ過ぎかな。
「どうかしたか?」
「いや、賢司も苦労してるんだなと思ってね」
「泣ける話だろ」
「別に泣いてないから」
そう、僕は悲しみに飲み込まれても、涙一滴さえも流さなかった。
元から陰湿で感情の起伏が乏しい性格だ。
心の底から泣けるのは泣きゲーをクリアした時と、大きなあくびをした時だけだ。
「ほらシキノン、ボケーとしてないで、さっさと滑るよ」
「はいはい、ボケーは余計だけど、お嬢さんの仰せのままに」
「オケ。拙者を黙らせながら、ついてこい」
無駄にお喋りな夏希を無言にさせるのに、どれくらいの対価を差し出せばいいかな。
黄金のバナナ程度で、何でも言うこと聞きそうだけどね。